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第76話 運命は誰に微笑む
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全身が温かい。天気の良い日に外でひなたぼっこをしているような、そんな心地良さが僕の全身を包み込んでいた。
体は動かない。完全に脱力して、この心地良さに身を委ねている。
ああ、僕は死んだんだな。
此処は神界だし、魂を天国に運ぶ手間が省けたね。
エル……メネ……カエラ。
彼女たちは無事で、本当に良かった。
彼女たちを守るための力になれたのなら、僕が死んだことにも意味はあるというものだ。
「……キラ」
僕を呼ぶ声がする。
どうやらお迎えが来たみたいだ。
僕は瞼に力を込めて、ゆっくりと開いた。
僕の周囲を取り巻いていた柔らかな闇が、薄れていく。
日の光が差し、穏やかな風が吹いてきて──
「…………」
目の前に、青い空が広がっている。
そして、僕の顔を覗き込んでいるメネの顔が視界の端の方に映っている。
彼女は目に涙を一杯浮かべて、僕の顔に縋り付いてきた。
「……良かった、良かったよぅ、死んじゃったかと思った……!」
「……メネ」
僕はゆっくりと上体を起こした。
体は、痛まなかった。固い地面の上に寝ていた痛さはあるが、そんなものは痛みのうちに入らない。
服が破れてぼろぼろになった腹に、掌を当てる。
ウロボロスに食われかけていた僕の腹は、傷ひとつなかった。
メネが魔法で治してくれたんだね。
僕は傍らで泣いているメネの頭を、指先でちょいちょいと撫でた。
「僕は……大丈夫だよ。メネのお陰だ、ありがとう」
「全く、ちょっとは強くなったかと思ったらやっぱり泣き虫メネちゃんね。全然変わってないじゃない」
メネの横で呆れた声を漏らすカエラ。
彼女は肩を竦めると、僕の方へと視線を移して、
「貴方も貴方よ。大丈夫なら大丈夫だってさっさと言いなさい。もう少しで本殿に死人が出たって言いに行くところだったわ」
こんな言い方ではあるが、カエラもカエラなりに僕のことを心配してくれていたのだということは分かる。
僕は笑いながら、彼女の言葉に応えた。
「あはは、ごめんね」
「……全く」
カエラはつんとそっぽを向いて──
佇んでいる神たちの姿を見つけて、言った。
「御覧の通りよ。『蛇』は倒して、皆無事よ」
「そうみたいだな」
アラキエルはウロボロスの死骸を見つめながら、こちらに静かに歩み寄ってきた。
「本当に、よくやってくれたな。お前たちはこの神界だけじゃねぇ、下界も救ってくれた恩人だ。礼を言わせてもらうぜ」
僕に手を差し伸べる。
僕はアラキエルの手を借りて、その場に立ち上がった。
「もうこれで、神界や下界の平穏が脅かされることはねぇ」
アラキエルはそこまで言うと、急に真面目な面持ちになり、横を向いた。
「後は──」
「…………」
彼女が目を向けた先には、無言で佇むラファニエルの姿がある。
ラファニエルは、こんな時でも微笑んだままだった。
まるで、これから起こる出来事を、全て予測しているかのように──
「ラファニエル。これも掟だ。『蛇』を利用して神界を混乱させたお前は、魂の牢獄行きになる」
「……承知しています」
ラファニエルは静かに答えた。
最後の抵抗をするかと思っていたら、意外と大人しい。
「『蛇』を倒された今、私に貴女たちに対抗できる手段はありません。大人しく従うことにしましょう」
アラキエルの後方に控えていた神たちが、ラファニエルに近付く。
神たちはラファニエルを後ろ手に拘束すると、彼女の手首に光の輪っかを填めた。
ラファニエルは僕たちの顔を順番に見つめて、言った。
「私は、何としてもこの神界を作り変えたかった……しかし、運命は私には微笑みませんでした。それはきっと、私は神界に手を出すべきではなかったという運命のお告げだったのでしょう」
「……連れていけ」
アラキエルの言葉に、神たちはラファニエルを連れて神殿へと向かっていく。
ラファニエルは僕の目の前を通り過ぎる瞬間、僕の方を見て、言葉を残した。
「貴方とは……もう会うことはないでしょう。さようなら、樹良さん。異世界から来た勇気ある人」
「──魂の牢獄に入れられた神は、存在が浄化されてただの魂に戻るんだ」
ラファニエルが去っていった方を見つめたまま、アラキエルは僕に言う。
存在が浄化される……ということは、ラファニエルとしての個は消えてしまうということに他ならない。
それだけ、ラファニエルが犯した罪は重いということなのだろう。
「お前には迷惑を掛けっぱなしだな。本当にすまねぇ。それでもこんな俺たちに力を貸してくれて……本当にいい奴だよ、お前は」
アラキエルは僕の肩を抱いた。
「さあ、本殿に戻ろう。創造神様に、『蛇』が倒れたことを伝えないとな」
体は動かない。完全に脱力して、この心地良さに身を委ねている。
ああ、僕は死んだんだな。
此処は神界だし、魂を天国に運ぶ手間が省けたね。
エル……メネ……カエラ。
彼女たちは無事で、本当に良かった。
彼女たちを守るための力になれたのなら、僕が死んだことにも意味はあるというものだ。
「……キラ」
僕を呼ぶ声がする。
どうやらお迎えが来たみたいだ。
僕は瞼に力を込めて、ゆっくりと開いた。
僕の周囲を取り巻いていた柔らかな闇が、薄れていく。
日の光が差し、穏やかな風が吹いてきて──
「…………」
目の前に、青い空が広がっている。
そして、僕の顔を覗き込んでいるメネの顔が視界の端の方に映っている。
彼女は目に涙を一杯浮かべて、僕の顔に縋り付いてきた。
「……良かった、良かったよぅ、死んじゃったかと思った……!」
「……メネ」
僕はゆっくりと上体を起こした。
体は、痛まなかった。固い地面の上に寝ていた痛さはあるが、そんなものは痛みのうちに入らない。
服が破れてぼろぼろになった腹に、掌を当てる。
ウロボロスに食われかけていた僕の腹は、傷ひとつなかった。
メネが魔法で治してくれたんだね。
僕は傍らで泣いているメネの頭を、指先でちょいちょいと撫でた。
「僕は……大丈夫だよ。メネのお陰だ、ありがとう」
「全く、ちょっとは強くなったかと思ったらやっぱり泣き虫メネちゃんね。全然変わってないじゃない」
メネの横で呆れた声を漏らすカエラ。
彼女は肩を竦めると、僕の方へと視線を移して、
「貴方も貴方よ。大丈夫なら大丈夫だってさっさと言いなさい。もう少しで本殿に死人が出たって言いに行くところだったわ」
こんな言い方ではあるが、カエラもカエラなりに僕のことを心配してくれていたのだということは分かる。
僕は笑いながら、彼女の言葉に応えた。
「あはは、ごめんね」
「……全く」
カエラはつんとそっぽを向いて──
佇んでいる神たちの姿を見つけて、言った。
「御覧の通りよ。『蛇』は倒して、皆無事よ」
「そうみたいだな」
アラキエルはウロボロスの死骸を見つめながら、こちらに静かに歩み寄ってきた。
「本当に、よくやってくれたな。お前たちはこの神界だけじゃねぇ、下界も救ってくれた恩人だ。礼を言わせてもらうぜ」
僕に手を差し伸べる。
僕はアラキエルの手を借りて、その場に立ち上がった。
「もうこれで、神界や下界の平穏が脅かされることはねぇ」
アラキエルはそこまで言うと、急に真面目な面持ちになり、横を向いた。
「後は──」
「…………」
彼女が目を向けた先には、無言で佇むラファニエルの姿がある。
ラファニエルは、こんな時でも微笑んだままだった。
まるで、これから起こる出来事を、全て予測しているかのように──
「ラファニエル。これも掟だ。『蛇』を利用して神界を混乱させたお前は、魂の牢獄行きになる」
「……承知しています」
ラファニエルは静かに答えた。
最後の抵抗をするかと思っていたら、意外と大人しい。
「『蛇』を倒された今、私に貴女たちに対抗できる手段はありません。大人しく従うことにしましょう」
アラキエルの後方に控えていた神たちが、ラファニエルに近付く。
神たちはラファニエルを後ろ手に拘束すると、彼女の手首に光の輪っかを填めた。
ラファニエルは僕たちの顔を順番に見つめて、言った。
「私は、何としてもこの神界を作り変えたかった……しかし、運命は私には微笑みませんでした。それはきっと、私は神界に手を出すべきではなかったという運命のお告げだったのでしょう」
「……連れていけ」
アラキエルの言葉に、神たちはラファニエルを連れて神殿へと向かっていく。
ラファニエルは僕の目の前を通り過ぎる瞬間、僕の方を見て、言葉を残した。
「貴方とは……もう会うことはないでしょう。さようなら、樹良さん。異世界から来た勇気ある人」
「──魂の牢獄に入れられた神は、存在が浄化されてただの魂に戻るんだ」
ラファニエルが去っていった方を見つめたまま、アラキエルは僕に言う。
存在が浄化される……ということは、ラファニエルとしての個は消えてしまうということに他ならない。
それだけ、ラファニエルが犯した罪は重いということなのだろう。
「お前には迷惑を掛けっぱなしだな。本当にすまねぇ。それでもこんな俺たちに力を貸してくれて……本当にいい奴だよ、お前は」
アラキエルは僕の肩を抱いた。
「さあ、本殿に戻ろう。創造神様に、『蛇』が倒れたことを伝えないとな」
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