三十路の魔法使い

高柳神羅

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第145話 おっさん、我儘猫神を拾う

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 胡坐をかいた俺の膝の上で仰向けに寝転がったアルカディアが、俺に腹を撫でられてごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
 最初は背中の方を撫でてやっていたのだが、アルカディアが「腹も撫でろ」と要求してきたためにこんな状況になっているのだ。
 猫って、いや猫に限らず動物って普通は腹を触られるのは嫌がるものなんだけどな。元々は猫じゃないから気にしないってか?
 それに、アルカディアって女だろ? 幾ら猫の姿をしているとはいえ、女の腹や胸を直接触れっていうのは……
 ……ま、まあ俺からやったことじゃないんだ。アルカディアがやれって言ってきたんだからセクハラにはならないはずだ。気にしないようにしよう。うん。
「ふにゃぁ……おっさん君、見かけによらず結構マッサージ上手いじゃニャい。ニャんだか眠くニャってきちゃったわ」
 くわぁ、とだらしなく大口を開けて欠伸をしながらアルカディアがそんなことを言う。
 寝るのは勝手だが、今それをされるのは困る。せめて何でこいつが猫の姿でこんな場所にいるのか、その辺りの事情を聞き出すまでは寝かせるわけにはいかない。
 俺は撫でる手を止めて、アルカディアの首根っこを掴んで持ち上げた。
「ちょ、ちょっとっ、いきニャりニャにするのよっ!」
 宙ぶらりんの格好になったアルカディアが四本の足をじたばたとさせている。
「あのな。こっちはいきなりあんたが出てきたから状況が理解できてないんだよ。寛ぐ前にまずはそこから説明してくれよ。何で神のあんたが下界にいるんだ? しかも、そんな猫の格好して」
 俺は自分の目の前にアルカディアを下ろしてやった。
 アルカディアは俺に撫でられるのをいきなりやめられたことに不満そうだったが、一応俺の言うことが正論だということくらいは分かってくれたのか、姿勢を正してその場に座り(猫座りだが)、語り始めた。
「そうね……これからおっさん君の世話にニャるんだもの、説明くらいはすべきよね。べ、別に忘れてたわけじゃニャいんだからね! 誤解しニャいでよね!」
 上から目線なのは猫になっても相変わらずだが……まあ、その辺りは今更なことだしスルーすることにしよう。

 事の発端は、今日の夕方頃のこと。
 アルカディアは、今日が約束の献上日だということで、普段のように夜に俺とコンタクトを取るために神界で色々と準備をしていたらしい。
 神界には水鏡の間という下界の様子を見ることができる場所というものがあるのだが(以前アルカディアが俺の様子を観察していると言ってた時にちらっと名前を聞いた場所だな)、そこで約束の時間になるまで酒盛りをして時間を潰していたという。
 約束の時間が近付いて、ソルレオンを初めとする他の仲間の神たちも続々と水鏡の間に集まってきた。
 その時に──大主神までもがその場に姿を現したらしい。
 自分たちが俺と関わりを持っていることを大主神だけには絶対に知られてはならないとひた隠しにしていたのが、遂にバレたのだ。
 大主神はアルカディアたちに対してたんまりと説教した上に、それぞれに対して個別に罰を与えたのだという。
 ソルレオンとシュナウスは自分の神殿で謹慎することを命じられ。
 スーウールは本殿と呼ばれる大主神の住居でもある神界の中心に存在する建物内に存在する牢獄に投獄され。
 そしてアルカディアは、これまでにやらかしてきた数々の行いから神として相応しくないと大主神に判断を下され、神界永久追放処分──平たく言うと堕天、処刑されて神としての資格を剥奪されて下界の普通の生き物として転生することを命じられたのだという。
 処刑の日が来るまで牢に投獄されることになったアルカディアだが、もちろんこの女神が大人しく自分が処刑されるのを待つはずもなく。
 大主神の目を盗んで脱獄し、更に神器保管庫に侵入してあるものを盗み出し、それを持って下界へと逃げてきたというのだ。
「前も魔法剣みたいなものを盗んでたよな……あんた。今回は一体何を持ち出したんだよ」
「それはね……これよ」
 言ってアルカディアは右の前足(もう面倒臭いから前足は手と呼ぶか)をこちらへと翳して見せてきた。
 ピンク色のふっくらとした肉球がある。その中心に、何やら薔薇の花に似た形をした青い紋章のようなものが描かれているのが見える。
「『スキンチェンジャー・リング』。装着した者の姿のみニャらず気配や魂の形すらも別の存在に変えることができる指輪よ。これで変身している間は、例え鑑定眼の能力を持ってしても本当の正体を見破ることはできニャくニャるの。私が指輪を外して変身を解かニャい限り、大主神様だって私が此処にいるってことを知ることニャんかできニャいわ。誰にもバレずに下界に下りるには、こうするしかニャかったのよ」
 ……普通の変身と何が違うのかがいまいち分からなかったが……要はアルカディアがこうして猫の姿をしている限り、神界からの追手が来ることがないということだけは理解した。
 人間も自分の命が懸かるととんでもない行動に出ることは多々あるが、神も自分が殺されるとなるとなりふり構わなくなるんだな。ひょっとしたらアルカディアだからこういう行動に出ただけで、他の神はこういうことをしないのかもしれないが。
「この姿であニャたを探すのは苦労したのよ? 変身中は制約が掛かって魔法も能力も使えニャくニャるし、体が小さいから移動するのにも人の姿の倍は時間がかかるんだもの。それでも水鏡の間で得た最後の情報を頼りに、ニャんとか此処まで来ることができたわ。私だってやる時はやるのよ。偉いでしょう? 褒めてもいいのよ? 褒めニャさい」
 魔法も神の能力も使えないって……それってつまり今のこいつは、言葉が喋れるだけのただの猫ってことか?
 こっちはこれから魔帝と戦いに行くっていうのに……何もできない足手まといが増えたって単に迷惑なだけなんだが。
 か弱いヒロインポジションはフォルテ一人で十分だ。
 一緒に魔帝と戦ってくれるならともかく、ただ飯と酒をたかりに来ただけなら旅の同行はお断りである。飯を提供するのは百歩譲って良しとしても、魔帝からこいつを無傷で守りきる自信なんて俺にはない。
 どうにかして帰ってもらいたいところだが、神界に戻っても処刑される運命しか待ってない身の上だから、此処で俺が何を言ったところで聞き入れてはくれないだろうな……
 仕方ない。朝になったら皆に事情を説明しよう。こいつが神だってことを知られたら自動的に俺が神と繋がりを持ってる人間だったことも発覚することになるが、この際だからもう腹を括ろう。一応不用意に人に話さないでくれと釘を刺しておけば、フォルテたちなら秘密を守ってくれるだろう、と思う。皆のことを信じよう。
「……俺のことを見てたんなら、此処が何処なのかもこれから俺たちが何をしようとしてるのかも分かってるとは思うが、一緒に付いて来る気ならその辺のこともちゃんと覚悟しておけよ。本音を言ったら俺はあんたを連れて行きたくないんだから。流石にこれ以上目の前で知ってる奴が死ぬのを見るのは嫌だからな……」
「ちゃんと分かってるわよ、それくらい。私だってこれからの旅が快適にニャるように貢献するわよ」
「……その姿じゃ魔法も神の能力も使えないってあんた言ってたじゃないか……何をどういう風に貢献する気だよ」
「例えば、旅の疲れが少しでも癒せるように私のことを抱っこさせてあげるわ。それだけじゃニャくて、肉球を揉むことも特別に許可してあげるわよ? どう? 神が自ら身を張ってあニャたたちにサービスしてあげようっていうのよ、有難いと思うのよ?」
「……やっぱり此処に置いてっていいか? あんたのこと」

 そんな感じで、アルカディアが俺たちの旅に同行することになった。
 皆にはアルカディアが神だということを説明して、何とか皆から彼女を一緒に連れて行く許可を取った。
 アルカディアはフォルテに預けて、行動する時はなるべく一緒にいてくれとお願いした。
 守るべき存在は固まっていてくれた方が、こっちとしてもガードをしやすくなるからな。
 アルカディアは何も能力が使えない上に食事の度にビールまで要求してくる面倒この上ない我儘猫ではあったが、それでも多少は自分の面倒を見てくれる俺に対して感謝の気持ちがあるのか、最近の魔族領の状況に関する話だったり、俺たちが知りたいと思ったことなんかを、彼女が知りうる限りのことではあったが教えてくれた。
 神から聞ける話は、ゼファルトやアヴネラにとっては深く興味をそそられる内容のものばかりのようで。特にこの二人は色々なことをアルカディアに質問していたようだ。
 アルカディアから教えてもらった情報を元に、移動しやすい安全なルートを選んで目的地への歩を進め。
 そうして──俺たちが魔族領に足を踏み入れて、十日が過ぎ。

 遂に俺たちは、旅の最終目的地である魔帝の居場所、ラルガと呼ばれる土地の中心部に存在していた奴の居城へと、到着したのだった。
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