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第5話 歴史は繰り返される
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この世界には、とても大昔の時代に生きていた人間たちの手によって様々な『文献』と呼ばれる貴重な本が数多く残されているという。
当時の人間たちの暮らしや文化、土地のこと、使っていた道具や食べていた食べ物のことについてなど、その文献とやらには現代の人間が昔のことを知るために必要となる知識や情報が記されているのだそうだ。
その中に──『魔王』と呼ばれる者の記述もあるという。
全ての魔物たちを統べる王であり、人間たちと世界の覇権を争って長らく戦を続けてきた人間の敵──世の人間たちにとって魔王とはそういう認識の存在らしい。まさに、勇者の使命である『勇者が打ち倒すべき悪しきもの』であるというわけだ。
魔王を名乗る存在が世に現れたのは、これまでに四度。現れる度にその時代の勇者が現れ、戦い、倒して世界を守り抜いてきた。前回──魔王の言葉を借りるならば四代目に当たる先代の魔王が現れたのは、今からおよそ二百年ほど前のことだと言われている。その時は当時の勇者が刺し違える形で魔王を倒し、英雄としてその名を遺したそうだ。
勇者の素質は血で継がれるものではない。魔王が代を重ねて繰り返し世に現れるように、魔王が現れる頃の時代になると素質を持った者の証である紋章を身に宿して生まれてくるのだという。まるで神がそう計らっているかのように、勇者となる者が才能に目覚めて一人前に成長する頃に魔王が現れるように世界が『できている』のだとか。実に都合良くできているものだ、この世の中というものは。
私は犬だが、勇者に関わる物事に関してはそれなりに知識がある。御主人がそういう類の本を家に持ち帰ってきたり、家に訪ねてきた客人とそういう話を頻繁にしているので、勇者についてを知る機会に恵まれているからだ。私は賢い犬なので、簡単な物事は一度学べば、難しい話でも何度か繰り返し聞けば覚えてしまうのである。犬にとっては全くもって恩恵のない知識だが、知って覚えること自体は悪いことではないと思っている。
「……ま、魔王……魔王だって……?」
「だ、大丈夫だ、我々には勇者様がついてる! 勇者様が必ず我々をお守り下さるはず!」
周囲の人々がうろたえている。子連れの母親と思わしき女たちの中には子供を抱き抱えてブラックキマイラに背を向ける者もいる。
危険だと思うのなら、早く此処から離れればいいのに……憲兵たちはともかくとして武器すら携帯していない平民まで此処に居座っているのは、魔王の言葉を喋っている魔物が何を言い出すのかが気になって仕方がないという余計な野次馬根性を発揮しているからなのか。全く、人間というものは野生の動物と違って危険を訴える本能よりも好奇心の方を優先したがる生き物だから扱いに困る。
私? それはもちろん、私だって恐ろしいよ。私は犬だから、人間よりも危険には敏感なのだ。
だが、私は犬である以前に御主人を守る牙なのだ。例え相手がどんなに恐ろしく凶悪な存在であろうが、御主人一人を矢面に立たせて尻尾を巻くわけにはいかないのである。
御主人は勇者だ。この世で最も強い人間だ。私に助けなぞ求めなくても、自分で自分の身を守ることができる。
それでも……私は私なりに、御主人の助けになりたいのだ。犬の私にできることなどたかが知れているが、少しでも御主人の負担を軽くしてあげたいのである。
私は御主人のすぐ傍に寄り添って、ブラックキマイラを睨み据えながら牙を剥き出しにして唸り声を発した。
今はまだ喋ることしかしていない奴だが、いつ起き上がり襲いかかってくるか分からない。あの皮膚は鉄の刃すら通さないと御主人は言っていたが、いざという時は脚に咬みついて歩くのを邪魔してやる。
御主人は武器を持つ様子もなく、冷静に奴からの視線を目で受け止めている。
「……わざわざ眷属の死骸を口寄せの人形にしてまで僕と対話したがる……ということは、お前の目的は自分の存在を僕にアピールすることか」
「如何にモ。余輩が一族の悲願を成すニは、勇者の存在ハ邪魔なのデな。貴様ヲ排除せぬコとにハ、腰を据えて領地作りモできヌ。余輩にトッて勇者抹殺は最優先事項なのダ」
ブラックキマイラは眼に宿らせている赤い輝きを一層強くした。
「我が眷属たちが世を食い尽くスのガ早いか、貴様が余輩の前ニ現レるのが早イか、勝負トいこウではナイか。余輩は逃げモ隠れもせヌ……結果が出ルノを、楽シミにしテいヨウぞ」
バ、ハ、ハ、と大口を開けて涎を垂らしながら哄笑するブラックキマイラの山羊頭。
眼に宿っていた光がゆっくりと薄れて消えていき、完全に輝きがなくなると同時に奴は沈黙して、それきり何も喋らなくなった。
「……勇者殿。今のは……」
困惑気味に呟く衛兵に対して、御主人は真剣な面持ちのまま頷いて応えた。
「ええ。長らく危惧していたことが、現実となってしまったようです」
御主人の言葉は、小声ながらも確かな存在感を宿して、この騒然とした中でも凛と発せられた。
「勇者と魔王との戦の歴史が……再び、始まってしまったようですね」
──私には、多少なりともこの日が訪れるであろうことは予め予想はついていた。
何故なら、勇者が世に誕生するということは、それは魔王もまた世に降臨することに他ならないからである。
勇者と魔王との関係を知っている者ならば、少し考えればすぐに分かることだ。占い師が持っている先見の目に頼らずとも導き出せる答えである。
私は、覚悟していた。私がこの事実に気付いてしまった時に、分かってしまったのだ。
いつか、必ず、御主人は勇者としてこの街から旅立って行くであろうことを。
私は犬である。御主人の飼い犬として、御主人が使命を果たして再び此処へ帰って来るまで、留守を預かって我が家で待っているのが私の役目なのだろう。
だが。
この御主人を──何もない場所ですぐに転び、買い物もスムーズにできず、すぐに道に迷うようなドジの権化を、何食わぬ顔をして見送ることなど……私には、到底できそうにはなかった。
当時の人間たちの暮らしや文化、土地のこと、使っていた道具や食べていた食べ物のことについてなど、その文献とやらには現代の人間が昔のことを知るために必要となる知識や情報が記されているのだそうだ。
その中に──『魔王』と呼ばれる者の記述もあるという。
全ての魔物たちを統べる王であり、人間たちと世界の覇権を争って長らく戦を続けてきた人間の敵──世の人間たちにとって魔王とはそういう認識の存在らしい。まさに、勇者の使命である『勇者が打ち倒すべき悪しきもの』であるというわけだ。
魔王を名乗る存在が世に現れたのは、これまでに四度。現れる度にその時代の勇者が現れ、戦い、倒して世界を守り抜いてきた。前回──魔王の言葉を借りるならば四代目に当たる先代の魔王が現れたのは、今からおよそ二百年ほど前のことだと言われている。その時は当時の勇者が刺し違える形で魔王を倒し、英雄としてその名を遺したそうだ。
勇者の素質は血で継がれるものではない。魔王が代を重ねて繰り返し世に現れるように、魔王が現れる頃の時代になると素質を持った者の証である紋章を身に宿して生まれてくるのだという。まるで神がそう計らっているかのように、勇者となる者が才能に目覚めて一人前に成長する頃に魔王が現れるように世界が『できている』のだとか。実に都合良くできているものだ、この世の中というものは。
私は犬だが、勇者に関わる物事に関してはそれなりに知識がある。御主人がそういう類の本を家に持ち帰ってきたり、家に訪ねてきた客人とそういう話を頻繁にしているので、勇者についてを知る機会に恵まれているからだ。私は賢い犬なので、簡単な物事は一度学べば、難しい話でも何度か繰り返し聞けば覚えてしまうのである。犬にとっては全くもって恩恵のない知識だが、知って覚えること自体は悪いことではないと思っている。
「……ま、魔王……魔王だって……?」
「だ、大丈夫だ、我々には勇者様がついてる! 勇者様が必ず我々をお守り下さるはず!」
周囲の人々がうろたえている。子連れの母親と思わしき女たちの中には子供を抱き抱えてブラックキマイラに背を向ける者もいる。
危険だと思うのなら、早く此処から離れればいいのに……憲兵たちはともかくとして武器すら携帯していない平民まで此処に居座っているのは、魔王の言葉を喋っている魔物が何を言い出すのかが気になって仕方がないという余計な野次馬根性を発揮しているからなのか。全く、人間というものは野生の動物と違って危険を訴える本能よりも好奇心の方を優先したがる生き物だから扱いに困る。
私? それはもちろん、私だって恐ろしいよ。私は犬だから、人間よりも危険には敏感なのだ。
だが、私は犬である以前に御主人を守る牙なのだ。例え相手がどんなに恐ろしく凶悪な存在であろうが、御主人一人を矢面に立たせて尻尾を巻くわけにはいかないのである。
御主人は勇者だ。この世で最も強い人間だ。私に助けなぞ求めなくても、自分で自分の身を守ることができる。
それでも……私は私なりに、御主人の助けになりたいのだ。犬の私にできることなどたかが知れているが、少しでも御主人の負担を軽くしてあげたいのである。
私は御主人のすぐ傍に寄り添って、ブラックキマイラを睨み据えながら牙を剥き出しにして唸り声を発した。
今はまだ喋ることしかしていない奴だが、いつ起き上がり襲いかかってくるか分からない。あの皮膚は鉄の刃すら通さないと御主人は言っていたが、いざという時は脚に咬みついて歩くのを邪魔してやる。
御主人は武器を持つ様子もなく、冷静に奴からの視線を目で受け止めている。
「……わざわざ眷属の死骸を口寄せの人形にしてまで僕と対話したがる……ということは、お前の目的は自分の存在を僕にアピールすることか」
「如何にモ。余輩が一族の悲願を成すニは、勇者の存在ハ邪魔なのデな。貴様ヲ排除せぬコとにハ、腰を据えて領地作りモできヌ。余輩にトッて勇者抹殺は最優先事項なのダ」
ブラックキマイラは眼に宿らせている赤い輝きを一層強くした。
「我が眷属たちが世を食い尽くスのガ早いか、貴様が余輩の前ニ現レるのが早イか、勝負トいこウではナイか。余輩は逃げモ隠れもせヌ……結果が出ルノを、楽シミにしテいヨウぞ」
バ、ハ、ハ、と大口を開けて涎を垂らしながら哄笑するブラックキマイラの山羊頭。
眼に宿っていた光がゆっくりと薄れて消えていき、完全に輝きがなくなると同時に奴は沈黙して、それきり何も喋らなくなった。
「……勇者殿。今のは……」
困惑気味に呟く衛兵に対して、御主人は真剣な面持ちのまま頷いて応えた。
「ええ。長らく危惧していたことが、現実となってしまったようです」
御主人の言葉は、小声ながらも確かな存在感を宿して、この騒然とした中でも凛と発せられた。
「勇者と魔王との戦の歴史が……再び、始まってしまったようですね」
──私には、多少なりともこの日が訪れるであろうことは予め予想はついていた。
何故なら、勇者が世に誕生するということは、それは魔王もまた世に降臨することに他ならないからである。
勇者と魔王との関係を知っている者ならば、少し考えればすぐに分かることだ。占い師が持っている先見の目に頼らずとも導き出せる答えである。
私は、覚悟していた。私がこの事実に気付いてしまった時に、分かってしまったのだ。
いつか、必ず、御主人は勇者としてこの街から旅立って行くであろうことを。
私は犬である。御主人の飼い犬として、御主人が使命を果たして再び此処へ帰って来るまで、留守を預かって我が家で待っているのが私の役目なのだろう。
だが。
この御主人を──何もない場所ですぐに転び、買い物もスムーズにできず、すぐに道に迷うようなドジの権化を、何食わぬ顔をして見送ることなど……私には、到底できそうにはなかった。
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