三十路の魔法使い

高柳神羅

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第2話 おっさん、初めて戦う

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 記憶の中の想い人にそっくりな容姿を持ったその女は、地面にぺたんと尻をつけて俺のことをじっと見上げていた。
 ローブというやつだろうか。魔法使いが好んで着ていそうな焦げ茶色の服を身に着け、裾の長い緑色の上着を羽織っている。胸元には大粒の青い宝石をあしらった金細工の首飾りを光らせて、両腕には広辞苑並みの分厚さがある革張りの白い書物を抱えている。
 一瞬伊藤さんかと思ったが、此処は異世界。彼女がこんな場所にいるわけないと俺は考えを改めた。
「……あの」
 俺が話しかけると、彼女は信じられないといった様子で口をぱくぱくさせながら、言った。
「そんな……今までに生き物を喚べたことなんてなかったのに、人型の召喚獣を喚べるなんて……苦節二十年、遂に、私の召喚士としての才能が花開いたのね……!」
 驚くことに声も喋り方も伊藤さんにそっくりだった。
 彼女は自分のことを召喚士と言っているが、ひょっとして、彼女が俺をこの世界に召喚した張本人なんだろうか。
 俺の足下には魔法陣の跡があるし。俺のことを召喚獣と言ってるし。
 人間扱いされていないのがちょっと引っ掛かるが……まあ今はこの際細かいことを気にするのは後回しだ。
 俺は彼女に歩み寄り、問うた。
「何で俺を召喚したんだ?」
「……そんなの、虚無ホロウと戦ってもらうために決まってるじゃない」
 彼女は立ち上がり、右手の人差し指をびしっとある方向に向けた。
「パラスの召喚士フォルテ・ユグリの名において汝に命ず! 目の前の脅威を打ち払い、この地に平和を齎したまえ!」
 何やら大仰な台詞で俺に命令する。
 まあ、彼女は俺のことを人間だとは思っていないみたいだから、そういう扱いをされるのは無理もないことなんだろうが……
 虚無ホロウって、何だ?
 俺は彼女が指差す方向に目を向けた。
 森が広がっている。その前に、何かと必死に戦っている鎧姿の男たちが十人ばかりいる。
 彼らに標的にされているのは、明らかに人間ではないものだった。
 身長は三メートルほど。人型で、全身は黒く、その体は黒曜石のような黒い石でできていることが分かる。全身のあちこちに紫色の岩のようなものを鎧の部品のように貼り付けており、それは蛍の光のように鈍い明滅を繰り返していた。
 逆三角形の形をした胸の中央に、赤くて丸いボーリングの玉のようなものが填まっている。如何にも此処が急所です、と言わんばかりの目立ちようだ。男たちもそこを狙って先程から持っている剣や槍を振るっているようだが、相当固いのか、傷ひとつ付いている様子はなかった。
 あんなのをどうにかしろって言われても、正直言ってどうすればいいのかは分からない。
 俺にはアルカディアから授けられた魔法の力があるが、それがあれに通用するとは限らないわけだし……
 そもそも、魔法ってどうやって使えばいいんだ?
「ぐぁっ!」
「ぎゃっ!」
 男たちが悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。虚無ホロウが振るった腕が、男たちを殴り飛ばしたのだ。
 虚無ホロウはのっそりとした動きで、俺たちがいる方へと近付いてきた。
「早く! あれをやっつけて!」
 俺の背後に隠れるようにして喚くフォルテ。
 召喚士って他力本願なんだな、おい!
 俺は口内で小さく舌打ちをして、迫り来る虚無ホロウを睨み据えた。
 不思議と殺されるかもしれないという恐怖はなかった。酒が入っていることもあって、気が大きくなっているからだろう。
 こいつを倒すことが、俺の魔法使いとしての第一歩なのだ。未知の脅威とはいえ、背を向けて逃げるわけにはいかない!
 そう自分を鼓舞した、その瞬間。
 俺の脳裏に、溢れ出てくる知識があった。
 俺は迷わず両の掌を相手の胸へと向けた。
 息を大きく吸い込み、体内に眠っている力を解き放つ!

「アルテマ!」

 掌の先に生まれ出る青白い光。
 それは一条の閃光となって、虚無ホロウの胸に填まっている赤い玉を吹き飛ばした。
 やはりそこが奴にとっての心臓だったようで、胸に大穴を空けられた虚無ホロウは全身を小さな石の欠片に変えながらその場に崩れ落ちていった。
 それを見ていた男たちが、ざわついた。
「おい、今、アルテマって言ったぞ。あいつ、最高峰の魔法が使えるのか……?」
「それよりも、見ただろ。あの男、対価を支払わずに魔法を発動させたぞ! ありえない! 円卓の賢者ですら、魔法を使うのに対価を必要としているというのに……!」
「と、とにかく報告だ! アルファーナ様に、このことをお伝えしろ!」
 ……何やら穏やかではない雰囲気だ。
 咄嗟に頭に閃いた魔法を使ったのだが、それが良くなかったのだろうか。
 それに、対価って……何の話だ? この世界では、魔法を使うのに許可とか金とかが必要になるとでも言うのだろうか。
 俺はこの世界の金なんて持ってないし……そういうのを請求されることになったらちょっと困る。
 こちらを見ている男たちを見つめていると、その中の一人が、剣を腰の鞘に納めながら歩いてきた。
 他の男たちと比較して少しだけ上等そうな作りをした鎧を身に着けた背の高い男だった。おそらく他の連中をまとめている隊長とか指揮官とか、そういう立場の人物なのだろう。
虚無ホロウの討伐、感謝する。君は旅の魔道士なのか? 此処らでは見ないような格好をしているが……」
 この世界では魔法使いのことを魔道士と呼んでいるようだ。
 俺は後頭部を掻きながら、答えた。
「実は、俺、そこにいる召喚士にこの世界に召喚された人間で……あんたたちを助けたのは成り行きっていうか……」
「……まさか、フォルテが召喚魔法を成功させたのか!? 信じられん、落ちこぼれの腕前で、伝説とも言われる勇者召喚の儀を成し遂げるなど……」
 隊長はちらりと俺の背後に目を向ける。
 フォルテは書物を大事そうに胸元に抱えて、しきりに瞬きを繰り返していた。
 まるで小動物のようだ。可愛い。
 隊長はふうっと息を吐き、俺に視線を戻して、言った。
「すまないが……我々と共に来てもらえないだろうか。君のことを、アルファーナ様に紹介したいのだ」
 アルファーナというのは彼ら王宮騎士団を擁しているパラス王国という王国の姫君らしい。
 姫とはいっても蝶よ花よと大事に育てられているようなか弱い女ではなく、自ら剣を持ち兵士たちと共に日夜虚無ホロウと戦っている騎士なのだそうだ。
 一国の姫か……なかなか男勝りな人物ではありそうだが、会うのがちょっと楽しみではある。
 俺はこの世界に来たばかりでこの世界のルールとか情勢とかは分からないし、良い機会だからその姫とやらに色々と訊いてみることにしよう。
 俺は兵たちに連れられて、彼らが住んでいるというパラス王国へと向かった。
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