三十路の魔法使い

高柳神羅

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第111話 人と森人が歩み寄る時

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「魔道士部隊、砲撃開始! 一匹たりとも国内に入れるな! 撃てぇっ!」
『はいっ!』
 ぼばばばばばばん!
 号令と共に撃ち出された数多の魔法が、国に侵入しようとしている小蜘蛛たちを容赦なく吹き飛ばしていく。
 辺りの地面ごと凍らされ、見えない刃で切り刻まれ、荒れ狂う雷に焼かれ、死骸の山を築き上げていった。
 国内から次々と飛び出してくる、杖や弓を手にした大勢のエルフたち。その誰もが同じ服を身に着けて、頭に帽子を被っている。
 あれは……守護兵たち?
 守護兵たちには国内に侵入した蜘蛛を駆除するように伝えてくれとドライアドには言伝したのだが、ドライアドは俺の言葉を正確には女王に伝えなかったのか?
 全兵力の何割かをこちらに向かわせたのだと仮定しても、この数は少し多すぎる気がする。国の規模を考えたら、これほどの兵力を国が保有しているとはとても思えないのだ。
 俺が守護兵たちの多さに面食らっていると、巨大蜘蛛と力比べをしていたウルヴェイルが言った。
「貴様が姫様を使ってドライアドに命令したそうだな。貴様が姫様と蜘蛛共の主を抑えている間に、我々に国内の蜘蛛共を殲滅しろと女王様に命じさせろと。ドライアドから聞いたぞ。……姫様を危険に晒し、本来ならば姫様を守らせるべき重要な戦力まで国の防衛に回すとは、何を考えている。人間の考えというものは、本当に我々には理解できん代物だ」
 ばぎゃん!
 剣を持つ手に捻りを加え、全身の力を使って巨大蜘蛛の鉤爪を打ち払う彼女。
 巨大蜘蛛はギチギチと牙を鳴らしながら、それでもウルヴェイルがその辺の守護兵たちとは格が違う存在であることを本能で察したのか、すぐには次の攻撃を加えずに彼女の様子を伺っている。
「……貴様の仲間の、黒き騎士が我々守護兵団を残らず此処へと向かわせた。国内の蜘蛛は全て自分が片付けるから貴様と姫様を助けろと、生意気にもそう命令してきたのだ」
 黒き騎士……とは、おそらくシキのことだろう。あいつ、そんなことを言ったのか。
 あいつは少々自信過剰で楽天的なところがあるが、まさかそれをこの状況下で発揮してくるとは思いもしなかった。
「我々守護兵団としては、貴様のことなどどうでも良いが、姫様と国を危険に晒す存在を排除する義務がある。……そのためには、不本意ではあるが貴様の力も必要だ。姫様と国を守るために、この場でこの蜘蛛共と主を討滅する。そのための力を我々に貸せ」
 ──俺に原初の魔石を手に入れるために力を貸してくれと頭を下げてきたあの時のアヴネラの姿を思い出す。
 それと、同じだ。ウルヴェイルは、本気で国とアヴネラを守りたい一心で、忌避すべき対象である俺たち人間の力を借りようとしているのだ。
 ……俺には、彼女の申し出を断る理由はない。
 俺はにやりとして、目の前の巨大蜘蛛に向かって構えを取りながら、言った。
「……信用した瞬間に後ろからばっさり、なんてことはしないよな?」
「戦力として期待ができないと判断した時は遠慮なく囮にして見捨ててやる。それは覚悟しておけ」
「くく、上等だよ。それなら本気でやらないわけにはいかんよな。証明してやるよ、俺たち人間が、エルフの味方だってことをな!」
 俺は叫んで巨大蜘蛛めがけて渾身の魔法を放った!
「アルテマ!」
 翳した掌から生まれた青白い光が、巨大蜘蛛の頭の上に座っているジークオウルめがけて飛んでいく。
 この巨大蜘蛛、さっき俺が放った手加減抜きのアルテマをまともに頭に食らっている。にも拘らず傷が全くないということは、かなり頑丈な体をしているということに他ならない。
 俺が扱える魔法の中に、アルテマ以上の火力を出せる魔法は存在していない。アルテマが通用しないということは、俺の魔法でこの巨大蜘蛛を仕留めるのはほぼ不可能であるということだ。
 だが、巨大蜘蛛を操っているジークオウルなら?
 ジークオウルは、強力な魔法を操り普通では考えられないような能力を持ってはいるが、体自体は普通の人間である。アルテマを食らえば、一撃で行動不能とまではいかずとも多少のダメージは受けるはず。
 ジークオウルさえ倒せば、巨大蜘蛛を操る奴はいなくなる。命令する存在さえいなくなればあんなのはただのでかいだけの蜘蛛だ。処理のしようは幾らでもある。
 だから、狙うなら、奴だ!
 ジークオウルは咄嗟にカードを一枚取り出すと、それで自らの掌を迷わず切りつけた。掌を濡らす血をカードにべったりと塗り付けて、そのカードを自らに迫り来る光に向かって投げ放ちながら、魔法を唱える!
「アルテマ!」
 ジークオウルが撃ったアルテマが俺の撃ったアルテマに直撃する。
 どばぁんっ!
 轟音と共に青白い光がスパークして周囲に飛び散り、二つのアルテマは跡形もなく消滅した。
 ……やはり、見た目や言動があんなでも一応ラルガの宮廷魔道士とやらを名乗るだけのことはある。アルテマも普通に唱えられるだけの力はあるか……
「……はぁ、危ないわねェ。そっか、この子に魔法が通用しないからってアタシを先に殺すつもりなのね? まぁ、その考えはあながち間違っていないけどォ」
 ふっ、と失笑の音を仮面の隙間から漏らして、ジークオウルは肩を竦める。
「でも、アタシがこの子より弱いなんてそんな馬鹿な話、あるわけないでしょォ? 前はちょっと油断してたから負けちゃったけど、今回はそうはいかないわよ? 例え君にアタシの魔法が通用しなくても、流石にこの子の攻撃まで無力化なんて、そんな芸当はできないはずよねェ? アタシはこの子に命令だけしてればいい。君たち全員、この子の餌にしてあげるわ!」
 びっ、と指先をこちらに突きつけて、奴は巨大蜘蛛へと命令を下す。
「さあ、やりなさい! 一人残らず捕まえて、頭から丸齧りにしてやるのよっ!」
 キィイイイイイッ!
 巨大蜘蛛が牙を剥き出しにして吠えた。
 そのまま体を丸めて腹に付いた突起をこちらに向けると、そこから大量の糸の束を放ってくる!
 虫の糸というものは基本的に火に弱いので、火魔法ならば簡単に迎撃することができるだろう。しかしこの手段は使えない。
 ならば、こちらに届く前に何かをぶつけて防ぐのみ。糸は物体を貫通はしないはずだから、標的の前に障害物があればそれに絡み付いてそれ以上は先に伸びないはず。
「ロックキャノン!」
 俺は飛来する糸の束めがけて魔法を放った。
 目の前に出現した直径二メートル近くの岩の塊が、糸の束に真っ向からぶつかってそれらを残らず絡め取る。糸が大量に絡まったせいで失速し、巨大蜘蛛に届く前に岩は落ちてしまったが、元々糸を防ぐために放った魔法なのでそれは別に構わない。
「サンダーストーム!」
 巨大蜘蛛からの第二撃が放たれる前に、ジークオウルを狙って魔法を放つ!
 けたたましい音を立てて荒れ狂った雷が辺りに降り注ぎ、周囲にいる小蜘蛛たちを巻き込んで巨大蜘蛛とジークオウルを絡め取る。
 雷魔法は肉体ではなく神経にダメージを与える魔法だ。物理的な破壊力がないから罠を壊したりするのには向かないが、その分生物相手には驚異的な効果を発揮するのである。
 巨大蜘蛛が幾らアルテマにすら耐える頑丈な体をしているといっても、生物である以上は神経だって普通に存在しているはず。直接体の中にショックを受けたら流石に何とも思わないはずがない。ジークオウルだってそれは同じ。
 サンダーストームは効果範囲が広いから、普通じゃまず避けられない魔法だ。あの図体のでかさじゃ雷の隙間に身を置いてかわすなんてこともできないだろう。
「キャアアアアア!」
 魔法を浴びたジークオウルが悲鳴を上げる。巨大蜘蛛の方は見た目に明確な変化こそないものの、多少は効果があったようで、動きを停止させていた。
「このっ……おっさんの、くせにぃぃぃぃ!」
 怒りの声を上げ、血が付いた方の手を俺へと向けてくる。
「アイシクルバレット!」
 ぶわっ、と俺たちの目の前に、数え切れないほどの氷の礫が現れる。
 その数は……大雑把に見ても、軽く数百を超えていた。
 無理だ、こんなの魔法じゃ撃ち落としきれない!
 一斉にこちらめがけて弾丸のように降り注ぐ氷の礫。
「アンチ・マジック!」
 迷わず俺はアンチ・マジックフィールドを展開する。
 ドーム状に発生した領域は、俺とウルヴェイルを包み込んで、飛来する氷の礫を残らず受け止めた。
 蒸発音を立てながら散っていく氷。その陰に紛れるようにして、振り下ろされる巨大蜘蛛の脚。
 ジークオウルが哄笑する。
「アッハハハ、君がその結界を出してる間は他の魔法を使えないってことくらいは分かってるのよ! そのまま叩き潰されちゃえばいいわ!」
「!」
 成程……先に俺の手を塞いで魔法を撃てなくしてから時間差で仕留める気か!
 俺の腕力では例えマナ・アルケミーで生み出した武器を持っても巨大蜘蛛の力を受け止めることはできない。
 今から領域を解いて魔法で迎撃している時間はない。走って避けるしかない!
 そう判断して俺が走り出そうとした、その時。
 それまで俺の前で剣を構えているだけだったウルヴェイルが──動いた。

「大いなる我らが母神、アルヴァンデュースよ。その御力を今こそ貴女の子に授けたまえ。迫り来る災禍を払い、森に光を齎すために!」

 彼女が手にした剣の刃が、彼女の言葉と共に眩い光を放ち出す。
 弧を描いた軌跡が、彼女の目の前を彗星の如く薙ぎ払う!
 ぞんっ!
 頭上に迫っていた巨大蜘蛛の脚が、斬り飛ばされて宙を舞う。
 あんなに魔法を浴びても、矢を受けても、びくともしなかった巨大蜘蛛の体の一部が──
 ギィイイイイイ!
 巨大蜘蛛の悲鳴が森に響き渡る。
 斬られた脚の先は、傍の木の枝に引っ掛かって大量の葉っぱを撒き散らしながら地面にぼどっと落ちた。
「……我が剣は森の神アルヴァンデュース様より賜ったもの。森の魔力を宿した刀身は、森が存在する限り決して朽ちはせん。貴様らがどれほど堅固な体を持っていようが確実にそれを裂き、滅ぼす!」
 すっと剣の切っ先をジークオウルたちへと向けて、彼女は宣言した。
「貴様らが安易に手を出した、我らが母なる森の力を知れ……愚かな侵略者共! アルヴァンデュースの名の下に、全てを斬って捨ててくれよう!」
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