ホテル・ミラージュで休息を

高柳神羅

文字の大きさ
36 / 74

第36話 本当の気持ち

しおりを挟む
 その日の朝は普段以上に多忙を極めていた。
 団体客が訪れたのである。
 齢十五歳くらいの男女、総勢三十人。皆同じ服装をしており、荷物の類は一切持っていない。
 これは……あれだね。クラス転移というやつだ。
 学校に通う学生が、一クラス丸ごと異世界に召喚されてしまったパターンである。
 この旅館に団体客が訪れることはたまにあるのだが、ここまで大口の来客は珍しい。
 アレクはローゼンと共に、彼らの案内に追われていた。
 その様子を、ミカはいつもの椅子に座って眺めていた。
 手伝ってあげられれば、彼の負担が少しでも軽くなったかもしれないのに。
 そんなことを考えながら、ふぅと溜め息をつく。
 その彼女を、遠くから見つめている女が一人。
 レンだ。
 レンは相変わらずの厳しい顔をミカに向けて、腕を組みながら壁に寄りかかっていた。
 どうやら彼女は、ミカに対してあまり良い思いを抱いていないようだね。
 そりゃ彼女からしたら、アレクの愛情を一身に受けているミカは面白くない存在なんだろうけれど。
 近いうちに彼女たちの間で何かが起こりそうな、そんな気がするよ。私は。
「あーっ、疲れたぁ」
 ようやく人がはけたカウンターに突っ伏して、ローゼンははぁっと大きく息をついた。
「久々の団体様の相手は苦労するよ。あいつら人の話を全然聞いてないんだもん」
「大切なお客様に向かってあいつら呼ばわりするんじゃない」
 アレクはローゼンの後頭部を軽くこづいた。
 ローゼンは顔を上げて、たまたま目が合ったミカに向けて手をふりふりと振った。
「ミカちゃん、今日もお前のこと見に来てるね。毎日毎日、健気だねぇ」
 ミカの名前が出たので、アレクはミカの方に目を向けた。
 微笑みかけると、ミカは恥ずかしそうに俯いた。
「で? お前たち、昨日は何処までやったの」
 ローゼンの唐突の質問に、アレクはぎょっとして持っていた台帳を床に落とした。
「お前、アカギにわざわざアップルパイ焼いてもらってミカちゃんの部屋に行ったんだろ? 女の子と部屋で二人きり、何もなかったとは言わせないぞ」
「……な、急に何を言い出すんだ。僕はただ……」
「キスくらいはした? それとも押し倒した? アレクも男だもんな、そういうことのひとつやふたつ、ないわけないよなぁ」
「変なことを言うなっ」
 アレクは珍しく狼狽した様子でローゼンの言葉を遮った。
 落とした台帳を拾い、叩き付けるようにカウンターの上にそれを置いて、続ける。
「昨日は二人でお茶をしただけだ! 不埒なことは何もしていない! 本当だ!」
「けど、そういう欲がないわけじゃないんだろ?」
 ローゼンは引かない。にやにやと笑いながら、言う。
「あの子の全てが欲しい、誰かの手に渡る前に食っちまいたい、お前だってそう考えることがあったはずだぜ? 聖人君子じゃあるまいし、隠す必要なんてないと俺は思うけどなぁ」
「…………」
 アレクは口を噤んだ。
 それは、彼にそういう心当たりがないわけではないという何よりの証明でもあった。
 アンデッドは基本的に己の欲というものに忠実な存在だ。
 普段から物事をしっかりと弁えているアレクにも、そういう部分がないわけではない。
 しかし、アレクは良くも悪くも真面目だ。彼は、自分が此処のホテルマンだからという理由で、その想いに蓋をし続けていた。
 アレクにとって、ミカはこの旅館の大切な客人なのだ。その理由が目の前にある限り、彼は己の欲を曝け出すことはないだろう。
「なあ、アレク」
 ローゼンはアレクの目をひたと見据えて、真面目な顔をして言った。
「お前がそんなんじゃ、ミカちゃんが可哀想だ。あの子はきっと、お前が来てくれることを待ってるぞ。もっとお前自身の気持ちに素直になってやれよ」
 ひょい、とアレクの頭を掴んで持ち上げる。
「こら、返せ」
「せっかくお前の正体を知ってて、それでもいいって言ってくれてるんだからさ」
 ぽんとアレクの首に頭を乗せて、ローゼンはカウンターから出た。
 振り向き、笑いかける。
「いつも紳士でいるんじゃなくてたまには狼になってもいいんだぞ?」
「…………」
 去っていくローゼンを見送り、アレクは目を伏せた。
 僕は……
 ちらり、とミカに視線を送る。
 ミカは玄関扉の横にある窓から外を眺めているところだった。
 ……やっぱり、駄目だ。彼女は大切なお客様なんだ。それを無視して接するなんてことは、僕にはできない。
 ぐるぐると胸中で渦巻く色々な気持ち。それが何だか重たく感じられて、彼は深い溜め息をついたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...