新宿プッシールーム

はなざんまい

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アメショとノラ猫(4)

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根津神社は、平日の夕方ということで、人影はまばらだった

撮影を終えた頃はきれいな夕焼け空だったのに、いまは暗くなりかけている


神橋の上に、九はいた

今期人気のダウンジャケットに細身のパンツを合わせ、編み上げのブーツを履いていた

「トワからアフターに誘うなんて、初めてじゃない?」
「アフター言うな」

トワが笑うと、九も口を開けて笑った

「で、どうしたの?」

撮影用の独特な笑顔と違う、素朴で、自然な笑顔を向けられ、トワはひるんだ

これから話すことで、九を傷つけたくない

トワは話そうと思っていた言葉を飲み込んだ

「腹減ってない?」
「減った!」

二人は根津神社を出て、飲食店がある通りに出た

※※※※※※※※※※※※

次の日、トワは編集部に赴き、読モを引退することを告げた

※※※※※※※※※※※※※

それから3日後の朝、九は【Toutトゥ】編集部からの電話を受けて目を覚ました

「ふぁーい」
『九くん?!トゥイッター見た?!』
「なんすかあ」
『その調子じゃ見てないね?!大変なことになってる…てか詳しく話し聞きたいからすぐに来て!』

九は急かされるまま、簡単に身支度を整えるとタクシーを捕まえた

九は運転手に行き先を告げ、後部座席に足を組んで座ると、早速スマホでエゴサした

【九】と打ち込むと、すぐに【九 プッシールーム】と検索上位ワードが出てきた

その下に【九 オナニー動画】【九 トワ】【九 読モ】と続いた

昨日までは、自分とプッシールームを結びつけるものはなかったはずだと思った

【九 プッシールーム】で検索すると、すぐに動画のサムネが表示された

いきなりモロではもちろんなく、タイトル画面だ

見なくてもどんな動画かは自分でわかっている

盗撮されたことに気づかなかっただけだ

身バレについては、【九】という名前で働いていれば、いずれは起こることだ

読者だっていつ客として来るかわからない



(そーいうことかあ…)

その時が来た今も、思ったより落ち着いていた

自分のオナニー動画が流れて恥ずかしいとか、流した人間に対する憤りもない

ただ淡々と事実を受け入れるだけだ

自分の感情の起伏のなさが、こんな時にも発揮されるのかと驚いた

まるで他人事

それが自分に対してだけなのか、大事な人に降りかかった場合もそうなのか、九には計りかねたし、必要ないとすら思えた



編集部に着くと、すぐに会議室に通された

会議室には、窓を背にしてトワが座っていた

トワは九の姿を見るやいなや、泣きそうな顔で腰を上げた

「九…」

九と一緒に入ってきた編集長と副編集長は、並んでプロジェクターの前に、読モ担当のスタッフは九の隣に座った

「何で呼ばれたか分かってると思うけど、トゥイッターの件、どういう経緯か説明して」

編集長の口調は鋭かったが、怒っているわけではなさそうだった

「働いてるのは本当です。まさか盗撮されてるとは思ってませんでしたが」

九は真っ直ぐに、淀みなく答えた

ちょっと前から、マサトや他のプレイヤーから何度も着信がある
心配しているのだろう


「俺が客として行ったのも本当です」

トワもためらうことなく答えた

九が真実を告げているのに、自分だけ嘘をつくようなカッコ悪いことはできない


二人から裏がとれてしまった編集長と副編集長は、互いに顔を見合せた

副編集長が「それは何で?トワ君は、九ちゃんが働いてると知ってて行ったの?」

「はい」

「何で?」

「好きだからです。九のことが」

あまりに明け透けな告白に、九以外の3人は唖然とした

やがて、編集長が咳払いでその雰囲気を一掃した

「じゃあ、このアカウントに見覚えある?」

編集長がスマホの画面をプロジェクターに映し出した

九の動画を最初に投稿したアカウントだった

IDは、最初に振り分けられた適当なもので、名前も【プッシー2号】と、この動画を拡散させるためだけに作られた捨てアカなのは明らかだった

九が首を横に振った

ここまで知られたらもう隠しても意味がない
トワは知ってることを全て話すことにした

【Joliジョリ】のモデルは、トワと九が『共倒れよりはいい』と言っていたが、共倒れするのはあいつだと思った



「これ、多分【Joliジョリ】のモデルです。タカシとかいう…」

男の名前は今朝、ネットで調べて初めて知った

こんなことをすれば、自分の立場も悪くなるとは思わなかったのだろうか

それとも、そもそも目的が変わってきたのか、トワにはわからなかった


「トワは何か知ってるのか?」

編集長が身を乗り出して聞いた
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