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第29話 ラルガの魔道騎士
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騒ぎが起きている現場に到着すると、そこは戦場になっていた。
崩れた建物からは煙が上がっている。周囲にある動くものを手当たり次第に襲っている大量の虚無。それと戦っている旅人と思わしき武装した人たちや、おそらくこの街を警護している兵士か何かなのだろう、がっちりとした鎧を着込んでいる人たち。
通りのそこかしこには虚無の残骸が落ちている。
しかしそれ以上に、全身を赤く染めた人間が転がっていた。
頭を砕かれ、腹を潰されて、ぐちゃぐちゃになった肉の塊。石畳の地面にべったりと広がった赤黒い血。
虚無と戦っていた人間だとか、逃げていた人間だとか、そんなのは一切関係ない。
ただそこにいたから、殺された。そんな無情な現実を物語る光景がそこにあった。
「だ、誰か……!」
小さな声がした。
傍の崩れた壁の陰で、座り込んで震えている若い女がいた。その傍には、彼女を守ろうとした人間だろうか、同じくらいの歳の男が力なく倒れている。
男の頭は、何か強烈な力で殴りつけられたかのように陥没していた。砕けた骨の間から、赤く染まった肉のようなものがはみ出している。おそらく、あれはもう生きてはいまい。
そんな二人を、一体の虚無が見下ろしている。やたらと両腕が太い、ゴリラのような形をした虚無だ。
男はあれに殴られて絶命したのだろう。
虚無は女めがけて右腕を振り上げた。
「アルテマ!」
そこに、俺が放った魔法の光が突き刺さった。
青白い光は虚無の胴体を粉々に吹き飛ばした。弱点を潰された虚無は無数の石塊と化して、辺りにばらばらと飛び散った。
俺はがくがく震えている女の元に歩み寄り、そっと手を差し伸べた。
「危なかったな。早く逃げな!」
「あ……ありがとうございます」
女は俺の手を取って立ち上がり、礼を言って逃げていった。
後に残された男の死体に目を向けて、その悲惨な死に様に俺は顔を顰めた。
俺は血とか内臓とかにはそれなりに耐性がある方ではあるが、見ても何も感じないわけではない。それが一方的な蹂躙で生み出された光景だとするとなおさらだ。
「……ったく、何処の世界でも侵略者ってのはろくなもんじゃないな」
毒づき、ちっと舌打ちをする。
その独り言のような呟きに、応えた者がいた。
「これは侵略ではない。聖戦だ。我が主は、この世のためを思って事に及んでおられるのだ」
「!」
ばっ、と弾かれたように声のした方に降り返る俺。
いつからそこにいたのだろう。通りの中央に、一人の男が立っていた。
ファンタジー小説なんかに登場する司祭が纏っているような貫頭衣。その上に胸当てとやたらと巨大な篭手を身に着けており、頭には隼っぽい鳥の頭を模した形の兜を被っている。顔は口元が覗いているのみで大部分は隠れており、髪や目の色は分からない。背は俺と同じくらいか若干低い印象を受ける。それほど体格が良い感じはしないが、無駄な肉もない、そんな感じの人物だ。
全身真っ黒のその男は、兜に下に隠れた目をじっとこちらに向けていた。
血色の良い唇には、僅かに笑みが浮かんでいる。
「成程な……お前が、ジークリンデが言っていた魔道士か。対価もなしに魔法を使うなど何の冗談かと思っていたが、本当のようだな」
「あんたが、魔帝か」
俺の問いかけに、男は肩を揺らした。
「我はただの下僕にすぎん。我が主は神に等しき偉大なる御方……同列に見られるほどの価値は我にはない」
つい、と帽子のつばを持ち上げるような仕草で兜の先端に指を触れて、彼は言葉を続けた。
「我が名はバルムンク。ラルガが誇る宮廷魔道士の一人にして騎士でもある。虚無を率いて世を粛清するのが我の任務だ、が──」
すっと右腕を真横に上げるバルムンク。
その手中に、巨大な漆黒の剣が出現した。
大きさは刃の先端から柄までおよそ二メートルほどある。ギロチンのように幅広の刃の中央には何のためのものなのか穴が等間隔に空いており、鎖が通されている、そんな見た目の代物だ。
かなりの重量がありそうなその業物を右手一本で軽々と構えながら、彼は言った。
「対価なくして最高峰の魔法を自在に操るお前のその力、是が非とも体感してみたい。一手お手合わせ願おうか」
……こいつがこの騒動を引き起こした張本人だということは分かった。
魔帝の直属の部下なんてできれば相手にしたくはないが、見逃してもらえそうにもないし……此処は腹を括って戦うしかない。
俺の体力ではそう長時間は動き回れない。体力が尽きて動けなくなる前に、何としても決着を着けてやる!
「ハル……」
「あんたたちは下がってろ!」
フォルテたちに離れているように呼びかけて、俺は身構えた。
自分自身を鼓舞するように、声を張り上げる。
「そこまで言うなら、お望み通りに相手にしてやるよ……本気になった魔法使いの力ってやつを、思う存分に味わっていきな!」
崩れた建物からは煙が上がっている。周囲にある動くものを手当たり次第に襲っている大量の虚無。それと戦っている旅人と思わしき武装した人たちや、おそらくこの街を警護している兵士か何かなのだろう、がっちりとした鎧を着込んでいる人たち。
通りのそこかしこには虚無の残骸が落ちている。
しかしそれ以上に、全身を赤く染めた人間が転がっていた。
頭を砕かれ、腹を潰されて、ぐちゃぐちゃになった肉の塊。石畳の地面にべったりと広がった赤黒い血。
虚無と戦っていた人間だとか、逃げていた人間だとか、そんなのは一切関係ない。
ただそこにいたから、殺された。そんな無情な現実を物語る光景がそこにあった。
「だ、誰か……!」
小さな声がした。
傍の崩れた壁の陰で、座り込んで震えている若い女がいた。その傍には、彼女を守ろうとした人間だろうか、同じくらいの歳の男が力なく倒れている。
男の頭は、何か強烈な力で殴りつけられたかのように陥没していた。砕けた骨の間から、赤く染まった肉のようなものがはみ出している。おそらく、あれはもう生きてはいまい。
そんな二人を、一体の虚無が見下ろしている。やたらと両腕が太い、ゴリラのような形をした虚無だ。
男はあれに殴られて絶命したのだろう。
虚無は女めがけて右腕を振り上げた。
「アルテマ!」
そこに、俺が放った魔法の光が突き刺さった。
青白い光は虚無の胴体を粉々に吹き飛ばした。弱点を潰された虚無は無数の石塊と化して、辺りにばらばらと飛び散った。
俺はがくがく震えている女の元に歩み寄り、そっと手を差し伸べた。
「危なかったな。早く逃げな!」
「あ……ありがとうございます」
女は俺の手を取って立ち上がり、礼を言って逃げていった。
後に残された男の死体に目を向けて、その悲惨な死に様に俺は顔を顰めた。
俺は血とか内臓とかにはそれなりに耐性がある方ではあるが、見ても何も感じないわけではない。それが一方的な蹂躙で生み出された光景だとするとなおさらだ。
「……ったく、何処の世界でも侵略者ってのはろくなもんじゃないな」
毒づき、ちっと舌打ちをする。
その独り言のような呟きに、応えた者がいた。
「これは侵略ではない。聖戦だ。我が主は、この世のためを思って事に及んでおられるのだ」
「!」
ばっ、と弾かれたように声のした方に降り返る俺。
いつからそこにいたのだろう。通りの中央に、一人の男が立っていた。
ファンタジー小説なんかに登場する司祭が纏っているような貫頭衣。その上に胸当てとやたらと巨大な篭手を身に着けており、頭には隼っぽい鳥の頭を模した形の兜を被っている。顔は口元が覗いているのみで大部分は隠れており、髪や目の色は分からない。背は俺と同じくらいか若干低い印象を受ける。それほど体格が良い感じはしないが、無駄な肉もない、そんな感じの人物だ。
全身真っ黒のその男は、兜に下に隠れた目をじっとこちらに向けていた。
血色の良い唇には、僅かに笑みが浮かんでいる。
「成程な……お前が、ジークリンデが言っていた魔道士か。対価もなしに魔法を使うなど何の冗談かと思っていたが、本当のようだな」
「あんたが、魔帝か」
俺の問いかけに、男は肩を揺らした。
「我はただの下僕にすぎん。我が主は神に等しき偉大なる御方……同列に見られるほどの価値は我にはない」
つい、と帽子のつばを持ち上げるような仕草で兜の先端に指を触れて、彼は言葉を続けた。
「我が名はバルムンク。ラルガが誇る宮廷魔道士の一人にして騎士でもある。虚無を率いて世を粛清するのが我の任務だ、が──」
すっと右腕を真横に上げるバルムンク。
その手中に、巨大な漆黒の剣が出現した。
大きさは刃の先端から柄までおよそ二メートルほどある。ギロチンのように幅広の刃の中央には何のためのものなのか穴が等間隔に空いており、鎖が通されている、そんな見た目の代物だ。
かなりの重量がありそうなその業物を右手一本で軽々と構えながら、彼は言った。
「対価なくして最高峰の魔法を自在に操るお前のその力、是が非とも体感してみたい。一手お手合わせ願おうか」
……こいつがこの騒動を引き起こした張本人だということは分かった。
魔帝の直属の部下なんてできれば相手にしたくはないが、見逃してもらえそうにもないし……此処は腹を括って戦うしかない。
俺の体力ではそう長時間は動き回れない。体力が尽きて動けなくなる前に、何としても決着を着けてやる!
「ハル……」
「あんたたちは下がってろ!」
フォルテたちに離れているように呼びかけて、俺は身構えた。
自分自身を鼓舞するように、声を張り上げる。
「そこまで言うなら、お望み通りに相手にしてやるよ……本気になった魔法使いの力ってやつを、思う存分に味わっていきな!」
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