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第6話 晩餐の仕度
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ごうんごうんとまるで汽車の中のような音が部屋中に響いている。
天井付近には湯気が漂っており、嗅いでいると腹の虫が鳴りそうな良い匂いがしている。
部屋の中をせかせかと動き回るのは、真っ白な料理人の制服に身を包んだ男たち。
その中でもひときわ忙しく動いているのは、誰よりも大きな帽子を被った白髪褐色肌の三十代くらいの男だった。
眼帯をした顔をあちこちに向けて、フライパンを振るいながら周囲の料理人たちに指示を出している。
そんな戦場のような場所に、アレクは臆することなく堂々と入っていった。
「アカギ」
名を呼ぶと、料理人たちに指示を出していた男が振り向かずに応えた。
「おう、アレクか」
「そろそろ時間になるけど、調理の進み具合はどうかな」
「問題ねぇよ。時間にはきっちり間に合わせる。給仕の連中にもそう伝えてくれ」
炒めている具材に調味料を振るって味を調えて、大皿にさっと盛り付ける。
それでようやく作業が一区切り付いたらしい。アカギはアレクの方に振り向くと、にかっと白い歯を見せて笑った。
「今日の料理は自信作だぜ。コレステロールを気にしてる客でも食べられるように使う油には気を遣ったし、素材も新鮮なもんを厳選して使ってる。最近の客は健康志向だからな、その要望にきっちりと応えられるようにしたつもりだ」
とても食人鬼だとは思えない台詞だ。
グールは基本的に人間の肉しか口にしない。しかしアカギは自分が料理のプロフェッショナルであるという自覚があるからなのか、自分で作った料理を人間と同様に食べて暮らしている。日々の食事の時間が、彼にとっては料理の勉強の時間になっているのだ。
それだけではない。彼は仕事をしていない時は体を鍛えて過ごしている。彼は、人一倍健康に気を遣っているのだ。
だからなのか、彼はグールにしては肌の色艶が良い。こうして見ていると普通の人間と遜色ないほどだ。
「アレクもそんな細っこい体してるんだから、飯はもっと食えよ。飯を腹一杯食うことが仕事の活力になるんだからな!」
ばん、とアレクの背中を強く叩くアカギ。
衝撃で、アレクの頭がぽろっと落ちて床に転がった。
アレクは肩を竦めて、落ちた頭に手を伸ばした。
「僕の体の成長は既に止まってるから、これ以上は太りも痩せもしないよ。極論を言うともう死んでるから、食べなくても困りもしないしね」
頭を拾って乱れた髪を手櫛で整えて、首に乗せる。
「それじゃあ、僕は大広間の方に行くよ。料理の準備の方は頼んだよ」
「おう。任せとけ」
アレクは厨房を出た。
胸のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認して、大広間に向かう。
大広間には白いテーブルクロスが掛けられた大きなテーブルが幾つも並んでおり、既に運び込まれていた料理がビュッフェスタイルで部屋の端の方に並べられていた。
料理の周囲では、何人ものメイドが綺麗に磨かれた食器を持って忙しく動き回っている。
その中にはリルディアの姿もあった。
「準備は順調か?」
「アレクちゃんも来たんだ。こっちは大丈夫よ、後はまだできてない料理待ちかな」
リルディアは冷えたミルクを入れた大きなポットを持っていた。
「あたしもお腹空いちゃった。ああ、お腹一杯になるくらいに人間の精気を吸いたいわ」
「……お客様を食い物にするんじゃない」
「分かってるわよ。いいじゃない、ちょっとくらい言ったって」
アレクの呆れ声にリルディアは肩を竦めた。
「さ、忙しくなるわよ。頑張りましょ」
「そうだね」
厨房から、完成した料理を載せたワゴンが運ばれてくる。
これで全ての料理は出揃った。後は客人たちを迎え入れるだけだ。
アレクは天井の方にちらりと目を向けて、何かを考え込むように僅かに遠い目をして、大広間の入口に移動した。
さあ、優雅な晩餐のひと時の始まりだ。
天井付近には湯気が漂っており、嗅いでいると腹の虫が鳴りそうな良い匂いがしている。
部屋の中をせかせかと動き回るのは、真っ白な料理人の制服に身を包んだ男たち。
その中でもひときわ忙しく動いているのは、誰よりも大きな帽子を被った白髪褐色肌の三十代くらいの男だった。
眼帯をした顔をあちこちに向けて、フライパンを振るいながら周囲の料理人たちに指示を出している。
そんな戦場のような場所に、アレクは臆することなく堂々と入っていった。
「アカギ」
名を呼ぶと、料理人たちに指示を出していた男が振り向かずに応えた。
「おう、アレクか」
「そろそろ時間になるけど、調理の進み具合はどうかな」
「問題ねぇよ。時間にはきっちり間に合わせる。給仕の連中にもそう伝えてくれ」
炒めている具材に調味料を振るって味を調えて、大皿にさっと盛り付ける。
それでようやく作業が一区切り付いたらしい。アカギはアレクの方に振り向くと、にかっと白い歯を見せて笑った。
「今日の料理は自信作だぜ。コレステロールを気にしてる客でも食べられるように使う油には気を遣ったし、素材も新鮮なもんを厳選して使ってる。最近の客は健康志向だからな、その要望にきっちりと応えられるようにしたつもりだ」
とても食人鬼だとは思えない台詞だ。
グールは基本的に人間の肉しか口にしない。しかしアカギは自分が料理のプロフェッショナルであるという自覚があるからなのか、自分で作った料理を人間と同様に食べて暮らしている。日々の食事の時間が、彼にとっては料理の勉強の時間になっているのだ。
それだけではない。彼は仕事をしていない時は体を鍛えて過ごしている。彼は、人一倍健康に気を遣っているのだ。
だからなのか、彼はグールにしては肌の色艶が良い。こうして見ていると普通の人間と遜色ないほどだ。
「アレクもそんな細っこい体してるんだから、飯はもっと食えよ。飯を腹一杯食うことが仕事の活力になるんだからな!」
ばん、とアレクの背中を強く叩くアカギ。
衝撃で、アレクの頭がぽろっと落ちて床に転がった。
アレクは肩を竦めて、落ちた頭に手を伸ばした。
「僕の体の成長は既に止まってるから、これ以上は太りも痩せもしないよ。極論を言うともう死んでるから、食べなくても困りもしないしね」
頭を拾って乱れた髪を手櫛で整えて、首に乗せる。
「それじゃあ、僕は大広間の方に行くよ。料理の準備の方は頼んだよ」
「おう。任せとけ」
アレクは厨房を出た。
胸のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認して、大広間に向かう。
大広間には白いテーブルクロスが掛けられた大きなテーブルが幾つも並んでおり、既に運び込まれていた料理がビュッフェスタイルで部屋の端の方に並べられていた。
料理の周囲では、何人ものメイドが綺麗に磨かれた食器を持って忙しく動き回っている。
その中にはリルディアの姿もあった。
「準備は順調か?」
「アレクちゃんも来たんだ。こっちは大丈夫よ、後はまだできてない料理待ちかな」
リルディアは冷えたミルクを入れた大きなポットを持っていた。
「あたしもお腹空いちゃった。ああ、お腹一杯になるくらいに人間の精気を吸いたいわ」
「……お客様を食い物にするんじゃない」
「分かってるわよ。いいじゃない、ちょっとくらい言ったって」
アレクの呆れ声にリルディアは肩を竦めた。
「さ、忙しくなるわよ。頑張りましょ」
「そうだね」
厨房から、完成した料理を載せたワゴンが運ばれてくる。
これで全ての料理は出揃った。後は客人たちを迎え入れるだけだ。
アレクは天井の方にちらりと目を向けて、何かを考え込むように僅かに遠い目をして、大広間の入口に移動した。
さあ、優雅な晩餐のひと時の始まりだ。
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