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第2話 異世界転移の恩恵を得たのが掃除機だった結果、こうなった

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 さっきはいきなりな展開で理解が追い付かなかっただろうから、ここで改めて俺のことを少しばかり語ろうと思う。
 まぁ、よくある話のひとつだと思って、気楽に聞き流してもらえれば幸いだ。



 俺の名前は阿久津葦雀。近々四十歳という大台の年齢に到達しようとしているアラフォーの日本人だ。
 職業は元清掃業者。超大手企業が所有する巨大オフィスビルで清掃業をしていた、派遣の清掃員である。
 元、だ。今は違う。此処は勤め先のビルどころか、日本、果てには地球ですらないんだから。
 そう、俺はいわゆる『転移者』というやつなのだ。


 ある日、いつものようにビルの清掃作業をしていた俺は、気付いたら異世界ここに迷い込んでいた。
 地下の物資倉庫に掃除しに入ったらさ、いつの間にか部屋の外が山奥の秘境みたいな場所に変わってたんだよ。
 昨今のアニメとかラノベとかをよく見ていた俺は、自分が置かれたこの状況にすぐにピンと来た。あぁ、これは今流行りの異世界に連れて来られました的な話だなと。
 しかも、飛ばされて来たのは俺だけじゃない。俺と一緒に倉庫の掃除に来ていた四人の同僚も一緒だった。
 全員俺より若い奴だからか、同僚も自分らが置かれている状況についてはすぐに把握した。あぁ、遂に自分たちも選ばれし勇者として異世界に連れて来られたんだなと大喜びしていた。微塵も不安感を抱いていないあの神経の太さは流石だなと思う。
 異世界に転移してきたのならば、やることも自ずと決まってくる。
 まずはお決まりとも言える自分が持っている能力の確認だ。
 転移者、転生者は、現地人とは比較にならないレベルの優れた才能を持っているのがお約束、デフォルトである。中には一見使い物にならなそうな能力を授かって一度はがっかりする奴もいたりするが、上手い活用法なんかを確立させて最終的には充実した異世界ライフを送るものだ。
 転移者、転生者ってだけでその世界での勝ち組であることが確約されたようなものだから、この辺は深く考える必要もないテンプレなんだろうな。
 俺以外の四人には、まさに最強これぞ異世界勇者、って感じの物凄い能力が備わっていた。もしもステータス閲覧みたいに能力値を可視化できるシステムが存在していたなら、物凄い数値の羅列を目の当たりにしていたことだろう。
 その一方で──俺はというと、特に変わった様子はなし。魔法を操る力に目覚めている様子は見られず、筋力もそのまま。唯一誇れることといえば、他の四人は日本にいた頃の所持品が全て消えていたのに対して、俺にはスマホが手元に残っていたことと、長年愛用していた掃除機がそのまま一緒にこちら側に来ていた、という点だったけど……
 電気がなきゃ使えない掃除機なんてどうすんだ、と四人には爆笑されるし、スマホは一応電源は入るものの電波は当然圏外でネットには繋がらないから結局は使い物にならないしで、俺一人だけが何の変化もなくただこっちに連れて来られた、という有様だった。
 姿こそ見えないけどひっきりなしに何かの獣の声っぽい物音が聞こえてくるし、魔法が存在する世界なら当然魔物みたいな危険な生物だっていてもおかしくない。ひとまずは此処を離れて安全な場所……人間の集落みたいな場所を探そう、って流れになったのだが。
 とりあえず自分の身の安全は最優先で確保したい、って考えてしまうのが人間である。危険に抗うための力を何も持っていない俺は、お荷物扱いされてその場に置き去りにされてしまった。こっちだって自分の身を守るので精一杯なんだから足手まといを連れ歩く余裕なんてない、ってバッサリだ。
 まぁ向こうの言い分も理解できないわけじゃないけど、置いてかれる側からしたらたまったもんじゃない。俺たちは同じ会社で一緒に働いてきた仲間だろ、なんて情に訴えるようならしくないことを言ってみたりもしたものの、返ってきたのは「未来ある若者のためにおっさんは犠牲になってくれ」って一言だけだった。
 そんな感じで、元同僚たちに見捨てられ、かといって凶悪な獣がうようよしている場所を一人で無防備に歩く度胸も持てずに、途方に暮れてその場で突っ立ってると──
 案の定というか、その『凶悪な獣』に見つかって。多分匂いか何かでもしてたのかもな、俺のことを餌と見て襲いかかってきた。
 コンセントの繋がってない掃除機なんて、ただの重たい鉄の塊だ。パイプ部分を振り回せば護身用の棒くらいにはなるかもしれないが、たかが棒一本で自分の何倍もデカイ猛獣を追い払えるわけがない。
 涙目になりながら、俺は思った。何で異世界ってお決まりってレベルで猛獣よりタチの悪い魔物がいるんだよ、こんな奴俺の人生に存在してなくていいよ、ってな。
 すると。
 俺に咬みつく寸前だった魔物が、一瞬で消えちまったんだ。輪郭がぶれたかと思うと、ぱっと。
 何が起きたのか、全く分からなかった。
 腰を抜かしたまま呆然としていると、そんな俺の目の前に現れたのは、見覚えのある円盤状の物体だった。
 それが、デリータMk.Ⅲ。俺が、職場でよく使っていたロボット掃除機だ。
 どうやらこいつも、俺と一緒に異世界ここに飛ばされてきたらしい。そして、どうやったのかは分からないがあの魔物を退治して、俺のことを助けてくれたのだということを把握した。
 俺自身が何の取り柄もない人間でも、こいつが一緒ならこの場所からおさらばして何処か安全な場所に避難できるかもしれない。
 俺はデリータを回収して、掃除機を片手にとにかく生き延びることを誓ったのだった。


 それから、この世界で慣れない旅暮らしを送るようになった俺は、死に物狂いであれこれやっているうちに知ったことがあった。
 それが、俺が持つスマホと掃除機に関することだ。
 異世界に来たことによって、俺のスマホと掃除機はとんでもない進化を果たしていたのだ。いゃ掃除機は元々会社の備品で俺の私物じゃないけど。
 まずは、掃除機。こいつは『特定の条件を満たしたモノ』を無条件で吸い込む性能を備えた武器に変わっていた。
 その『条件』とは、所有者である俺が吸い込みたい対象物を『不用品』だと本心から認識することだった。要は、対象物が『ゴミ』だと俺が本気で思ったらそれを吸い込むことができる、そういう代物に進化したらしい。大きさも重さも関係なく、物質であるかどうかすら無視して、どんなものでも吸い取れるのだ。
 この性能は、デリータの方も同じ。デリータの方はそこからもう一歩進化してるというか、俺の言葉を理解できるAIのような知能を備えた存在になっていた。専用の端末に「ヘイ、Ketu」って呼びかけると返事して命令を聞いてくれるアレみたいなやつだな。普段は自己判断で勝手に行動して、特に喋るわけではないけど、主人と認識しているらしい俺の命令に応じて働いてくれる賢い奴にグレードアップしたらしい。何かサモナーになった気分だ。
 で、スマホ。こいつは掃除機とデリータを管理する専用デバイスとしての性能がアプリとして追加されていた。
 専用アプリを起動すると、掃除機とデリータのエネルギー残量が表示される。やはり元はどっちも電気で動く機械だったから、異世界に来てもエネルギーを消費して動く道具であることは変わらないらしい。
 エネルギーが切れると当然動かなくなるわけだが、そのエネルギーのチャージもこのアプリを通じて行うのだ。
 そのエネルギーというのが……掃除機やデリータが吸い込んだ『ゴミ』を原料にしたリサイクルエネルギー。何かを吸い込むと、吸い込んだモノの質量や種類に応じてエネルギーが獲得できる。この辺の量は吸い込んだモノによって変わるらしく、凄いモノを吸い込むとより多くのエネルギーが得られる仕組みになっているという。
 このリサイクルエネルギーは他にも色々な使い道があって、掃除機とデリータに新しいオプションを追加したりスマホに新機能を付けたりもできるらしい。リサイクルエネルギーの一部を資源として消費して道具を作ったりとか、こちらも機能が拡張されていくと色々なことができるようになるみたいだった。アプリの中にそんな感じの説明書きがあった。
 まあ、追加オプション云々の内容は俺の生活に余裕が出てきたら改めてじっくりと確認していくとして……要は、この掃除機とデリータを駆使してこの世界を『掃除』することが、俺がこの世界で生きていくために必要不可欠な作業だってことだな。
 どのみち俺自身の身を守るためには、掃除機とデリータがなくてはならない道具だってことはこれまでの経験でよく理解したし。
 異世界にまで来て清掃業者をやることになるなんて思わなかったけど……いゃ、どうせだし清掃業者じゃなくて何か異世界っぽい職業名で名乗りたいな。そっちの方が俺も異世界で生きてるんだって実感できるし、やる気の度合いも変わってくるってもんだ。
 何と名乗ろうか。うーん。
 勇者、ではないな。俺自身は掃除機がなけりゃ何もできない無力な人間だし。それに、勇者は俺を見捨ててったあいつらみたいなスーパーパワーを持ってる奴が名乗るべき称号な気がするし。そもそも俺は他人から勇者様なんて呼ばれて傅かれるのは性に合わない。
 掃除機……世界を掃除する者……そうだな。
 安直だと思うが『掃除屋』でいいか。確か異世界で便利屋と呼ばれる奴が活躍する話、なんてのもあった気がするし。〇〇業者、よりは〇〇屋、の方がこの世界の人間には職業名としては馴染みやすい感じがするしな。
 よし、今日から俺は掃除屋と名乗ろう。掃除屋アクツ(ヨシキリでもいいけど)、それが俺の名前だ。



 ……以上が俺の身の上話だが、これで少しは俺のことを知ってもらえただろうか。
 因みに、俺が異世界ここに飛ばされてきたのが今から三ヶ月くらい前のことだ。当然今語らなかったこと以外にも、俺は色々な経験をしてきた。そうでなけりゃ魔王の側近なんて存在を相手に堂々と目の前を突っ切ったり馬鹿にしたりなんて命知らずなことをできるわけがないだろ?
 色々なことを経験して、俺自身も肝が据わったというか、多少はレベルアップしてるってことさ。そういう意味では俺も日本にいた頃よりは成長してるってことだな。
 ……え、苦労話の方も聞きたいって?
 物好きな奴だな、何も面白いことなんてないと思うぞ。普通のおっさんが右往左往しながら異世界に馴染もうと奮闘してるだけの、当たり前すぎる経験しかしてこなかったからな。
 それでもいいって? よっぽど暇してるんだな、あんた。
 ま、いいか。それならもう少しだけ語ろうか。

 俺がこの世界に来て初めて現地人に会った時のこと。その時の話をしよう──
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