三十路の魔法使い

高柳神羅

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第60話 狡猾な死霊たち

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「ホーリーライト!」
 俺は迫り来る骨たちめがけて魔法を放った。
 ぱぁっ、と柔らかい光が洞穴全体に広がる。それは骨たちのみならず、傍にいた俺たちをも包み込んでいく。
 ホーリーライト──数少ない浄化魔法のひとつで、広範囲をアンデッドを成仏させる力のある聖なる光で満たす効果を持っている。強力な力を持っているアンデッドには効かないらしいが、この程度の雑魚相手だったらこれでも十分だろう。
 フォルテが驚いた顔をして俺の方を見た。
「ハル……貴方、浄化魔法使えたの? 浄化魔法って神官の魔法じゃなかった?」
「俺を誰だと思ってるんだよ」
 俺がさらりとそう答えると、それもそっかと彼女はあっさり納得した。
「そうよね……ハルは異世界から来た勇者だもんね。回復魔法も召喚魔法も使える魔法バカだもんね」
 おい、何だよ魔法バカって。もう少しマシな呼び方があるだろうが。
 せめて大魔法使いとか、そういう格好良い呼び方を考えてほしかった。
 まあ……いいけど。
 光を浴びた骨たちの歩みがぴたりと止まる。
 よし、そのまま無力化してしまえ──
 しかし、俺の期待をあっさりと裏切って、骨たちは浄化の光をものともせず一斉にこちらに飛びかかってきた!
 しかも、早い。生身の人間の動きと殆ど変わらない。
 アンデッドって映画に出てくるゾンビみたいに動きがのろいってイメージがあったが、こんなに早く動くものなのか?
 と、そんなことはどうでもいい。
 こいつらそんなに凶悪なアンデッドには見えないのに、何で魔法が効果ないんだ?
「おい、おっさん。全然効いてねぇじゃねぇかよ」
 両手を振り上げて襲いかかってきた骨をひらりとかわして、リュウガが文句を垂れる。
 背から抜き放った剣を軽く一閃して、骨の背骨を半ばから真っ二つに斬り折った。
 彼が今手にしているのは、銘をミョルニルブレードという。ミライから貰った剣で、刃に強力な爆発魔法の力を秘めた魔法の武具マジックウェポンなのだ。
 切れ味もさることながら、その真価は刃に宿る魔法の力を開放した時に発揮される。流石にアルテマほどではないが強い破壊力を発現させ、弱い魔法であれば斬ることも可能らしい。その辺で売っているような普通の魔法の武具マジックウェポンで同じことをやろうとしても武器が壊れるだけなので、それを考えたらこいつが如何に物凄い武器なのかということが分かる。
 要は以前バルムンクと戦った時に奴が見せていた魔法剣技アルテマソード、あれと同じようなものなのだろう。流石円卓の賢者が対魔帝用に自ら作り上げた武器だ。
 こんなアンデッド相手に振るうのはちょっと勿体無いような気もするが……
 リュウガに背骨を折られた骨は上半身と下半身に分かれて、その場に転がった。しかしアンデッド故にその程度では致命傷にならず、落ちた上半身は腕を使って懸命に這い寄ろうとしている。下半身は起き上がることはできないものの、わたわたと足を動かし続けていた。
 こういうシチュエーション、何かの映画であったな。足のない怪物がちぎれた腹から内臓撒き散らしながら何処までも這いずって追って来るやつ。
 こいつは血も肉もない骨なのでグロさはないが、迫ってくる様は見ていて不気味だ。
「こういうアンデッド? ってぇの? 火に弱いんだろ。いっそのこと燃やしちまえよ。その方が単純そうで楽じゃねぇか」
「馬鹿、こんな狭い場所でそんな大火力を放ってみろ、俺たちまで燃えるぞ」
 こいつらはアンデッドとはいえ実体のある存在だから、リュウガの言う通り焼き払って灰にしてしまえば沈黙する。
 しかし此処は狭い穴倉の中だ。そんな威力の炎を放とうものなら、発生した熱で俺たちまで蒸し焼きになってしまう。流石にそれは勘弁だ。
「ホーリーランス!」
 俺は近くにいる骨を狙って魔法を撃った。
 ホーリーランスは単発の浄化魔法だが、浄化の威力は先程のホーリーライトとは比較にならないほど強い。幾ら強力なアンデッドだろうが、こいつを食らえばひとたまりもないはず。
 生まれた光の槍は高速で宙を貫き、骨の頭部に命中した。
 よし、まずは一匹──
 次の標的を狙って同じ魔法を放とうとする俺。
 そこに、今し方浄化魔法を食らったはずの骨が突っ込んできた!
「なっ!?」
 骨が繰り出してきた拳の一撃が、俺の鳩尾に深々と突き刺さる。
 ただの握り拳なので肉を裂くほどのダメージはないが、内臓を押し潰されるような強い圧迫感に襲われて、俺は唾を吐いた。
 膝が震える。力が抜け、とても立っていられない。
 俺は腹を両手で押さえて、その場に膝をついてしまった。
「ちょっと! 来ないでっ!」
 フォルテが思い切り振り回した杖の先端が骨の側頭部に命中する。
 がん、と結構派手な音がしたものの、一撃を食らった骨は堪えている様子がまるでない。骨だから当たり前なのかもしれないが……
 奴は平然とフォルテとの距離を詰めて、彼女に膝蹴りを食らわせた。
「……あうっ……かっ……」
 まともに腹に攻撃を受けたフォルテの顔が苦痛に歪む。
 彼女の手から、握り締めていた杖がかろんと落ちて足下に転がった。
 力尽き、その場に崩れ落ちるフォルテを骨は抱き止めて、軽々と肩に担ぎ上げた。
 そして、そのまま俺たちには一瞥もくれずに雨の降りしきる外へと飛び出していく。
 それに釣られるように、他の骨たちも俺たちとの争いをあっさりとやめて次々と洞穴から出ていった。
 残ったのは、リュウガとヴァイスにダメージを与えられて走れなくなった何体かの骨の残骸のみ。まだまとまった形が残っているので、所々がもぞもぞと蠢いている。
「……何だったんだ、あいつら」
 足下に転がっている骨の残骸を無造作に踏み潰しながら、リュウガが訝る。
 俺は拳で地面をどんと叩いた。
「くそっ……あいつら、フォルテを……!」
 フォルテが、誘拐された。
 アンデッドにそういうことができる知能があるというのは驚きだが、そんなことはどうだっていい。
 俺は、またしても、目の前で大事な仲間が連れ去られるのを黙って見ていることしかできなかったのだ。
 これでは、ユーリルの時の二の舞ではないか。
 ……いや、まだ間に合う。
 魔帝の時は転移魔法を使われたのでどうしようもなかったが、奴らは徒歩だ。今から追えば捕まえることができる。
 しかし、俺の足はまだ力が抜けたままだ。これでは走れそうにない。
 俺はヴァイスに命令した。
「ヴァイス、今の奴らを追いかけろ!」
「──無駄だよ、ただ追うだけじゃ、あいつらは絶対に見つからない」
 俺の言葉を聞いて駆け出そうとしたヴァイスを、静かな声が制止する。
 ぱちゃん、ぱちゃんと水溜まりを踏む、小さな靴の音が近付いてくる。
 幾分もせずに姿を見せたのは、胸元に白い花飾りを施した若草色の服を身に纏った白い髪の少女だった。
 年齢は、大雑把に見て十歳くらいか。大きな瞳は淡い紫色をしており、不思議な色合いの光を湛えている。頭にアイビーっぽい形の葉っぱを編んで作った大きな髪飾りのようなものを着けており、そこに指先を触れながら、彼女は言う。
「あいつらは狡猾なんだ。今まで、なかなか尻尾を掴ませてくれなかった……でも、その捜索劇も今日で終わる。君たちのお陰でね」
「……何だ、あんた」
 腕を組んで少女を見下ろすリュウガ。
 彼女は彼の方にちらりと目を向けると、にこりともせずに、見かけによらず大人びた口調で答えたのだった。
「ボクはアヴネラ。旅の弓術士さ。今はちょっと訳があってあの死霊たちを追っている。……君たちも、あいつらを追うつもりなんだろう? どうだい、ここはひとつ手を組んで、一緒にあいつらを一網打尽にしようじゃないか」
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