ホテル・ミラージュで休息を

高柳神羅

文字の大きさ
6 / 74

第6話 晩餐の仕度

しおりを挟む
 ごうんごうんとまるで汽車の中のような音が部屋中に響いている。
 天井付近には湯気が漂っており、嗅いでいると腹の虫が鳴りそうな良い匂いがしている。
 部屋の中をせかせかと動き回るのは、真っ白な料理人シェフの制服に身を包んだ男たち。
 その中でもひときわ忙しく動いているのは、誰よりも大きな帽子を被った白髪褐色肌の三十代くらいの男だった。
 眼帯をした顔をあちこちに向けて、フライパンを振るいながら周囲の料理人シェフたちに指示を出している。
 そんな戦場のような場所に、アレクは臆することなく堂々と入っていった。
「アカギ」
 名を呼ぶと、料理人シェフたちに指示を出していた男が振り向かずに応えた。
「おう、アレクか」
「そろそろ時間になるけど、調理の進み具合はどうかな」
「問題ねぇよ。時間にはきっちり間に合わせる。給仕の連中にもそう伝えてくれ」
 炒めている具材に調味料を振るって味を調えて、大皿にさっと盛り付ける。
 それでようやく作業が一区切り付いたらしい。アカギはアレクの方に振り向くと、にかっと白い歯を見せて笑った。
「今日の料理は自信作だぜ。コレステロールを気にしてる客でも食べられるように使う油には気を遣ったし、素材も新鮮なもんを厳選して使ってる。最近の客は健康志向だからな、その要望にきっちりと応えられるようにしたつもりだ」
 とても食人鬼グールだとは思えない台詞だ。
 グールは基本的に人間の肉しか口にしない。しかしアカギは自分が料理のプロフェッショナルであるという自覚があるからなのか、自分で作った料理を人間と同様に食べて暮らしている。日々の食事の時間が、彼にとっては料理の勉強の時間になっているのだ。
 それだけではない。彼は仕事をしていない時は体を鍛えて過ごしている。彼は、人一倍健康に気を遣っているのだ。
 だからなのか、彼はグールにしては肌の色艶が良い。こうして見ていると普通の人間と遜色ないほどだ。
「アレクもそんな細っこい体してるんだから、飯はもっと食えよ。飯を腹一杯食うことが仕事の活力になるんだからな!」
 ばん、とアレクの背中を強く叩くアカギ。
 衝撃で、アレクの頭がぽろっと落ちて床に転がった。
 アレクは肩を竦めて、落ちた頭に手を伸ばした。
「僕の体の成長は既に止まってるから、これ以上は太りも痩せもしないよ。極論を言うともう死んでるから、食べなくても困りもしないしね」
 頭を拾って乱れた髪を手櫛で整えて、首に乗せる。
「それじゃあ、僕は大広間の方に行くよ。料理の準備の方は頼んだよ」
「おう。任せとけ」
 アレクは厨房を出た。
 胸のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認して、大広間に向かう。
 大広間には白いテーブルクロスが掛けられた大きなテーブルが幾つも並んでおり、既に運び込まれていた料理がビュッフェスタイルで部屋の端の方に並べられていた。
 料理の周囲では、何人ものメイドが綺麗に磨かれた食器を持って忙しく動き回っている。
 その中にはリルディアの姿もあった。
「準備は順調か?」
「アレクちゃんも来たんだ。こっちは大丈夫よ、後はまだできてない料理待ちかな」
 リルディアは冷えたミルクを入れた大きなポットを持っていた。
「あたしもお腹空いちゃった。ああ、お腹一杯になるくらいに人間の精気を吸いたいわ」
「……お客様を食い物にするんじゃない」
「分かってるわよ。いいじゃない、ちょっとくらい言ったって」
 アレクの呆れ声にリルディアは肩を竦めた。
「さ、忙しくなるわよ。頑張りましょ」
「そうだね」
 厨房から、完成した料理を載せたワゴンが運ばれてくる。
 これで全ての料理は出揃った。後は客人たちを迎え入れるだけだ。
 アレクは天井の方にちらりと目を向けて、何かを考え込むように僅かに遠い目をして、大広間の入口に移動した。
 さあ、優雅な晩餐のひと時の始まりだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

処理中です...