三十路の魔法使い

高柳神羅

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第61話 おっさん、憤る

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 この土地では、ここ最近になってアンデッドによる誘拐事件が度々起こるようになったという。
 現れるのは骨だったり腐乱死体だったり時によって様々だが、徒党を組んで現れるのと、見た目に反して生身の人間に匹敵する身体能力を持っている点は同じなのだそうだ。
 俺たちがねぐらにしようとしていたこの洞穴がある森のすぐ傍に小さな村があるのだが、普段はそこに現れて、目に付いた人間を老若男女問わず攫っていくらしい。
 無論その村でもただ黙って襲撃されているばかりではなく、最初は教会に勤めている神官の爺さんが浄化魔法を使って懸命にアンデッドたちを追い払おうと頑張ったり火魔法が使える村人が応戦していたそうなのだが、どういうわけかアンデッドたちは昼間でも平気で動き回る上に浄化魔法が全く効果なかったため、遂に対抗しきれなくなり、今では家の扉を固く閉ざして閉じ篭り、襲撃を黙ってやり過ごすようになってしまったという。
 アヴネラはたまたま旅の途中にその村に立ち寄っただけのいわゆる通りすがりだったのだが、その際に運悪くアンデッドの襲撃に巻き込まれてしまったため、現在はそのアンデッドたちの棲み処を探し出すためにその村に滞在しているのだという。
「本音を言ったら、あまり他人とは関わりたくないんだけどね……あいつら、どういうつもりなのかボクの弓にまで手を出したんだ。あれは大事な家宝だから放っておけなくなっちゃってさ。仕方なく、村に協力してるってわけさ」
 そういえば、彼女は自分のことを弓術士と言っていたが、それを証明するための肝心の武器が彼女の手元にはない。
 何でも、アンデッドの襲撃を食らった際にアンデッドたちにその弓を奪われてしまったらしい。その時は幸い誘拐の犠牲者は出なかったのだが、その代わりとして武器を取られてしまった彼女からしてみたら、それはたまったものではない話だった。
 アンデッドが、人から武器を奪う……そんなことって、あるのか?
 俺は隣でホットケーキを食べながら話を聞いているリュウガに訊いてみた。
「アンデッドって、武器を集める趣味なんかあるのか?」
「知らねぇ」
 むぐむぐとホットケーキを詰め込んで頬を膨らませたリュウガが素っ気なく答える。
 何でこいつはホットケーキ食ってるんだって? 動いて腹減ったって言うから、追加で焼いてやったんだよ。
 流石に俺は何かを食べる気にはなれない。フォルテの身の安全が心配で、とてもそれどころではないのだ。
「ま、わざわざ傍の人間スルーして持ってったくらいだから、何かあるんだろ。そんなの、連中をとっ捕まえてみりゃ分かることなんじゃねぇか?」
「そこの剣術士君の言う通りだね。何でボクの弓が取られたのかはどうでもいいよ。問題は取られた弓が無事なのかどうか、そっちさ」
 リュウガの言葉にあっさりと頷くアヴネラ。
 ……今までに誘拐された人たちの存在はスルーなのか。
 他人と関わることをあまり好んでいないと言うだけあって随分と冷めた子だなとは感じてたけど、何と言うかドライすぎる気がする。
「ボクは村にあいつらが来る度に帰っていくところを尾行してたんだけど、ボクの気配に気付いていたのか、いつも途中で撒かれてしまってね。何とかこの森の何処かにあいつらがねぐらにしてる場所があるらしいってことだけは突き止めたんだけど、その正確な場所が分からなくて今まで足踏み状態だった。……でも、今日君たちが襲われてくれたお陰で、ようやくその場所を見つけることができたんだ」
「……あんた、ひょっとして最初からずっと見てたのか。俺たちが襲われて、フォルテが誘拐されるところを」
「うん、そうだよ」
 何も悪びれた様子もなくあっさりと首を縦に振るアヴネラの態度に、俺は頭の中で何かが切れたのを感じ取った。
 俺は思わずその場に立ち上がり、怒鳴っていた。
「下手をしたらフォルテは殺されるんだぞ! それをあんたは何とも思わないのか! 平気で人を餌にするような真似をしやがって、そ……」
「おっさん。落ち着け。此処でこいつを怒鳴ったところで何も変わりゃしねぇんだから」
 ふーふーと息を荒げる俺を、リュウガが服を引っ張って宥める。
 俺はまだ微妙に納得していないながらも、確かにリュウガの言うことも一理あると思い、とりあえず大人しくその場に座り直した。
「……手を組もうってあんたは言ってたよな。それはもちろん、フォルテや今までに誘拐された人を助け出すことにも協力してもらえるってことなんだよな」
「ボクとしてはそっちは正直どうでもいいんだけどね。まあ、手を組むってのはそういうものだからね。手を組んでる間は、そっちにも力を貸すよ」
「……それならいい。約束した以上は、しっかり働いてもらうからな」
 言い方が気に入らなかったが、此処で小さなことで言い争いをしていても状況は先に進まない。細かいことは横に受け流すことにした。
 アヴネラは洞穴の外に目を向けながら、言った。
「多分日が暮れる頃に、雨はやむと思う。そうしたら行動を開始するよ。それまでは此処で待機だね」
 日が暮れる頃……後二、三時間ってところか。
 アヴネラはそれまで休んでるよと言って、その場にころんと横になった。
 ざあざあと激しい雨音を洞穴に反響させる、外の雨。それを見つめながら、俺は思ったのだった。
 フォルテ、絶対に助けてやるから、どうか無事でいてくれよ、と。

 使い終わったフライパンを洗って乾いた布で拭いていると、幾度となく聞いたことのあるあの声が俺に呼びかけてきた。
『ふんふふーん、遂に明日ねぇ。約束してた献上の日は。おっさん君、ちゃんと覚えてるでしょうねぇ?』
 随分と上機嫌な様子だが、今の俺にはその浮かれた声音が地味に鬱陶しかった。
 俺は拭き終わったフライパンをボトムレスの袋に片付けて、アルカディアの言葉を横に受け流した。
『今はそれどころじゃない。話しかけてくるな』
『……ちょっとっ、何なのそのぞんざいなあしらい方は! 私は神なのよ、偉いのよ! それをこんな風に扱うなんて、天罰食らわせるわよっ!』
『いいぞ、やるならやっても。二度とビールが手に入らなくなっても構わないんならな』
 俺がそう言うと、アルカディアは明らかに動揺した様子を見せた。
『うぐっ……や、やぁね、ちょっと勢いで言っちゃっただけじゃないの。そんなことするわけないじゃない。だから、ビールを献上しないなんて意地悪言わないで……ねぇ?』
 今までこれ以上にないくらい上から目線だったのが、嘘のように下手だ。
 成程、こいつはこうやってコントロールすればいいのか……役に立つ豆知識をひとつ覚えた俺は、ほんの少しだけ気分が晴れたような気がした。
 なおも俺の機嫌を取ろうとあれこれ言葉を掛けてくるアルカディアの横から割り入るように、ソルレオンの声が聞こえてくる。
『よう、異世界人。オレが授けたマナ・アルケミーはちゃんと使いこなせてるか? ……何だ、どうしたアルカディア、そんな変な動物みたいな顔して』
『ああん、ちょっと聞いてよソルレオン! このおっさん君ったら酷いのよ! 事もあろうに私にビールを献上しないなんて言い出して! 私、もうビールがないと生きていけない体になっちゃったのに! 酷いわぁ!』
『ああもう、いい歳して泣くな。みっともない』
 とりあえず離れろ、とソルレオンが言うのが聞こえた。おそらく自分に抱き付くとかしてきたアルカディアを無理矢理離させたのだろう。
 彼は溜め息をひとつついて、で? と俺に言葉を向けてきた。
『その様子だと、何かあったって感じだな。相談くらいになら特別に乗ってやるぞ? お前には世話になってるからな』
 相談……か。神である彼らなら、浄化魔法が効かないあのアンデッドの正体が何なのかを知っているかもしれない。
 俺は、俺たちを襲ってきたアンデッドのことと、そいつらにフォルテが誘拐されてしまったことを話した。
 一応、俺にとってはどうでもいいことではあるが、そのフォルテが二人に献上しているビールを日本から召喚できる唯一の召喚士であることも説明した。
 俺の話を聞き終えたソルレオンは、ふうむと神妙に唸った。
『浄化魔法が効かない死霊、なぁ。……稀なケースではあるが、考えられる可能性としては二つあるな』
 ソルレオンは俺にも理解しやすい言葉を選んで説明してくれた。
『ひとつは、その死霊が浄化魔法に対抗できるだけの高い防御能力を持っている場合。生きていた頃に高度な魔法を使えるだけの能力があった生き物が死霊化した場合に起きることがあるんだが、浄化魔法を防御できる結界を張れる能力を備えているとか、そういう特殊な力を持って誕生することがあるんだよ。この場合はその死霊自体に浄化魔法が効かないってわけじゃないから、その防御能力を貫通するくらいの威力の浄化魔法を当ててやればいい』
 防御を貫くほどの魔法か……でもあいつら、ホーリーランスを食らっても顔色ひとつ変えてなかったんだよな。
 ホーリーランスは浄化魔法の中でもかなりの威力を持つ部類に入る魔法だ。あれ以上の威力を持つ浄化魔法となると、使える魔法がかなり限られてくることになる。
『もうひとつは、そいつが死霊に見えて実は全然別物だった場合だ。そもそも死霊ってのは穢れを吸って不浄化した魔素が生き物の死骸に入り込んで生まれるものなんだが……魔素ってのは分かるか?』
『……一応は、分かる。空気中に含まれてる魔力みたいなもののことだろ』
『まあ、そういうもんだな。死霊は不浄化した魔素が動かしている死体のことを指すんだが、どうも、それ以外にも死体を動かす方法ってのがあるらしくてな……浄化魔法ってのは死体に宿った不浄化した魔素を浄化するための魔法だから、魔素で動いていない死体には効果がないんだよ。まあ、元々ないものを浄化するなんて無理な話なんだから、当たり前と言えば当たり前だよな』
 そういうものなのか、浄化魔法って。
 この知識をレポートに纏めてアインソフ魔道目録殿に持って行ったら、高値で売れるんじゃないか? ちょっとだけそんなことを思った。
『この場合は、死体を動かしてる方法を突き止めてその動力源を潰すしか動きを止める方法はないな』
 要は、機械を壊すようなものだってことだな。機械も動力源を止めたらあっさり動きが止まるしな。
 何を使ってどうやって死体を動かしているのかは分からないが、浄化魔法一撃で仕留められる普通のアンデッドと違って、こっちのパターンだった場合対処するのに苦労することになりそうだ。
『ま、お前にはアルカディアが授けた魔力と魔法の知識があるし、オレが授けたマナ・アルケミーもある。大した問題じゃないだろ』
『何言ってるのよソルレオン! 問題大有りよ!』
 心配するな、とのんびり言うソルレオンの横で、アルカディアが素っ頓狂な声を上げた。
『ビールを召喚できる召喚士の子が攫われたんですって!? もしもおっさん君がその子を助けられなくてその子が殺されるようなことになったら、私たちは二度とビールを手に入れることができなくなるのよ! 悠長なことをしてる場合じゃないわっ! 私たちも、その子の救出に力を貸してあげないと!』
『力を貸すって……オレたち神は下界で何が起ころうがその事象に直接関与するなって神界の掟で決められてるだろうが。それを破ってみろ、大主神様に知られたら説教されるどころじゃ済まないぞ? 流石に大主神様に叱られるのは御免だぞ、オレは』
 アルカディアの主張にやや呆れた様子のソルレオン。
 神にも色々と掟があるようだ。
 魔帝がこれだけこの世界を蹂躙しているのに神々がそれに関して何も言ってこないのも、その掟があるからか。
 そうだよな。そんな掟がなかったら、わざわざ召喚勇者に事の解決を丸投げにしないでさっさと自分たちで対処してるはずだもんな。
『それくらい分かってるわよ。要は、私たちが直接力を貸さなければいいのよ』
 アルカディアはやけに自信満々にそう言うと、意味深に含み笑いを漏らした。
 ……この女神の考えることは大抵ろくでもないことだからな。一体何を企んでるんだ。
『私にいい考えがあるわ。おっさん君、少しの間だけそこで待っててちょうだい』
 そう言い残し、アルカディアは何処かへと去っていく。彼女の足音が、静寂に溶けるようにして消えていった。
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