三十路の魔法使い

高柳神羅

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閑話 その頃の日本

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 駅前にある、とあるスーパー。食材ならば比較的何でも揃っている人気のその店は、最近になって起きるようになったある問題に頭を抱えていた。

「店長~」

 段ボール箱に梱包された商品を取り出していると、傍のドアが開いてひょっこりと顔を出す一人の若い店員。
「ちょっと来て下さぁい、また品物の数が足りないんですぅ」
「……また?」
 作業の手を中断して、店長は顔を上げた。
「今度は何がないんだ?」
「えっとぉ……十個入りの卵一パックと、鶏の胸肉と、五キロのコシヒカリの無洗米一袋ですぅ」
 玉葱があれば親子丼が作れそうなラインナップだな、と独りごちて、彼は溜め息をつき頭を掻いた。
 立ち上がり、部屋の奥に移動する。
 事務所にもなっているこの作業場には、防犯カメラの映像を映すためのモニターが設置されている。昔からこの店にあるものだが、最近になって頻発するようになったある問題に対処するために、店内に設置するカメラの数を増やしたばかりだった。
 彼は機械を操作して、過去の映像をチェックし始めた。
 映像には、店で買い物をする客たちの姿が映っている。流れるように売り場を移動していく彼らの中に、興味を引くような不自然な行動をしている者の姿は……ない。
 いつもと同じだ。商品を持ち去った犯人に繋がるような手掛かりが一切残っていないのは。
 彼は再び溜め息をついた。
「……怪しい奴は映ってないな」
「犯人はどうやってお店から物を持ち出しているんでしょうねぇ。お米の袋なんて、隠せるような大きさのものじゃないですよぉ」
「それが分かれば、少しは犯人の尻尾が見えてくるんだろうけどな」
 最初は、気付いたら売り場から玉葱が何個か消えていた、その程度のものだった。
 それがここ最近になって、色々なものがなくなるようになった。野菜、精肉、調味料……そして今回は米ときた。
 手口が同じなので、同一犯による犯行だろうと彼は考えていた。
 防犯カメラの数を増やし、見回りを強化して、何とか犯人を捕まえようとあれこれ試行錯誤した。
 しかし、結果は振るわず。店の品物がなくなるのも止まることはなかった。
 一体犯人は、どうやって誰にも気付かれずに、防犯カメラに映ることもなく犯行を行っているのだろう。
 ここまで手掛かりが何ひとつ残っていない状況が続くと、これはもう万引きじゃなくて神隠しなんじゃないかと疑いたくもなる。
 人じゃなくて物が遭う神隠しなんて……悪戯好きな妖精がこっそりと物を隠している御伽噺じゃあるまいし。
「……お前はもう売り場に戻っていいぞ。仕事をしてくれ」
 彼は隣でモニターを見つめている店員に声を掛けた。
 店員ははぁいと気楽な返事をして、ぱたぱたと売り場に戻っていった。
 此処で愚痴っていても状況が変わるわけではない。今まで通り、防犯対策をしっかりと行って犯人を捕まえられるように務めよう。
 そう独りごち、彼は途中になっていた作業を再開するべくモニターの前から離れた。
 段ボール箱に入っている商品を取り出そうと手を伸ばし──違和感を感じて、動きを止める。

 先程は確かに六つ入っていたはずの、天ぷら粉の袋が。
 いつの間にか五つに数が減っていた。

 駅前の大通り。買ったばかりの焼き鳥を入れたビニール袋を片手に提げたサラリーマン風の男が、歩きながら手元のスマホを一生懸命に操作していた。
 映っているのはメール画面。送り先の宛名には、六道春とある。

『お前、最近ずっと会社休んでるけどどうした? 風邪でも引いたのか? 伊藤さんも心配してたぞ。メール見たら返事してくれよ』

 慣れた手つきで文章を打ち、送信する。
 無事にメールが相手のスマホに届いたことを確認して、彼はスマホをポケットの中にしまい込んだ。
 何気なく空を見上げると、大きなカラスが一羽、群青色に染まった空を横切っていくのが見えた。
「もうすぐ、夏だなぁ……」
 何となくそのようなことを呟いて、ビニール袋の中から焼き鳥を一本取り出し、口に運ぶ。
 炭火でじっくりと焼かれた肉は、塩しか振られていないというのにしっかりと味が付いていて美味しかった。ついビールが飲みたくなる味だな、と彼は思った。
「そういえば、近場に新しいビアガーデンができたんだって話題になってたっけな」
 仕事帰りの一杯。心地良い風を浴びながら、大きなジョッキで冷えたビールを一気飲みする。
 何という極楽なのだろう。
 想像したら、唾が出てきた。
「今度、六道を誘って行ってみるかな」
 最近会社に姿を見せない仲良しの同僚の顔を思い出しながら、彼は食べ終わった焼き鳥の串をビニール袋に突っ込んだ。
 もう一本、と袋の中を覗き込み。
 あれ、と怪訝に思って小首を傾げた。
「あれ……三本買ったと思ってたんだけどな。おかしいな」

 袋の中には、先程彼が食べ終わった後の串しか入っていなかった。
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