三十路の魔法使い

高柳神羅

文字の大きさ
13 / 164

第13話 忠実なる魔帝の下僕

しおりを挟む
 その女は、一見すると王族か貴族の令嬢に見えた。
 縦にロールした銀の髪。首や指を飾る見事な細工の貴金属。漆黒のドレスは、よく見ると黒い艶のある糸で薔薇模様の刺繍が施されている。この世界では基本的に柄物の服は高級品らしいから、服装にかなり金をかけていることが伺える。
 スタールビーのような色鮮やかな真紅の双眸を大きく見開いて、彼女は俺たちのことをじっと見つめている。
 その視線は、俺たちの中にあるものを見透かそうとしているような──奇妙な雰囲気を抱いていた。
「……誰、貴女」
 俺の腕に縋り付きながら、フォルテが女に疑心の目を向ける。
 女は特に気分を害した様子もなく笑うと、スカートをついと摘まんで持ち上げて軽く会釈をした。
「私はジークリンデ。魔帝ロクシュヴェルド様の忠実な下僕にしてラルガが誇る宮廷魔道士の一人」
「!……」
 魔帝、の単語に俺たちの表情は険しくなった。
 世界征服を目論み世界各国に戦を仕掛けている存在。その下僕と公言する人物が俺たちに友好的なはずがない。そう思ったからだ。
 身構える俺たちを見て、ジークリンデはにこりと笑う。
「そんなに警戒しなくても……私は貴方たちを撃ったりしないわ。今回は、ただの挨拶。礼節に欠けた態度を取ったら我が主に叱られてしまうもの」
 彼女はこちらに向かってゆっくりと歩を進めながら、辺りに散らばる虚無ホロウの残骸を見回した。
「私は、貴方がこの子と争う様子をずっと見ていたけれど……対価を必要とせずに最高峰の破壊魔法であるアルテマを操るその才能は、非凡だと感じたわ」
 俺たちの目の前まで来て立ち止まり、俺の顔をじっと見つめて、うっとりと言う。
「是非とも、欲しい。貴方のその力。ラルガを栄光へと導く標として」
 ラルガが一体何なのかは分からなかったが、ジークリンデの言っていることは何となく分かった。
 彼女は、俺を魔帝の仲間に引き込もうとしているのだ。俺の持つ無尽蔵に魔法を使える力があれば、世界征服がより円滑に進む、そう思っているのだろう。
 言わずもがな、俺には彼女の要求を呑むつもりは全くない。
 俺は、勇者になる気はないが、かといって悪事に手を染める気もない。
 ただ、この世界を気楽に旅して、色々なことを楽しんで、笑いながら暮らしていきたいだけなのだ。
 それを邪魔すると言うのなら、全力で抵抗させてもらう。
 俺は一歩身を引いて、厳しい面持ちでジークリンデを睨み付けた。
「……俺は、魔帝の仲間になる気はない。最強の魔法使いの肩書きなんてくそくらえだ」
 右の掌を彼女に向けて、きっぱりと言い放つ。
「帰って魔帝に報告するんだな。俺は売られた喧嘩はいつでも買う。目の前に現れたら、その時は容赦なく叩きのめしてやるってな」
「……残念ね」
 俺の威嚇にも全く動じず。ジークリンデは肩を竦めて笑うと、左のこめかみの辺りに手を触れた。
 そこから取り出した銀色の小さな何かを指で摘まんで、無造作に中指の腹を押し当てる。
 ぷつっ、と指の腹が裂けて、血の玉が滲み出てきた。それを俺たちの方に見せながら、彼女は言った。
「……でも、人の心は移ろいやすきもの……もしも貴方が考え抜いた末に我が主の下に来ると決断したその時は、快く迎え入れることを約束しましょう。一時の感情に流されて大切なものを見失うのは愚かだと、ささやかながら助言をさせて頂くわ」
 血の玉が、不自然に大きく盛り上がり、広がっていく。
 まるで意思を持った生き物のようにするすると伸びていき、ひとつの形を虚空に描き出した。
 それは──複雑な形をした人の体ほどの大きさがある魔法陣だった。
「それでは……御機嫌よう」
 魔法陣に手を触れるジークリンデ。
 魔法陣が緑と黒が混ざり合った暗い色の光を生み出す。その光に彼女の全身は包まれて──
 渦に飲み込まれるように、彼女の姿は消えた。光が消滅すると同時に魔法陣も力を失い、ぱしゃんと水飛沫が飛び散るように弾けて形を失った。
 俺はそれを見つめながらふーっと深く息を吐き。
 ぎぎぎっとぎこちない動作で俺の腕に縋り付いたままのフォルテの方に向いて、呟いた。
「……大丈夫かな……思いっきり喧嘩売っちゃったけど」
「え……魔帝をやっつける自信があるから言ったんじゃなかったの?」
「いや……まあ……その」
 ぽかんとするフォルテに曖昧な返事を返す俺。
 俺は……いつかは魔帝と戦うつもりではいるが、今はまだ矢面に立つ気はない。
 虚無ホロウを退治したり魔帝と対立している人々に協力を求められたら裏方に回って支えるくらいのことはするつもりではいるが、俺自身が魔帝と戦うような真似はしないつもりだ。
 一度戦い始めたら、そこからずるずると事が長引いて他のことが全然できなくなっちゃうからな。
 俺はまだ、ただの魔法使いとしてこの世界での暮らしを満喫していたい。
 薄情だ、臆病者、と言うなかれ。俺は大それた名声を得るよりも、何でもない平穏な日常を過ごすことの方が何倍も大事なのである。
「……まあ、魔帝も目の前の世界征服で忙しいだろうからな。俺みたいな小物の言うことなんて気に掛けないだろ。うん」
 俺は自分に言い聞かせるように大きな声でそう言って、頷いた。
 ……そう思わなきゃ、やってられないよ。
 無意味に胸を張る俺を、フォルテは相変わらずぽかんとした顔のまま見つめていた。

 何はともあれ。無事に虚無ホロウを討伐して討伐の証もちゃんと手に入れたので、俺たちは街に引き返した。
 冒険者ギルドに討伐の証である赤い石を提出し、仕事クエスト達成の報酬として二千ルノを手に入れた。
 あんなに馬鹿でかい虚無ホロウを倒したことを考えたら微妙に安いような気がしないでもないが、それでも俺にとっては結構な大金だ。これで当分の間は生活するのに困らないだろう。
 冒険者ギルドで仕事クエストを請け負う時の要領も何となく分かったし、これからもこの世界で暮らす旅人として普通にやっていけそうだ。
 ──さあ、旅を続けよう。此処はただの通過点であり、俺たちが目指す場所はまだまだ先にあるのだから。
 俺は貰った報酬を鞄の中にしまって、その日のうちにリッカの街を旅立った。
 あの山道を越えた先にどんな景色が広がっているのか……興味の種は、まだまだ尽きない。
 幾つになっても、わくわくする心というものはなくならないものである。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...