三十路の魔法使い

高柳神羅

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第57話 現実が語る無情の物語

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 連続で撃ち出される闇の玉に、俺は真っ向から対峙した。
「アンチ・マジック!」
 俺の前に展開したアンチ・マジックフィールドが、それを受け止めて消滅させる。
「ヴァイス!」
「わんっ!」
 攻撃を繰り出して無防備になった魔帝に、ヴァイスが光の矢を何十本と浴びせかける。
 魔帝の姿が光に呑まれて見えなくなる。
 どうだ、これなら流石に……
 そんな俺の期待を裏切って、光を吹き飛ばし、魔帝が姿を見せた。
 奴の全身を、濃い闇のオーラが覆っている。どうやらヴァイスの魔法が命中する瞬間、奴は体をオーラで包んで防御したようである。
「……ふうん……」
 魔帝は全く堪えていない様子で、自らの体をしげしげと見つめた。
 ──もう三十分近くもヴァイスが色々な魔法を仕掛けているというのに、奴は全然体力を落としていない。
 奴からの魔法攻撃は全て俺が無効化しているから、一見すると双方の状態は同じように思えるかもしれないが……そう思っているのなら、大甘だ。
 防御している俺と、食らっても堪えない魔帝。今は対等に向かい合っていられても、時間が経てば、疲労で体力が落ちた俺は防御を続けることが困難になる。それはいずれ相手に隙を突かれることに繋がるだろう。
 俺の体は鍛えていない一般人と差がない。魔帝の魔法を一撃食らったら終わりなのだ。
 何とかして、この状況を動かさないと。俺がまだ奴の魔法を防御していられるうちに、奴にダメージを与えないと。
 他の賢者を呼びに行ったミライは、まだ戻ってこないのか?

「……もういいや。飽きちゃった」

 と。唐突に、魔帝がそんなことを言った。
 すとん、と顔から感情を落として、ふうっと小さく息を吐く。
「遊ぶのはもうおしまい。捕まえる」
 端的にそう言って、纏っている闇のオーラを翼のように大きく左右に広げた。
 それは小さな無数の闇の礫となって、横殴りの雨のように俺に降り注いでくる!
 しかし、慌てる必要はない。所詮はこれも魔法だ。防御なんて簡単にできる。
「アンチ・マジック!」
 俺は目の前に領域を展開し、飛んでくる礫を受け止めた。
 虹色の壁に触れた礫が音を立てながら消滅していく。よほど広範囲に撃ち出したらしく、多くの礫が俺の脇や頭上を通り過ぎていく。それらは後方の塀や建物の壁に突き刺さり、派手な音を立てて爆発した。
 攻撃を凌いだ俺は、領域越しに魔帝を見据えた。
「あんたも結構学習しない奴なんだな。あれだけ散々目の前で俺があんたの魔法を打ち消したのを見ていただろうに、同じことしかしないんだから」
「……ははっ、分からないって幸せでいいね?」
 俺の言葉を笑う魔帝。
 それはどういう……
 俺が訝って片眉を跳ね上げた、その瞬間。
 俺の背後にあった建物。魔帝の魔法を受けて倒壊待ったなしだった壁が、数多の瓦礫となって俺へと降り注いできた!
 アンチ・マジックは魔法は防げるが、あれはただの瓦礫だ。アンチ・マジックでは防げない。
「!……ウィンド……」
 咄嗟にアンチ・マジックフィールドを消して頭上に向けて迎撃の魔法を唱えかける俺。
 一瞬だけ魔帝から気が逸れた、その僅かな間に──
 ぼっ!
 魔帝が放った小さな魔法の弾が、俺の右足を吹き飛ばしていた。

 まるで、映画のスローモーションを見ているようだった。
 俺の体から離れた右足が、赤いものを撒き散らしながら地面の上を転がっていく。
 足を片方失った俺は、体を支えることができなくなり、仰向けに倒れた。
 痛みは、感じなかった。それを自覚できるほど、頭の方が働いていなかったのだ。
 飛び散った赤が鮮やかで綺麗だなと場違いなことを考えながら──
 俺は落ちてきた瓦礫に押し潰されて、首だけを外に生やした格好で、近付いてくる魔帝の姿を見つめていた。

「……はい、捕まえた」
 魔帝は俺を見下ろして、にこりと笑った。
「ぼくがちょっとその気になれば、君の相手をすることなんて蟻を踏み潰すようなものなんだよ。君がどんなに強力な防御結界を張れる力を持っていようが関係ない。所詮はただの人間……ぼくと対等に戦えると考えること自体がそもそもの間違いなのさ」
「わうっ!」
 ヴァイスが魔帝めがけて飛びかかっていく。
 魔帝はそれを、纏っているオーラを束ねて作った鞭で無造作に打った。
 ヴァイスはきゃんっと悲鳴を上げて宙を舞い、地面に転がった。
 それに僅かに顔を向けながら、魔帝が肩を竦める。
「伝説のエンシェント・フェンリルとはいえ、まだ子供。成体だったらちょっとは違った結果になっていたかもしれないけれど……惜しかったね」
 ゆっくりと、俺へと視線を戻して。
「さあ。それじゃあ行こうか。ぼくの国、ラルガへ。取れちゃった足は、向こうに着いたらちゃんと代わりになるものを付けてあげるから、安心していいよ」
 魔帝の足下に、暗い色をした魔法陣が現れる。
 それはぼんやりとした緑と黒が混ざり合った色合いの光を放ち始めた。
 これは──転移の魔法陣だ。奴は宣言通りに、俺を自分の国へと連れて行くつもりなのだ。
 俺は、瓦礫の下敷きになっているせいで身動きが取れない。いや、体の上に瓦礫がなかったとしても、足が片方吹っ飛んでいるのだ。逃げることなど到底無理だ。
 万事休す、か──

「ハルさん!」

 俺の名を呼ぶ、誰かの声。
 視界に、誰かの影が割って入ってきた。
 風に踊る金の髪。その間から覗く、長い耳。
 俺の前に立ち塞がったユーリルは、全身でぶつかるように魔帝に渾身の体当たりを食らわせた。
 魔帝が体のバランスを崩す。それと同時に足下の魔法陣が魔法を発動させて、魔帝と傍にいたユーリルの体を黒い光で飲み込んでいく。
 二人の姿が、消える。魔法を発動させた魔法陣は役目を終えたと言わんばかりに形を崩壊させて、砂が崩れるように消えていった。
 俺は──理解した。
 ユーリルが、俺を庇って俺の代わりに転移魔法に巻き込まれ、魔帝と共に奴の国へと飛んで行ってしまったのだということを。
「ハル!」
 アインソフ魔道目録殿から飛び出してくるフォルテ。その後ろにはリュウガがいる。
 ……俺は、危ないから中にいろと言ったのに。リュウガはともかく、何でフォルテが出てきているんだ?
 フォルテは俺の元まで脇目も振らずに駆けて来ると、瓦礫の下敷きになっている俺の姿を見て、息を飲んだ。
「そんなっ、酷い……今すぐ、助けてあげるから!」
 彼女は俺の上に乗っている瓦礫を、両手で掴んでひとつずつ横にどけ始めた。
 やや遅れて、リュウガが到着する。その手には、ちぎれた俺の足を持っている。
「おっさん……あんた、死にかけてるじゃねぇかよ。あんな自信満々に飛び出してった割にこのざまじゃ世話ねぇな」
「…………」
 俺は言葉が返せなかった。
 頭の中がぐじゃぐじゃで、何と言っていいかが分からなかったのだ。
 ただ、ひとつだけ。鮮明に脳裏に浮かんでいる言葉がある。
 俺は──魔帝に負けたのだ。
 その事実だけが、まるで敗北を形にした刻印のように、焼きついていた。
 それが、情けなくて。悔しくて。
 涙は出なかったが、代わりに悲鳴のような叫びが飛び出していた。

「くそぉぉぉ──ッ!!」

 右足を失った股関節が、じわりとした熱と痛みを訴えてくる。
 普通ならば気絶するほどに痛いであろうそれも、それどころでない俺には些細なことにしか感じられないのだった。
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