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第64話 月夜の下の愛執
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死者も、眠る。
眠らなくても肉体が活動するには何の影響もない。しかし彼は、夜になったら極力眠るように心がけていた。
そうしないと、まだ生きている人間としての心まで死んでしまうような気がしていたから。
だから彼は、闇を恐れて光を求めるふりをして眠るのだ。
夢は見ない。
ただひたすら目を閉じて、時間の流れをゆったりと感じながら、朝の訪れを待つ。
その間に、夢を見ているように色々なことを考える。
この腕に抱いた、ミカの体の温もり。
愛おしいと思っていた少女の、成熟の兆しを宿す体の形。
それは、彼にとっては眩しくて、汚してはならない光の象徴のようなものであって。
肌と肌とが触れ合う感覚が今もなお身に残っているような感覚を覚え、彼は身じろぎした。
自分は、ちゃんと彼女を愛することができたか?
一方的に想いを押し付けるのではなく、彼女から与えられる感情を受け止めることができたか?
答えのない疑問だ。彼には、自分の満足のいく回答は得られそうになかった。
彼は、不器用だから。
こうして、一人で考えることしかできないのだ。
ふと。全身に、何かが圧し掛かってくるような重みを感じた。
彼は静かに目を開けた。
月の光に照らされて、一人の女が彼の体の上に覆い被さっているのが見えた。
顔の両脇に杭のように突き立てられた腕が、彼の体から起き上がる自由を奪っている。
彼は表情を動かさぬまま、静かに声を掛けた。
「……何のつもりだ。レン」
レンは、いつもの鎧姿ではなかった。
彼女に与えられた部屋に備え付けてあったものだろう、薄布のネグリジェを身に纏っている。
彼女は彼の顔を真上から見下ろした格好のまま、言った。
「私を抱いてくれ。アレク」
「…………」
アレクはゆっくりと息を吐いた。
彼は、レンが自分に対してそういう感情を抱いていることは承知していた。彼女も口にしていたし、それはまごうことなき事実だ。
しかし、それを受け入れるかと問われたら、それは全く別の問題だ。
「……それは、できない」
「アレク。お前は私と同じ天使の一族なんだ。天使にとって子孫を残すことがどれだけ大切なことか、お前もよく分かっているはずだろう」
アレクは答えない。口を真一文字に結び、レンの目をじっと見つめているのみだ。
レンの表情が僅かに曇る。
「一体私の何が不満なんだ。教えてくれ」
「……僕は、もう天使じゃない。アンデッドだ」
アレクは首輪をずらして、首の継ぎ目をレンに見せた。
「死んだ体に生殖機能は残っていないし、抱いたとしてもただの真似事にしかならない。──何より」
アレクの表情に影が宿る。
「僕は、お前を抱くわけにはいかない。それは僕自身に対する裏切りになるからだ」
「……まさか、本気であの子供がいいと言うつもりじゃないだろうな」
レンの瞳に鋭い光が宿った。
「天使と人間は結ばれることのない種族だぞ。お前はそれを分かっているのか」
「僕はそうは思わない」
あくまで毅然とした態度を崩さないアレク。
横たわっているだけの彼の全身に、強い意思の力が宿っていた。
「心さえ通じ合っていれば……二人で、歩いていくことができる。それだけで、十分なんだ。例え種族が違っても──生きていくことができるんだよ」
「……天使としての矜持まで捨ててしまったのか、お前は」
レンは溜め息をついた。
アレクの体の上からゆっくりとどいて、ベッドの端に腰を下ろす。
「……私は、お前と生きていきたかった。騎士として戦い、感情を共有して、そうして過ごしていきたかった」
何かを振り払うようにかぶりを振り、俯く。
「私じゃ、駄目なんだな。お前の心の中に、私は存在していないんだな」
「……すまない」
アレクは小さく謝罪の言葉を口にして、目を閉じた。
「……帰ってくれ」
「…………」
レンは無言のまま立ち上がり、部屋の外へと出て行った。
扉が小さな音を立てて閉まる。
アレクは深く息を吐き、全身の力を抜いた。
想い人の顔を思い浮かべながら、眠りを再開する。
もう、悩まない。確固たる意思が、彼の心の中で小さく息づいていた。
眠らなくても肉体が活動するには何の影響もない。しかし彼は、夜になったら極力眠るように心がけていた。
そうしないと、まだ生きている人間としての心まで死んでしまうような気がしていたから。
だから彼は、闇を恐れて光を求めるふりをして眠るのだ。
夢は見ない。
ただひたすら目を閉じて、時間の流れをゆったりと感じながら、朝の訪れを待つ。
その間に、夢を見ているように色々なことを考える。
この腕に抱いた、ミカの体の温もり。
愛おしいと思っていた少女の、成熟の兆しを宿す体の形。
それは、彼にとっては眩しくて、汚してはならない光の象徴のようなものであって。
肌と肌とが触れ合う感覚が今もなお身に残っているような感覚を覚え、彼は身じろぎした。
自分は、ちゃんと彼女を愛することができたか?
一方的に想いを押し付けるのではなく、彼女から与えられる感情を受け止めることができたか?
答えのない疑問だ。彼には、自分の満足のいく回答は得られそうになかった。
彼は、不器用だから。
こうして、一人で考えることしかできないのだ。
ふと。全身に、何かが圧し掛かってくるような重みを感じた。
彼は静かに目を開けた。
月の光に照らされて、一人の女が彼の体の上に覆い被さっているのが見えた。
顔の両脇に杭のように突き立てられた腕が、彼の体から起き上がる自由を奪っている。
彼は表情を動かさぬまま、静かに声を掛けた。
「……何のつもりだ。レン」
レンは、いつもの鎧姿ではなかった。
彼女に与えられた部屋に備え付けてあったものだろう、薄布のネグリジェを身に纏っている。
彼女は彼の顔を真上から見下ろした格好のまま、言った。
「私を抱いてくれ。アレク」
「…………」
アレクはゆっくりと息を吐いた。
彼は、レンが自分に対してそういう感情を抱いていることは承知していた。彼女も口にしていたし、それはまごうことなき事実だ。
しかし、それを受け入れるかと問われたら、それは全く別の問題だ。
「……それは、できない」
「アレク。お前は私と同じ天使の一族なんだ。天使にとって子孫を残すことがどれだけ大切なことか、お前もよく分かっているはずだろう」
アレクは答えない。口を真一文字に結び、レンの目をじっと見つめているのみだ。
レンの表情が僅かに曇る。
「一体私の何が不満なんだ。教えてくれ」
「……僕は、もう天使じゃない。アンデッドだ」
アレクは首輪をずらして、首の継ぎ目をレンに見せた。
「死んだ体に生殖機能は残っていないし、抱いたとしてもただの真似事にしかならない。──何より」
アレクの表情に影が宿る。
「僕は、お前を抱くわけにはいかない。それは僕自身に対する裏切りになるからだ」
「……まさか、本気であの子供がいいと言うつもりじゃないだろうな」
レンの瞳に鋭い光が宿った。
「天使と人間は結ばれることのない種族だぞ。お前はそれを分かっているのか」
「僕はそうは思わない」
あくまで毅然とした態度を崩さないアレク。
横たわっているだけの彼の全身に、強い意思の力が宿っていた。
「心さえ通じ合っていれば……二人で、歩いていくことができる。それだけで、十分なんだ。例え種族が違っても──生きていくことができるんだよ」
「……天使としての矜持まで捨ててしまったのか、お前は」
レンは溜め息をついた。
アレクの体の上からゆっくりとどいて、ベッドの端に腰を下ろす。
「……私は、お前と生きていきたかった。騎士として戦い、感情を共有して、そうして過ごしていきたかった」
何かを振り払うようにかぶりを振り、俯く。
「私じゃ、駄目なんだな。お前の心の中に、私は存在していないんだな」
「……すまない」
アレクは小さく謝罪の言葉を口にして、目を閉じた。
「……帰ってくれ」
「…………」
レンは無言のまま立ち上がり、部屋の外へと出て行った。
扉が小さな音を立てて閉まる。
アレクは深く息を吐き、全身の力を抜いた。
想い人の顔を思い浮かべながら、眠りを再開する。
もう、悩まない。確固たる意思が、彼の心の中で小さく息づいていた。
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