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羽根が生えたって本気で思った
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あまりの衝撃に、頭がクラクラしてきた。驚かないで聞いてほしい、なんてよく言えたものだ。無理に決まっている。もういっそ、数秒でも構わないから気絶してしまいたい。
cherryはアンミツとほぼ同じ時期、つまりmomoとしての活動を開始してすぐにコメントをくれたアカウントだ。cherry自身の投稿はひとつもなく、フォローもフォロワーもmomoだけ。あれが桜輔だった、だなんて。
「桜輔に聴かれてたとか……穴があったら入りたい、ってこういう時に言うんだろうな。穴がないなら自分で掘りたいくらいだけど」
「そんなこと言わないで。俺は本当のことしかコメントしてないよ。モモの歌がすごく好き」
「……いやハズイって」
身内の贔屓だろう、なんて卑下しそうになるが、桜輔が心の底から言っているのは伝わってくる。劣等感を抱いてばかりだった桜輔に真正面から褒められて、心の端っこで蹲っている幼い自分が顔を上げるのが分かる。
このままだと泣いてしまいそうだ。誤魔化したくて話題を少し変える。
「てかさ、cherryってそういうことかよ? 桜ってたしか、英語でチェリーブロッサムだもんな。桜輔の桜か」
「あ、オレも思ってました。でも、もっと深い意味がある気もしてます」
「深い意味って?」
「モモ先輩は、オウトウって分かりますか?」
「いや、知らねえ」
「さくらんぼの別名というか、正式名称っすね。漢字で書くと桜と桃で桜桃です。桜輔先輩の桜とモモ先輩の桃で、cherry。桜輔先輩、オレの推理どうっすか?」
「いやいや瀬名、さすがに……」
瀬名が突拍子もないことを言う。考えすぎだよな、と同意を得るつもりで桜輔のほうを見たのに。その表情に絶句する羽目になってしまった。にこやかに笑っているのが怖い。
「水沢くんって賢いんだね」
「桜輔先輩、モモ先輩のガチ勢って感じだし。そのくらいやりそうだから」
「っ、はあ!? いや怖ぇよ! 桜輔が俺のガチ勢ってなに!?」
「そんなの当たり前じゃない? 俺はモモの唯一無二の双子のお兄ちゃんだし。いちばん近くで応援してるのは俺だ、って自負があるから」
「え……? それはオレだって絶対に負けませんよ。こっちは唯一無二の彼氏なんで」
「いやいや、なにそのバトル……意味分かんねぇから……」
cherryが桜輔だったという事実に驚く思いの中に、確かに怒りを帯びた恥ずかしさも混じっていたのに。ふたりのしょうもない戦いを前に、毒気を抜かれてしまった。尚も言い合いをしているふたりを笑いながら眺めていると、突然視線がこちらを向いた。しかもふたり分の、だ。
「……え、なに?」
「話はまだ終わってないの思い出した。ね、水沢くん」
「っす」
「ええ、マジで……? これ以上なんなんだよ、もういっぱいいっぱいだけど!?」
「モモ」
「モモ先輩」
「へ……はい」
ふたりの真剣な様子に、桃輔はついベッドの上で居住まいを正した。ごくりと息を飲むと、桜輔が口を開く。
「ねえモモ、momoはもっと上に行けるよ。水沢くんと一緒にそれを伝えたくて、今日は来てもらったんだ」
「……え?」
視線を向ければ、瀬名も神妙な面持ちで頷いた。
「momoの歌は、もっとたくさんの人に届くべきです」
「そうだよ。今のフォロワー数や再生回数程度で、燻ってていいような歌声じゃない」
「……いや、さすがに買いかぶりすぎだろ」
cherryはアンミツとほぼ同じ時期、つまりmomoとしての活動を開始してすぐにコメントをくれたアカウントだ。cherry自身の投稿はひとつもなく、フォローもフォロワーもmomoだけ。あれが桜輔だった、だなんて。
「桜輔に聴かれてたとか……穴があったら入りたい、ってこういう時に言うんだろうな。穴がないなら自分で掘りたいくらいだけど」
「そんなこと言わないで。俺は本当のことしかコメントしてないよ。モモの歌がすごく好き」
「……いやハズイって」
身内の贔屓だろう、なんて卑下しそうになるが、桜輔が心の底から言っているのは伝わってくる。劣等感を抱いてばかりだった桜輔に真正面から褒められて、心の端っこで蹲っている幼い自分が顔を上げるのが分かる。
このままだと泣いてしまいそうだ。誤魔化したくて話題を少し変える。
「てかさ、cherryってそういうことかよ? 桜ってたしか、英語でチェリーブロッサムだもんな。桜輔の桜か」
「あ、オレも思ってました。でも、もっと深い意味がある気もしてます」
「深い意味って?」
「モモ先輩は、オウトウって分かりますか?」
「いや、知らねえ」
「さくらんぼの別名というか、正式名称っすね。漢字で書くと桜と桃で桜桃です。桜輔先輩の桜とモモ先輩の桃で、cherry。桜輔先輩、オレの推理どうっすか?」
「いやいや瀬名、さすがに……」
瀬名が突拍子もないことを言う。考えすぎだよな、と同意を得るつもりで桜輔のほうを見たのに。その表情に絶句する羽目になってしまった。にこやかに笑っているのが怖い。
「水沢くんって賢いんだね」
「桜輔先輩、モモ先輩のガチ勢って感じだし。そのくらいやりそうだから」
「っ、はあ!? いや怖ぇよ! 桜輔が俺のガチ勢ってなに!?」
「そんなの当たり前じゃない? 俺はモモの唯一無二の双子のお兄ちゃんだし。いちばん近くで応援してるのは俺だ、って自負があるから」
「え……? それはオレだって絶対に負けませんよ。こっちは唯一無二の彼氏なんで」
「いやいや、なにそのバトル……意味分かんねぇから……」
cherryが桜輔だったという事実に驚く思いの中に、確かに怒りを帯びた恥ずかしさも混じっていたのに。ふたりのしょうもない戦いを前に、毒気を抜かれてしまった。尚も言い合いをしているふたりを笑いながら眺めていると、突然視線がこちらを向いた。しかもふたり分の、だ。
「……え、なに?」
「話はまだ終わってないの思い出した。ね、水沢くん」
「っす」
「ええ、マジで……? これ以上なんなんだよ、もういっぱいいっぱいだけど!?」
「モモ」
「モモ先輩」
「へ……はい」
ふたりの真剣な様子に、桃輔はついベッドの上で居住まいを正した。ごくりと息を飲むと、桜輔が口を開く。
「ねえモモ、momoはもっと上に行けるよ。水沢くんと一緒にそれを伝えたくて、今日は来てもらったんだ」
「……え?」
視線を向ければ、瀬名も神妙な面持ちで頷いた。
「momoの歌は、もっとたくさんの人に届くべきです」
「そうだよ。今のフォロワー数や再生回数程度で、燻ってていいような歌声じゃない」
「……いや、さすがに買いかぶりすぎだろ」
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