5 / 74
第5話 おもてなしは全ての方に平等に
しおりを挟む
「こちらがカワイ様に泊まって頂くお部屋です」
部屋の中にミカを招き入れて、アレクは言った。
綺麗に整えられたふかふかのベッド。お茶と茶菓子が用意されたアンティーク調のテーブルと椅子。壁に掛けられた小さな鳩時計。小さな木製のクローゼットは扉が開いており、中に部屋着用のネグリジェがハンガーで吊るされ畳まれたタオルが置かれている。
宿泊部屋はどの部屋もこんな感じの構造だ。部屋の奥の窓は填め殺しだが、眺めの良い景色を見ることができる。
何もない場所にある旅館ではあるが……この世界に来た者たちにとっては良い気分転換になるだろう。
それらを一瞥し、ミカはぽつりと呟いた。
「……どうして、私なんかにそんなに優しくしてくれるの」
「どうして、って……」
アレクは言葉に詰まった。
それが仕事だから、という言葉を出てくる寸でのところで飲み込んだようだ。
仕事だから優しくしてくれている、ということを知ったらミカが傷付くと思ったのだろう。
少し考えた後、彼は微笑みを浮かべて彼女に言った。
「貴女に今必要なのは、その心の傷を癒すことなのです。そのために尽力するのが僕の役割だと思っていますから」
「…………」
アレクの言葉がミカの心に届いたかどうかは定かではないが──
ミカはアレクの横を通り過ぎ、ベッドにぽすんと身を投げた。
「……柔らかい」
「当館のスタッフが真心を込めてお手入れしていますから」
アレクはほっと息を吐いた。
ミカがまた死にたいと言い出すのではないかと思っていたらしい。
「お食事は七時、十二時、十八時に一階の大広間にて御用意しております。浴場は二十四時間常に開放しておりますので、お好きな時に御利用下さい。タオルや着替えはクローゼットの中に用意してあります。何か困ったことがありましたら、フロントの方にお声掛け下さい」
客人を案内する時にいつも言っている説明を口にして、アレクは深々と頭を下げた。
頭がぼろっと首から取れる。それをいつものようにキャッチして、元の位置に戻す。
彼が頭を直したとほぼ同時に、ミカは顔を上げてアレクに問いかけた。
「御飯、食べていいの? 私、正式なお客さんじゃないんでしょ」
「もちろんですよ」
アレクは笑いかけた。
「全ての方に最高のおもてなしを。その心で、僕たちは此処に勤めておりますので」
「……そう」
ミカはベッドにきちんと座り直して、アレクの顔をじっと見上げた。
そして、注目していなければ分からない程度の微笑みを浮かべて、言った。
「御飯、ちゃんと食べに行くから」
「お待ちしております」
「──ああ、此処か。お待たせしたね」
二人が視線を交わしていると、廊下の方から小さな救急箱を持った白衣の男が入ってきた。
ゆったりと束ねた長い金髪を肩に掛け、切れ長の金の瞳が宝石のような輝きを纏っている美丈夫だ。アレクもそこそこ美形ではあるのだが、それとは比べ物にならないほどの美しさである。
彼は、シャルドフ・ルベンチュール。旅館に常駐する医師だ。
因みに彼は人間ではなくヴァンパイアなのだが、彼は昼間でも普通に活動するし、銀製品も平気だしにんにくもけろっとした顔をして食べる。彼を見ているとヴァンパイアの常識って何だろうと首を傾げたくなるよ。
「美しいお嬢さんが怪我をしていると聞いて、気が気じゃなかったよ。そこにいるのが、件のお嬢さんだね?」
シャルドフはミカの前に来ると、胸元に手を当てて恭しく一礼をした。
「私は医師のシャルドフだ。早速だが、君が負っているという怪我を見せてくれるかね」
「……恐れなくて良いですよ。彼は僕が呼んだんです」
アレクはシャルドフに立ち位置を譲って、ミカの隣に立ち、彼女の手首に目を向けた。
ミカの手首に刻まれている傷は、血の流れは既に止まってはいるが、結構深いこともあって痛々しく見える。
シャルドフは床に救急箱を置いて、ミカの手を取った。
そこにある傷を見て、ほう、と息を吐き、悩ましげにかぶりを振る。
「何と凄惨な……ああ、この傷を負った時に君が受けた苦しみが目に浮かぶようだよ」
遠い目をして、語り始める。
「あれは、そう……三十日は前のことだった。あの時に出会った若者も、全身の骨が折れて内臓が腹から溢れているという痛々しい有様だった。私は必死になって彼を治療したが、その後彼は無事に世界を渡ることができたのだろうか……」
「シャルドフ」
アレクが自分の世界に浸り始めたシャルドフをぴしゃりと嗜める。
シャルドフは仕事熱心ではあるが、すぐに自分の世界に入り込んでしまう癖がある。大抵の場合は傍にアレクがいるのですぐに我に返るのだが、困ったものだ。
「そろそろ夕食の時間になるから、治療は手早く済ませてほしい」
「分かっているよ。それではお嬢さん、失礼するよ」
救急箱から取り出した布と薬で優しく傷の消毒を始めるシャルドフにミカを任せて、アレクは部屋を出た。
先程彼が言った通り、じきに十八時になる。大広間に用意する夕食の準備が滞りなく進んでいるかどうかを確認しに行ったのだ。
ホテルマンの仕事は客人の相手をすることだけではない。裏方の仕事をするのも大切な役割のひとつなのだ。
アレクは燕尾服の裾を引っ張って身だしなみを整えながら、廊下を早足で歩いていった。
部屋の中にミカを招き入れて、アレクは言った。
綺麗に整えられたふかふかのベッド。お茶と茶菓子が用意されたアンティーク調のテーブルと椅子。壁に掛けられた小さな鳩時計。小さな木製のクローゼットは扉が開いており、中に部屋着用のネグリジェがハンガーで吊るされ畳まれたタオルが置かれている。
宿泊部屋はどの部屋もこんな感じの構造だ。部屋の奥の窓は填め殺しだが、眺めの良い景色を見ることができる。
何もない場所にある旅館ではあるが……この世界に来た者たちにとっては良い気分転換になるだろう。
それらを一瞥し、ミカはぽつりと呟いた。
「……どうして、私なんかにそんなに優しくしてくれるの」
「どうして、って……」
アレクは言葉に詰まった。
それが仕事だから、という言葉を出てくる寸でのところで飲み込んだようだ。
仕事だから優しくしてくれている、ということを知ったらミカが傷付くと思ったのだろう。
少し考えた後、彼は微笑みを浮かべて彼女に言った。
「貴女に今必要なのは、その心の傷を癒すことなのです。そのために尽力するのが僕の役割だと思っていますから」
「…………」
アレクの言葉がミカの心に届いたかどうかは定かではないが──
ミカはアレクの横を通り過ぎ、ベッドにぽすんと身を投げた。
「……柔らかい」
「当館のスタッフが真心を込めてお手入れしていますから」
アレクはほっと息を吐いた。
ミカがまた死にたいと言い出すのではないかと思っていたらしい。
「お食事は七時、十二時、十八時に一階の大広間にて御用意しております。浴場は二十四時間常に開放しておりますので、お好きな時に御利用下さい。タオルや着替えはクローゼットの中に用意してあります。何か困ったことがありましたら、フロントの方にお声掛け下さい」
客人を案内する時にいつも言っている説明を口にして、アレクは深々と頭を下げた。
頭がぼろっと首から取れる。それをいつものようにキャッチして、元の位置に戻す。
彼が頭を直したとほぼ同時に、ミカは顔を上げてアレクに問いかけた。
「御飯、食べていいの? 私、正式なお客さんじゃないんでしょ」
「もちろんですよ」
アレクは笑いかけた。
「全ての方に最高のおもてなしを。その心で、僕たちは此処に勤めておりますので」
「……そう」
ミカはベッドにきちんと座り直して、アレクの顔をじっと見上げた。
そして、注目していなければ分からない程度の微笑みを浮かべて、言った。
「御飯、ちゃんと食べに行くから」
「お待ちしております」
「──ああ、此処か。お待たせしたね」
二人が視線を交わしていると、廊下の方から小さな救急箱を持った白衣の男が入ってきた。
ゆったりと束ねた長い金髪を肩に掛け、切れ長の金の瞳が宝石のような輝きを纏っている美丈夫だ。アレクもそこそこ美形ではあるのだが、それとは比べ物にならないほどの美しさである。
彼は、シャルドフ・ルベンチュール。旅館に常駐する医師だ。
因みに彼は人間ではなくヴァンパイアなのだが、彼は昼間でも普通に活動するし、銀製品も平気だしにんにくもけろっとした顔をして食べる。彼を見ているとヴァンパイアの常識って何だろうと首を傾げたくなるよ。
「美しいお嬢さんが怪我をしていると聞いて、気が気じゃなかったよ。そこにいるのが、件のお嬢さんだね?」
シャルドフはミカの前に来ると、胸元に手を当てて恭しく一礼をした。
「私は医師のシャルドフだ。早速だが、君が負っているという怪我を見せてくれるかね」
「……恐れなくて良いですよ。彼は僕が呼んだんです」
アレクはシャルドフに立ち位置を譲って、ミカの隣に立ち、彼女の手首に目を向けた。
ミカの手首に刻まれている傷は、血の流れは既に止まってはいるが、結構深いこともあって痛々しく見える。
シャルドフは床に救急箱を置いて、ミカの手を取った。
そこにある傷を見て、ほう、と息を吐き、悩ましげにかぶりを振る。
「何と凄惨な……ああ、この傷を負った時に君が受けた苦しみが目に浮かぶようだよ」
遠い目をして、語り始める。
「あれは、そう……三十日は前のことだった。あの時に出会った若者も、全身の骨が折れて内臓が腹から溢れているという痛々しい有様だった。私は必死になって彼を治療したが、その後彼は無事に世界を渡ることができたのだろうか……」
「シャルドフ」
アレクが自分の世界に浸り始めたシャルドフをぴしゃりと嗜める。
シャルドフは仕事熱心ではあるが、すぐに自分の世界に入り込んでしまう癖がある。大抵の場合は傍にアレクがいるのですぐに我に返るのだが、困ったものだ。
「そろそろ夕食の時間になるから、治療は手早く済ませてほしい」
「分かっているよ。それではお嬢さん、失礼するよ」
救急箱から取り出した布と薬で優しく傷の消毒を始めるシャルドフにミカを任せて、アレクは部屋を出た。
先程彼が言った通り、じきに十八時になる。大広間に用意する夕食の準備が滞りなく進んでいるかどうかを確認しに行ったのだ。
ホテルマンの仕事は客人の相手をすることだけではない。裏方の仕事をするのも大切な役割のひとつなのだ。
アレクは燕尾服の裾を引っ張って身だしなみを整えながら、廊下を早足で歩いていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!
まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。
人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい!
そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。
そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。
☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。
☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。
☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。
☆書き上げています。
その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる