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ひとりの男
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「恭兄、こんなの俺、期待しちゃうんだけど」
「……なにが」
「俺とこういうのすんの嫌だったら、振りほどいて? 力、抜くから」
「そんなん、ずるい。だって……嫌じゃ、ねえもん」
「…………」
「…………」
腰を浮かせていた朝陽が、恭生の目の前に座りこんだ。それから両手を握られ、今度は朝陽が恭生の肩に額を摺り寄せてくる。
「恭兄、俺……恭兄が好き」
絞り出すような声が、胸の中に直接落ちてくるみたいだ。離そうとしたと勘違いしたのか、思わず跳ねた指先を縋るように握りこまれる。
「それは、兄として?」
「違う。ひとりの男の人として、だよ。ずっと、ずっと好きだった」
「……ずっと?」
鼻を啜った音を聞かれてしまったのだろう。目を丸くした朝陽が顔を上げ、今度は額同士をくっつけられる。
「ずっとだよ。恭兄が家の前でキス、してるの見た時。死んじゃいそうなくらいショックで、それで……男同士だけど、俺もそういう意味で好きになっていいんだ、って。そうだったんだって気づいた」
「あ……マジで?」
「うん。まあその瞬間に失恋だったんだけど」
あの時に嫌われたと思ったのは勘違いだった。そう分かっただけで、心の底から救われていたのに。まさか朝陽に恋が生まれていたなんて、思ってもみなかった。
「もしかして、それからずっと好きでいてくれたのか?」
「そうだよ」
「誰とも付き合ったことない、って、そういうこと?」
「うん」
もう七年も前の話だ。それからずっと? オレだけを?
どれだけ苦しかったろう。気づいたばかりの恋に、自分はこんなに揺さぶられているのに。それを七年も、しかも何度も恋人を作っては振られて、慰めてもらいにやってくるようなどうしようもない男なのに。
「恋人カッコカリになろって言ったのも、恭兄がもう恋愛はこりごりって言うから。誰のことも見ないなら、チャンスかなって。下心があった」
「朝陽……」
朝陽の短い黒髪に、両手の指を差しこむ。不安げな顔を少しでも早く晴らしてあげたい。自分の気持ちを差し出せばそうできることに、耐え切れなかった涙が落ちる。
「恭兄? 泣いてる」
「うん……オレも、朝陽が好きだから」
「っ、それは……弟として、でしょ?」
「弟としても、ひとりの男としても。どっちもだよ」
「期待した通りだった、ってこと?」
「うん」
息を呑んだ朝陽が、ぎゅっとくちびるを噛みしめる。
こんなに体も大きくなって、見るからにいい男になった。女の子たちを魅了する、正真正銘の格好いい男。だが今は、小さな頃の癖をそのままに泣くのを堪えて、子どものようだ。
色が白く変わりそうなくちびるに、我慢しなくていいと伝えるように指を這わせる。
ちいさい頃もこんな風に「だいじょうぶだよ」と言い、ちょんちょんと触れて励ましていたのを思い出す。そしたら堰を切ったように、自分の前でだけ朝陽は泣いてくれた。絶対に守るのだとちいさな胸に宿った誓いは、今だってちゃんと灯っている。
「恭兄、恭兄」
「いっぱいしんどい思いさせたよな、ごめんな」
「そんなことない。恭兄はいつか結婚して、おめでとうって言わなきゃいけないんだと思ってたから。夢みたいだよ」
「ん……」
遠回りをしてしまった気がする。きっと、ここがたどり着く居場所だった。
くちびるを解いた朝陽が、そのまま恭生の頬へとキスをする。思わず朝陽の服を握りこむと、これはいつもの分だよ、とささやかれた。
「なあ朝陽、もう一回」
「うん。もう一回」
次は反対の頬へ触れる。そっと当たって、そこで瞬くくちびるがもっと欲しい。
「朝陽、足りない」
「恭兄……今日の恭兄やばい」
「嫌か?」
「嫌なわけないじゃん。ね、口にもしたい、していい?」
「へ……いやそれは、さすがに早くないか?」
「そういうもんなの? だめ? 絶対に?」
「どう、だろ。もう分かんねえよ」
「じゃあ、する」
「あ、朝陽……ん」
腰を少し曲げて、下から掬うようなキスだ。そっと触れて、心の奥底を確かめるように見つめ合って。そこからはもう、言葉を交わすのがもどかしいほど夢中になった。
「あっ、朝陽……」
「恭兄……」
「はっ、やば……」
触れるだけのキスは、こんなに気持ちいいものだったっけ。柔らかさを味わうような、温度が同じになったのを確かめ合うような、くちびるが沈み合うキスの止め方が分からない。
指を絡め、キスの音だけがする静かな部屋に吐息が満ちる。そろそろ風呂に入って、寝なければと思いはするのに。数秒離れるだけで、想いを結べたことをまた確かめたくなる。引き寄せられるようにまたキスをして、濡れた下まぶたを拭われて。
目が合った時にどちらからともなく笑うのが、信じられないくらいに幸福だ。
「……なにが」
「俺とこういうのすんの嫌だったら、振りほどいて? 力、抜くから」
「そんなん、ずるい。だって……嫌じゃ、ねえもん」
「…………」
「…………」
腰を浮かせていた朝陽が、恭生の目の前に座りこんだ。それから両手を握られ、今度は朝陽が恭生の肩に額を摺り寄せてくる。
「恭兄、俺……恭兄が好き」
絞り出すような声が、胸の中に直接落ちてくるみたいだ。離そうとしたと勘違いしたのか、思わず跳ねた指先を縋るように握りこまれる。
「それは、兄として?」
「違う。ひとりの男の人として、だよ。ずっと、ずっと好きだった」
「……ずっと?」
鼻を啜った音を聞かれてしまったのだろう。目を丸くした朝陽が顔を上げ、今度は額同士をくっつけられる。
「ずっとだよ。恭兄が家の前でキス、してるの見た時。死んじゃいそうなくらいショックで、それで……男同士だけど、俺もそういう意味で好きになっていいんだ、って。そうだったんだって気づいた」
「あ……マジで?」
「うん。まあその瞬間に失恋だったんだけど」
あの時に嫌われたと思ったのは勘違いだった。そう分かっただけで、心の底から救われていたのに。まさか朝陽に恋が生まれていたなんて、思ってもみなかった。
「もしかして、それからずっと好きでいてくれたのか?」
「そうだよ」
「誰とも付き合ったことない、って、そういうこと?」
「うん」
もう七年も前の話だ。それからずっと? オレだけを?
どれだけ苦しかったろう。気づいたばかりの恋に、自分はこんなに揺さぶられているのに。それを七年も、しかも何度も恋人を作っては振られて、慰めてもらいにやってくるようなどうしようもない男なのに。
「恋人カッコカリになろって言ったのも、恭兄がもう恋愛はこりごりって言うから。誰のことも見ないなら、チャンスかなって。下心があった」
「朝陽……」
朝陽の短い黒髪に、両手の指を差しこむ。不安げな顔を少しでも早く晴らしてあげたい。自分の気持ちを差し出せばそうできることに、耐え切れなかった涙が落ちる。
「恭兄? 泣いてる」
「うん……オレも、朝陽が好きだから」
「っ、それは……弟として、でしょ?」
「弟としても、ひとりの男としても。どっちもだよ」
「期待した通りだった、ってこと?」
「うん」
息を呑んだ朝陽が、ぎゅっとくちびるを噛みしめる。
こんなに体も大きくなって、見るからにいい男になった。女の子たちを魅了する、正真正銘の格好いい男。だが今は、小さな頃の癖をそのままに泣くのを堪えて、子どものようだ。
色が白く変わりそうなくちびるに、我慢しなくていいと伝えるように指を這わせる。
ちいさい頃もこんな風に「だいじょうぶだよ」と言い、ちょんちょんと触れて励ましていたのを思い出す。そしたら堰を切ったように、自分の前でだけ朝陽は泣いてくれた。絶対に守るのだとちいさな胸に宿った誓いは、今だってちゃんと灯っている。
「恭兄、恭兄」
「いっぱいしんどい思いさせたよな、ごめんな」
「そんなことない。恭兄はいつか結婚して、おめでとうって言わなきゃいけないんだと思ってたから。夢みたいだよ」
「ん……」
遠回りをしてしまった気がする。きっと、ここがたどり着く居場所だった。
くちびるを解いた朝陽が、そのまま恭生の頬へとキスをする。思わず朝陽の服を握りこむと、これはいつもの分だよ、とささやかれた。
「なあ朝陽、もう一回」
「うん。もう一回」
次は反対の頬へ触れる。そっと当たって、そこで瞬くくちびるがもっと欲しい。
「朝陽、足りない」
「恭兄……今日の恭兄やばい」
「嫌か?」
「嫌なわけないじゃん。ね、口にもしたい、していい?」
「へ……いやそれは、さすがに早くないか?」
「そういうもんなの? だめ? 絶対に?」
「どう、だろ。もう分かんねえよ」
「じゃあ、する」
「あ、朝陽……ん」
腰を少し曲げて、下から掬うようなキスだ。そっと触れて、心の奥底を確かめるように見つめ合って。そこからはもう、言葉を交わすのがもどかしいほど夢中になった。
「あっ、朝陽……」
「恭兄……」
「はっ、やば……」
触れるだけのキスは、こんなに気持ちいいものだったっけ。柔らかさを味わうような、温度が同じになったのを確かめ合うような、くちびるが沈み合うキスの止め方が分からない。
指を絡め、キスの音だけがする静かな部屋に吐息が満ちる。そろそろ風呂に入って、寝なければと思いはするのに。数秒離れるだけで、想いを結べたことをまた確かめたくなる。引き寄せられるようにまたキスをして、濡れた下まぶたを拭われて。
目が合った時にどちらからともなく笑うのが、信じられないくらいに幸福だ。
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