35 / 74
第35話 アップルパイでお茶会を
しおりを挟む
ミカはベッドの上で寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。
時計の音に混じって、くうくうと小さな音が鳴っている。
彼女の腹の虫が鳴っているのだ。
ろくに食事をしないまま大広間を飛び出してきてしまったせいで、彼女の胃は空っぽの状態なのである。
食事の時間は既に終わっている。今大広間に行ったところでパンのひとつも残ってはいないだろう。
育ち盛りのミカにとって、この状態はなかなかに辛いものだった。
ひょっとして自分はこのまま空腹で死ぬのだろうか、という思いが彼女の脳裏をよぎっていく。
人間何も食べなくても三日くらいなら生きるらしいが、彼女は人間が存外しぶといということを知らない。
明日の朝死ねてたらいいな、と考えつつ、彼女は目を閉じた。
コンコン。
誰かが部屋の扉を叩いている。
コンコン。
「ミカさん。いらっしゃいますか?」
アレクの声だ。
ミカはぴょこんと跳ね起きた。
アレクが部屋の外にいる。
その事実は、ミカを裸足のまま扉へと向かわせた。
そっと、扉を開くと。
扉の前に、銀のトレイを手にしたアレクが立っていた。
「お邪魔しても宜しいですか?」
「う、うん」
扉を開いてアレクを招き入れる。
アレクはゆっくりと部屋に入ってくると、トレイをテーブルの上に置いた。
トレイには、大きな皿に盛られたアップルパイとティーポットが載っている。
取り分ける用の小皿は二枚。フォークも二本ある。カップも二人分だ。
「ミカさん、お食事を済ませないで席を立ってしまわれましたよね。お腹が空いていらっしゃるのではないかと思いまして」
用意してあったナイフで、アップルパイをさくさくと切り分けていく。
ごろりとしたりんごがたっぷりと詰まったパイの断面が顔を覗かせる。
「アカギに頼んで特別に焼いてもらいました。ささやかですが、お茶にしましょう」
わざわざ、そのために来てくれたの?
小皿に盛られるアップルパイとアレクを見比べて、ミカは口元に手を当てた。
唇が笑みの形になっていくのが止められない。
どうやら、このサプライズプレゼントは彼女にとってかなり嬉しかったようだね。
「どうぞ」
椅子に座るミカの前に、アップルパイが差し出される。
アレクは慣れた手つきでカップに紅茶を注ぎ、砂糖を入れて彼女の前に置いた。
そして自らもミカの向かいの席に腰を下ろし、紅茶を一口含む。
「冷めないうちに頂きましょう」
にこりと微笑みかけられて、ミカはこくりと頷きアップルパイを頬張った。
口の中一杯に広がるりんごの甘みと生地の香り。
思わず、呟いていた。
「……美味しい」
「焼きたてですからね」
りんごを食べながら、アレクは笑った。
「それに、貴女と一緒に食べるから一層美味しく感じられる」
「…………」
かぁっとミカの頬が赤くなった。
ミカは照れ隠しするようにアップルパイを口一杯に詰め込んだ。
紅茶で喉の奥に流し込んで、ゆっくりと深呼吸をして、問いかける。
「アレク、レンさんとのお話、終わったの?」
「……ああ」
話のことを思い出したのか、アレクの表情が微笑み顔から微妙に変化する。
彼は僅かに首を振り、言った。
「大した話ではありませんでしたから」
「……そう」
アレクがレンと何の話をしていたのか、ミカにとっては気になることではある。
でも、訊いてはいけないような気がしていた。訊くことによってアレクが傷付くのではないかと、そんな風に思えたのだ。
「……僕は、守りたいものを守るために此処にいたい。誰かに言われたからってそれを変えるつもりは全くないんです」
アレクはミカの顔を見つめて、ぽつりとそう呟いた。
紅茶を飲んで、ふっと笑い、大皿のアップルパイを手で示した。
「おかわりは如何ですか? ミカさんのために御用意したものですから、たくさん食べて下さいね」
「……うん」
旅館の夜は更けていく。
二人は大皿のアップルパイがなくなるまで、ささやかな会話を楽しみながら二人きりの時間を過ごしたのだった。
時計の音に混じって、くうくうと小さな音が鳴っている。
彼女の腹の虫が鳴っているのだ。
ろくに食事をしないまま大広間を飛び出してきてしまったせいで、彼女の胃は空っぽの状態なのである。
食事の時間は既に終わっている。今大広間に行ったところでパンのひとつも残ってはいないだろう。
育ち盛りのミカにとって、この状態はなかなかに辛いものだった。
ひょっとして自分はこのまま空腹で死ぬのだろうか、という思いが彼女の脳裏をよぎっていく。
人間何も食べなくても三日くらいなら生きるらしいが、彼女は人間が存外しぶといということを知らない。
明日の朝死ねてたらいいな、と考えつつ、彼女は目を閉じた。
コンコン。
誰かが部屋の扉を叩いている。
コンコン。
「ミカさん。いらっしゃいますか?」
アレクの声だ。
ミカはぴょこんと跳ね起きた。
アレクが部屋の外にいる。
その事実は、ミカを裸足のまま扉へと向かわせた。
そっと、扉を開くと。
扉の前に、銀のトレイを手にしたアレクが立っていた。
「お邪魔しても宜しいですか?」
「う、うん」
扉を開いてアレクを招き入れる。
アレクはゆっくりと部屋に入ってくると、トレイをテーブルの上に置いた。
トレイには、大きな皿に盛られたアップルパイとティーポットが載っている。
取り分ける用の小皿は二枚。フォークも二本ある。カップも二人分だ。
「ミカさん、お食事を済ませないで席を立ってしまわれましたよね。お腹が空いていらっしゃるのではないかと思いまして」
用意してあったナイフで、アップルパイをさくさくと切り分けていく。
ごろりとしたりんごがたっぷりと詰まったパイの断面が顔を覗かせる。
「アカギに頼んで特別に焼いてもらいました。ささやかですが、お茶にしましょう」
わざわざ、そのために来てくれたの?
小皿に盛られるアップルパイとアレクを見比べて、ミカは口元に手を当てた。
唇が笑みの形になっていくのが止められない。
どうやら、このサプライズプレゼントは彼女にとってかなり嬉しかったようだね。
「どうぞ」
椅子に座るミカの前に、アップルパイが差し出される。
アレクは慣れた手つきでカップに紅茶を注ぎ、砂糖を入れて彼女の前に置いた。
そして自らもミカの向かいの席に腰を下ろし、紅茶を一口含む。
「冷めないうちに頂きましょう」
にこりと微笑みかけられて、ミカはこくりと頷きアップルパイを頬張った。
口の中一杯に広がるりんごの甘みと生地の香り。
思わず、呟いていた。
「……美味しい」
「焼きたてですからね」
りんごを食べながら、アレクは笑った。
「それに、貴女と一緒に食べるから一層美味しく感じられる」
「…………」
かぁっとミカの頬が赤くなった。
ミカは照れ隠しするようにアップルパイを口一杯に詰め込んだ。
紅茶で喉の奥に流し込んで、ゆっくりと深呼吸をして、問いかける。
「アレク、レンさんとのお話、終わったの?」
「……ああ」
話のことを思い出したのか、アレクの表情が微笑み顔から微妙に変化する。
彼は僅かに首を振り、言った。
「大した話ではありませんでしたから」
「……そう」
アレクがレンと何の話をしていたのか、ミカにとっては気になることではある。
でも、訊いてはいけないような気がしていた。訊くことによってアレクが傷付くのではないかと、そんな風に思えたのだ。
「……僕は、守りたいものを守るために此処にいたい。誰かに言われたからってそれを変えるつもりは全くないんです」
アレクはミカの顔を見つめて、ぽつりとそう呟いた。
紅茶を飲んで、ふっと笑い、大皿のアップルパイを手で示した。
「おかわりは如何ですか? ミカさんのために御用意したものですから、たくさん食べて下さいね」
「……うん」
旅館の夜は更けていく。
二人は大皿のアップルパイがなくなるまで、ささやかな会話を楽しみながら二人きりの時間を過ごしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!
まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。
人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい!
そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。
そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。
☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。
☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。
☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。
☆書き上げています。
その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる