三十路の魔法使い

高柳神羅

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第127話 魚人族の秘策

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 ゼファルトに生んでもらった風の障壁の中に入って海中へと出た俺たちは、岩や珊瑚などの障害物がない平坦な場所へとやって来た。
 場所的には先程の洞穴と虚無ホロウの密集地となっている場所の丁度中間辺りに位置しているらしい。
 辺りはとても静かだ。泳いでいる魚の影もなく、海流も穏やかで。
 これから此処が戦場になるなんて、何だか冗談を聞かされてるような気分になるな。
「……本当に、大丈夫なのかねぇ」
 鞘から抜いた刀で自らの肩をとんとんと叩きながら、シキがある方向へと目を向けている。
 彼が見つめている先には、虚無ホロウの群生地があるはずだ。
「彼女たちが大丈夫だと言ったのだ。彼女たちの方が我々よりもこの海には詳しい……信じて待つしかあるまい」
 ゼファルトは風の障壁を維持しながら、油断なく前方を見据えている。
 フォルテの腕に抱かれて暢気に欠伸をしていたヴァイスが、ぴくりと耳を動かしてシキと同じ方を向いた。
 漆黒の中に、小さな光が灯る。
 それは驚異的なスピードで、俺たちがいる方へと近付いてきた!
 ざぁああっ!
 俺たちの頭上、風の障壁が展開しているすぐ上を、発光した珊瑚を両腕で抱き抱えた侍女の一人が勢い良く通り過ぎていく。
 それと同時に、俺たちの周囲──障壁の外で待機していた四人の侍女たちが、水中であるにも拘らずはっきりとした声で叫んだ。
「来たわよ! 全員、力を海流に! 魚人族の本気を、あの悪魔たちに見せつけてやるのよ!」
『はいっ!』
 彼女たちの声と同時に、海の水が震動を始める。
 うねり、たゆたい、束ねられ、ひとつの奔流となってまるで意思を持った生き物のように動いていく。
 俺たちがいる場所を中心に、海が裂け始める。
 それは聖書の中に綴られた、海を割ったモーセの伝説のように──
 二つに割れた海の間に、光が降り注ぐ。空から注がれる太陽の光だ。
 そして、その光に炙り出されたかのように──水がなくなって剥き出しになった海底の岩盤の上に、何匹もの虚無ホロウが尻尾をばたつかせながら転がっていた。
「よし、狙い通りだ! みんな、一匹残らず片付けろ! 絶対に海の中に逃がすなよ!」
「おー、大漁じゃん。こりゃ捌き甲斐があるなぁ」
 刀を構えて舌なめずりをするシキ。
 展開していた風の障壁を解除したゼファルトが、頭に手をやって髪を数本まとめて引き抜いた。
「彼女たちが身を挺して作ってくれたチャンスだ。それを無駄にするわけにはいかない……任務は果たしてみせよう。円卓の賢者の名に懸けて」

 魚人族だけが使えるという秘術、海渡りの技法。
 それは、海流を意のままに操り、その流れに己を乗せて遠くまで泳ぐことを可能とする技なのだという。
 通常、この技法は己自身の周囲幾許かにしか効果を及ぼさない。海という大いなる自然相手には、幾ら魚の血を引く種族といえどもあまりにも無力なのだ。
 だが、同じ力を持った者が何人も集まって、その力をひとつに束ねたら──?
 その答えが、これだ。
 四人の侍女たちの力が辺りの海流を操り、この場から退けさせ、結果として海を二つに割ったのである。
 突如として出現した海の谷間に、そこを泳いでいた存在はひとたまりもない。
 身動きが取れぬまま、水の引いた海底へと落ちる結果となった。
 水の引いた場所であれば、俺たちは自由に力を振るうことができる。幾ら巨大であるとはいえ、ただその場で跳ねるだけの虚無ホロウを仕留めることなど容易い。
 唯一の問題は、この海割り状態はそう長くは続かないということ。
 四人がかりとはいえ、これだけ大量の海水を操って海を割るなどという所業を為すのは見た目以上に大変らしく、どんなに頑張ったとしてもこの状態を保つのは五分が限界だということだった。
 だが、俺たちにとっては五分もあれば十分である。
 俺たちは協力して虚無ホロウの核を砕いていき、海が再び閉じ始めた時、その場に転がっていた最後の一匹を仕留めたのだった。

「海流を操って海を割る……凄いじゃないか。あんなこと、魔法でもできやしないぞ」
 割れていた海が元通りに閉じて、仕留めた虚無ホロウたちはばらばらの岩となって流されていった。
 侍女たちは隠れ家に残してきたナナルリのことが心配だからと、一人を残して残りは早々に帰っていった。
 確かに、ナナルリは身動きが殆ど取れない妊婦だからな……あの洞穴はそう簡単には発見されないと思うが、ゼファルトが珊瑚の並びから違和感に気付いたように、魔帝の下僕がやって来て洞穴の存在に気付かないとも言い切れない。一刻も早く彼女の傍に戻りたいと言い出す皆の気持ちはよく分かる。
 此処に残ったのは、最初に「考えがある」と俺たちに海割り作戦を提案した侍女だ。俺たちをナナルリが待つ洞穴まで案内するために、彼女だけはこの場に留まったのである。
「私たちは、武力を持ちません。あの悪魔を相手には、逃げる以外に術はありませんでした……ですが、先に殺されていった同胞たちのために、何としても一矢報いたかったのです。ありがとうございます……私たちに力を貸して下さって。これで、同胞たちの魂も浮かばれて安らかに眠ることができるでしょう」
「破壊の力を持たずとも、目の前の脅威に立ち向かおうとする勇気さえ胸にあれば、戦うことはできる。現に、君たちは立派に戦い抜いた。君たちが力を貸してくれたからこそ、我々も戦うことができたのだ……礼を言うのは我々の方だ。感謝する」
 ありがとう、と頭を下げるゼファルト。
 侍女は嬉しそうにはにかんだ。
「……これで、ダンジョンの前にたむろってたっていう虚無ホロウはいなくなったんだよな? やっとダンジョンに入れる。あんたたちも、ようやく安心して外で暮らせるな」
 何と、先程囮になって虚無ホロウを釣っていた侍女は、群れの中央を派手に突っ切った上に虚無(ホロウ)を挑発してその場にいた奴全部が自分に襲いかかるように仕向けたらしい。
 一歩間違えれば追いつかれて殺されるっていうのに、大した心臓の持ち主である。
 とにかくそのお陰で、ダンジョンの前にいたという虚無ホロウは全て駆除され、いなくなった。ひょっとしたらこの広い海の何処かに一匹くらいは残っているのかもしれないが……とりあえず、これで魚人領には平和が戻ったのだ。
「さて、戻るか。ナナルリも心配してるだろうし。あまり不安にさせたりすると胎教に良くないって言うしな」
「ああ、そうだな」
 俺たちは、ゼファルトの生む風の障壁に守られながら侍女の案内でナナルリが待つ洞穴へと引き返していく。
 前方にうっすらと水晶珊瑚の光が見えてきた。その時だった。

「……大変です! 皆様、早くお戻り下さい!」

 障壁を突き破らんばかりの勢いで、先程先に戻っていったはずの侍女の一人が俺たちの前に突っ込んできた。
 彼女はやけに切羽詰まった様子で、己の後方──水晶珊瑚の方を指差しながら、言った。
「姫様が……姫様が!」

 慌ててナナルリの待つ洞穴に戻った俺たち。
 部屋に駆け込んで、そこにあるものを見て……目を丸くした。
 部屋の奥の方に仰向けの格好で横たわったナナルリ。全身で息をしており、表情は苦痛に歪んでいる。
 力なく開かれた両足の間。そこから──大量の透明な液体が溢れ出て、辺りを水浸しにしていた。
 まさか、身動きが取れないせいで我慢しきれなくて粗相した?
「姫様、しっかり!」
「な、何だこの水。漏らしたのか?」
「そんなわけがありますか! 変なことを言わないで下さい!」
 正直に思ったことを口にしたら、侍女たちに睨まれてしまった。
 ナナルリは俺たちの方を見ると、ぐっと息を飲み込んで、震えた声で言った。

「……産まれる……!」
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