三十路の魔法使い

高柳神羅

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第115話 閉ざされた門扉を開け

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 戦いを終えた守護兵たちが、国へと帰っていく。
 それを見つめながら、俺たちも戻るかと歩き出そうとした、その時。
「……貴様は一体何者だ」
 横手から、ウルヴェイルが俺のことを睨みながらそう問うてきた。
 さっきまで完全に気絶していたはずなのだが、気が付いたのか。流石は騎士をやっているだけある、見かけによらず結構頑丈なようである。
「何の対価もなしに魔法を撃ち、そればかりか魔法でもない理解を超える能力まで操る力……あんな者は、我々エルフ族の中にすらいない! ましてや人間如きがあのような力を持っているとは聞いたことがない! 貴様は本当に人間か!」
 魔法でもない能力、とはおそらくマナ・サーヴァントとデュプリケートのことだろう。俺が能力を発動させた時、それを目撃していたのか。
 ウルヴェイルは魔法を使えないとは言っていたが、魔法の知識が全くないとは言っていない。目の前で発動した力が魔法なのかそうでないかを区別する程度の知識はあるということか……
 何となく背後に違和感を感じて肩越しに振り向くと、アヴネラがウルヴェイルと似たような視線を俺へと向けている様子が目に入る。
 俺が持っている能力の正体を知りたい、という欲を秘めた眼差しが、俺をがっちりと捉えている。
 アヴネラは俺が異世界から来た召喚勇者であることは知っている。彼女が既に持っているのと同じ知識をウルヴェイルに明かすのは構わない。
 俺が対価を使わずに魔法を発動できることや魔法とは異なる能力を持っていることも……まあ、教えてもいい。と言うよりも、既に現物を見られているのに今更誤魔化したところで看破されるのは目に見えているから、最初から見破られる嘘はつかない方が身のためだという理由の方が大きい。
 だが……俺が神と頻繁に接触していることと、神たちから能力を授かっていること。これだけは、明かすわけにはいかない。
 せっかく、この国を蜘蛛の脅威から守り切ったのだ。ようやくまともに女王や他のエルフたちと対話できそうな雰囲気が出来上がりつつあるというのに、俺自身が新たな脅威となるわけにはいかないのである。
 どう言えば、二人にとって最も納得のいく答えになるか。
 必死に脳をフル回転させて考え抜いた末に、俺は開口した。
「……俺は、フォルテという仲間の召喚士に召喚されてこの世界に来た異世界の人間だ。俺が無尽蔵に魔法を使えたり魔法とは違う能力を持っているのは、俺が異世界から此処に来た時に自然に使えるようになってたもので、どうして俺にそんな能力があるのかは俺自身にも分からないんだよ。だからその辺については訊かないでもらえると有難い」

 俺は、俺が特殊な能力を持っているのは全て召喚されてこの世界に来た時に勝手に与えられていたものだったという体で話をすることにした。
 フォルテが話していた、召喚勇者には特別な能力が備わっているという伝説。あれをちょいと利用させてもらうことにしたのである。
 神に会って能力を授けられた、と言うよりは、召喚勇者とはそういう存在なんだと認識された方が当たり障りがないと思うのだ。

「俺がこの世界に呼ばれて来たのは、魔帝と戦って倒すため。今もそのために旅をしている。俺たちがこの国に来たのも、魔帝がいる場所に行くための唯一の移動手段となる方法の鍵を握っている魚人族の居場所を、エルフの女王なら知っているんじゃないかと思って訊きに来たからだ。あんたたちの森や暮らしを脅かす気なんて全然ないし、もしも俺たちが森に足を踏み入れたことで不快に思ったんならそのことは謝る。長居をする気もないし、もう二度と此処に来るなって言うんなら、目的さえ果たさせてもらえたら二度と森には近寄らないことを誓ってもいい。だから……信用してくれないか。俺たちが、あんたたちエルフの敵じゃないってことを」
「……この人は、嘘は言ってない。本当に、魔帝と戦うためにずっと遠くの場所から此処まで旅をしてきたんだよ。信じてあげて、ウルヴェイル。彼は……彼らは、ボクたちの味方なんだよ」
 俺の言葉を聞いたアヴネラが、俺の主張を後押ししてくれた。
「ボクはもう一度母上と話をする。ボクたちエルフ族とこの森を守ってくれた彼らを、今度はボクたちが助ける番なんだ。お願い、ボクと一緒に母上を説得してほしい」
「…………」
 ウルヴェイルは俺から離れて、剣が落ちている場所へと歩いていく。
 剣を拾って背中の鞘に納め、すぐ近くに落ちていたあるものを拾い上げた。
 それは──一匹の蜘蛛の死骸だった。大きさは巨大蜘蛛が操っていた小蜘蛛と同じくらいのもので、背中の中心に何かで刺されたような傷があるのが特徴である。
 そして、もうひとつ。
 乳白色の、半透明の石。大きさは掌の上に乗るほどで、群晶の一部を折ったような比較的綺麗な六角柱形をしている。
 石を目にしたアヴネラの顔色が変わった。
「それは……原初の魔石!? どうして、そんなものがこんな場所に!?」
「……先程、あの大蜘蛛の腹から何か白いものが出てきたのを見ました。おそらくそれが、この石なのでしょう。あの大蜘蛛は、元々は小さなただの蜘蛛で……それが、この石の魔力の影響を受けて巨大化し、同族を統率する能力を得た。そう考えるのが自然です」
 ウルヴェイルは蜘蛛の死骸をその辺に投げ捨てると、石を持ってアヴネラへと近付き、それを彼女へと手渡した。
 これが……原初の魔石か。ルノラッシュシティのコロシアムの景品にもなっていて、魔帝に強大な力を与えるきっかけになったともされている、魔素の結晶──
 この石があればアヴネラが持つ神樹の魔弓は元の力を取り戻し、この森を本来の姿に戻すことができるとも言われている。
 これは……とんでもない収穫なんじゃないか?
「ああ……この魔石があれば、ボクの弓も、この森も元通りに蘇る……! 母上もきっと喜んでくれる!」
「……蜘蛛共を蹴散らした上に、この石の入手にもこの男が一役買ったと女王様がお知りになられたら、少なからず何かしらのお言葉は賜れるでしょう……我々がこの男に救われたことは疑いようのない事実ですので、私からそのことは女王様に進言致しましょう。ただし」
 石を握り締めて喜ぶアヴネラに、あくまで冷静な様子でウルヴェイルは言った。
「女王様が何と仰られるかは、女王様次第です。私は進言こそしますが、それ以上の責任は持ちません。後は姫様……貴女の御力次第です」
 きっぱりとそう断言して、アヴネラからの反応も待たずに歩き出す。
 ウルヴェイルは、自分は中立の立場に立つと宣言したのだ。俺たちの味方はしないが、女王側にもつかない、あくまで状況を見守る役に徹すると、そう言ったのである。
 最初に俺たちを目の敵にしていた時と比較すると、かなり敵視が薄れたと言っていい。彼女は彼女なりに、俺たちのことを信用してくれるようになった……ということなのだろうか。
「……絶対に、母上を説得してみせる。世界を救うために、ボクたちエルフ族も協力するべきなんだって、分かってもらうんだ……!」
 決意の言葉を口にして、アヴネラは先を歩くウルヴェイルを追いかけていく。
 ここからが俺たちにとっての本勝負だ。必ず、あの女王から情報を引き出してみせる……!
 俺は気持ちを引き締め直して、二人を見失わないように背中を目で追いながら国へと引き返したのだった。

「おーい、おっさーん」
 テーゼたちの店がある通りまで戻ってくると、通りの中央で、シキがヴァイスを足下に従えてこちらに笑顔で手を振っている姿が見えた。
 ウルヴェイルの話によると、国内に入り込んだ蜘蛛はシキが一人で殲滅するようなことを宣言していたらしいが……広範囲を駆け回っていた割には随分と元気そうである。
 フォルテの姿はない。店の中だろうか?
「デカ蜘蛛、どうなった? 追っ払ったの?」
「ちゃんと仕留めたぞ。蜘蛛を操っていたジークオウルもな。もう、この国が蜘蛛に襲われることはない」
「さっすが、おっさんやるじゃん!」
 ばちんと俺の背中を叩くシキ。リュウガも大概だったが、こいつもなかなかの馬鹿力だ。前衛系の召喚勇者って、皆こんなに怪力なものなのか?
「そっちこそどうだったんだ。ウルヴェイルが言ってたぞ、あんたが守護兵たちを全員追い立てたって……一人で国内全部を回るって非常識にも程がある」
「あっはは、こんなの運動のうちにも入らないって! こいつもいたしね。なっ、ワン公」
「わう」
 シキに声を掛けられて尻尾を振りながら誇らしげに返事をするヴァイス。
 ヴァイスには傍にいる生き物の気配を察知する動物の勘的な能力がある。シキ単独では蜘蛛の隠れ場所を突き止められなくても、ヴァイスが索敵してくれたら、蜘蛛を探し出して駆除するのはそれほど難しいことではないか。
「フォルテはどうしたんだ。店の中か?」
「うん。フォルテちゃんを一緒に蜘蛛狩りに連れ回すのはフォルテちゃんの身が危ないし、何よりおっさんが嫌がるんじゃないかって思ったからさ。テーゼちゃんだっけ? あの子に頼んで店の中で匿ってもらったんだ。あの子のお姉さんがいざって時は蜘蛛を包丁で捌いてやるって言ってたし。頼もしいよねー」
 蜘蛛を包丁で捌くって……ルイーゼ、なかなか勇ましいことを言うんだな。
 本当は元守護兵だったとか、そんな経歴でもあるんじゃないか? 彼女は。
 とにかく……フォルテに危険が及ばなかったのなら、良かった。シキの心遣いには感謝である。
 とりあえず、今日のところは店からフォルテを引き取って宿へと帰ることにしよう。アヴネラがウルヴェイルと一緒に王宮の方に行ってしまったから、今は彼女がこっちに戻ってくるのを待つしかできない。
 アヴネラが戻ってきたら、これからの行動方針を話し合って決める。実際に動くのはその後からでも遅くはない。
「じゃあ、フォルテを迎えに行って宿に帰るぞ。いつまでもこんな場所にいたら住民に不審者と勘違いされそうだからな」
「はぁ、世知辛い世の中だねぇ。俺たちはこの国を守った勇者なのに、犯罪者みたいに身を隠して過ごさなきゃいけないなんてさ」
「……仕方ないだろ。今アヴネラが頑張ってくれてるところだから、いい知らせが来ることを信じて待とう。俺たちができるのは、それだけだ」
「りょーかい。だってさ、ワン公。お前も元気に外で遊べないのは辛いよなぁ。もうちょっとだけ我慢しようなっ」
「わう」
 俺たちはフォルテを迎えるために店の扉を叩いた。
 心配のあまり俺に飛びついてきたフォルテの頭を撫でてやって、一緒に中で待っていたテーゼたちに、この国が蜘蛛に襲われることはもう二度となくなったことを伝えた。
 二人からの感謝の言葉を土産に、俺たちは部屋を取ってある宿へと帰還。人目につかないようにこっそりと各々の部屋へと戻り、ゆっくりと体を休めた。
 本当は何処か適当な場所を借りてマナ・アルケミーの風呂を出したかったのだが……あれは目立つので、この国に滞在している間は入浴を諦めた。俺が毎日風呂に入れるようになるのは、まだ当分は先の話のようである。
 翌日の朝。
 起床したばかりの俺たちの元に、王宮からの使いだと名乗る正装をした女エルフが訪ねてきた。
 彼女から渡された書簡を開いて内容を確認すると、そこには。
 俺たちとの対談の席を設けたので王宮へと出向いてほしいという女王直々の言葉が直筆で綴られていた。
 アヴネラが女王を説得してくれたのか、ウルヴェイルが提言してくれたのか、それとも俺たちが騒ぎの元凶であるジークオウルを討ったことが女王の心を動かしたのか、それは分からなかったが……理由が何であれ、女王がもう一度俺たちと会って話をする気になってくれたということは物凄い進展である。
 俺たちは女王からの招待を受け、王宮へと赴いた。
 かつてウルヴェイルの案内で通された謁見の間。
 そこで、かつてのように。ただあの時と唯一違うのは、右にアヴネラを、後方にウルヴェイルを従えた形で。
 女王は玉座に腰掛けて、俺たちの訪れを静かに待っていたのだった。
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