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戻りゆく記憶、失われゆく命
第37話 優しい君のままで
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すっかり夜の闇に包まれた自宅。
帰宅したレオンは、静か過ぎる家の中の様子に眉を顰めた。
玄関の鍵は開いていた。だからアメルは此処に帰ってきているはず。
それなのに、ランプに明かりが点いていないというのは……
レオンはリビング、台所と回ってランプに火を点しながら、アメルの姿を探した。
「アメル? 何処にいるんだい?」
寝室に足を踏み入れて、ランプに火を点す。
そして、ぎょっとする。
部屋の隅。アメルはそこで、両足を抱え込んで随分と小さくなった格好になっていた。
彼女の足下に、玄関の鍵が落ちている。
それを拾ってポケットに入れながら、レオンはアメルの正面にしゃがみ込んだ。
「アメル。こんな場所で明かりも点けないで一体何を……」
「……レオン」
アメルが伏せていた顔を上げる。
彼女は、泣いていた。
「どうしよう。私……」
「……今、お茶を淹れるよ。それを飲みながら話そう、ね?」
レオンはアメルの頭を撫でて、立ち上がった。
アメルはぐすっと鼻を鳴らしながらも頷いて、台所に向かうレオンの後に付いていった。
「私……分かったの。私が忘れていたこと。あの黒い人たちが、私を追いかけてくる理由」
レオンが淹れた紅茶を飲んで落ち着いたのか、アメルはゆっくりと口を開いた。
「私、物を壊す力がある化け物なの……だからあの人たちは、私を捕まえようとしてくるの」
「物を壊す力?」
訝るレオンに、手を触れないで物を破壊する力のことだとアメルは説明した。
森で木を折ったのも自分がやったことなのだと彼女は言った。
「……私、此処にいていいのかな。ひょっとして、レオンに迷惑なんじゃないのかな……」
「……そんなことはないよ」
レオンは優しく首を振った。
「君がどんな人だったとしても……君は、君だ。僕はそれを否定したり、見捨てたりなんて絶対にしないよ。言っただろう? 僕はいつでも君の傍にいるよって」
「うん。だけど……」
アメルは目を伏せる。
「私のせいで、レオンが危険な目に遭ったら……」
「僕はそんなに弱い人間じゃないよ」
くすっとレオンは笑った。
「また奴らが君を狙って此処に来ても、僕が君を守ってみせる。約束するよ」
「…………」
アメルは少し沈黙した後、言った。
「……私の、この力……自分の意思で自由に使えるようになったら、そうしたら、レオンと一緒に戦えるようになるのかな……」
「……戦いなんて、自分から好んでするものじゃないよ」
冒険者を目指す相手に言う言葉としてはナンセンスだと思いつつ、レオンは彼女を諭した。
「人同士が争って血を流すなんて、本来ならやっちゃいけないことなんだから……」
それは、戦争というものをよく知っているレオンだからこそ言える言葉だ。
彼は、願っているのである。今世界中を戦火に包んでいる戦争が、誰一人の血も流すことなく平和に終結を迎えることを。
それは、夢のまた夢の話だ。かつての英雄の力を持ってしても、それを止めることはもはや叶わない。
それでも、彼は願うことをやめない。願うことをやめてしまったら、ほんの少しだけ残っているかもしれない希望すら、失われてしまうかもしれないと思っていたから。
「戦うのは、僕の役目だ。アメルは、人と戦わない優しいアメルのままでいてほしい。平和を願う、優しい女の子でいてほしいな」
彼はアメルに願う。できる限り平穏に生きていってほしいということを。
そのために自分は矢面に立つのだ。そう、決意を滲ませながら。
「……うん」
アメルが頷いたのを見て、レオンは微笑んだ。
「……さ。遅くなっちゃったけど晩御飯にしようか。これから作るけど、アメルは何が食べたい?」
「……ごめんなさい。本当は、帰ってきたら私がお料理作ろうって思ってたの。だけど……」
「気にしなくていいよ。それじゃあ……一緒に作ろうか」
半分以上残った紅茶を置いたまま、レオンはゆっくりと席を立つ。
アメルもそれに倣って、紅茶をくいっと飲み干すとその場を立ったのだった。
帰宅したレオンは、静か過ぎる家の中の様子に眉を顰めた。
玄関の鍵は開いていた。だからアメルは此処に帰ってきているはず。
それなのに、ランプに明かりが点いていないというのは……
レオンはリビング、台所と回ってランプに火を点しながら、アメルの姿を探した。
「アメル? 何処にいるんだい?」
寝室に足を踏み入れて、ランプに火を点す。
そして、ぎょっとする。
部屋の隅。アメルはそこで、両足を抱え込んで随分と小さくなった格好になっていた。
彼女の足下に、玄関の鍵が落ちている。
それを拾ってポケットに入れながら、レオンはアメルの正面にしゃがみ込んだ。
「アメル。こんな場所で明かりも点けないで一体何を……」
「……レオン」
アメルが伏せていた顔を上げる。
彼女は、泣いていた。
「どうしよう。私……」
「……今、お茶を淹れるよ。それを飲みながら話そう、ね?」
レオンはアメルの頭を撫でて、立ち上がった。
アメルはぐすっと鼻を鳴らしながらも頷いて、台所に向かうレオンの後に付いていった。
「私……分かったの。私が忘れていたこと。あの黒い人たちが、私を追いかけてくる理由」
レオンが淹れた紅茶を飲んで落ち着いたのか、アメルはゆっくりと口を開いた。
「私、物を壊す力がある化け物なの……だからあの人たちは、私を捕まえようとしてくるの」
「物を壊す力?」
訝るレオンに、手を触れないで物を破壊する力のことだとアメルは説明した。
森で木を折ったのも自分がやったことなのだと彼女は言った。
「……私、此処にいていいのかな。ひょっとして、レオンに迷惑なんじゃないのかな……」
「……そんなことはないよ」
レオンは優しく首を振った。
「君がどんな人だったとしても……君は、君だ。僕はそれを否定したり、見捨てたりなんて絶対にしないよ。言っただろう? 僕はいつでも君の傍にいるよって」
「うん。だけど……」
アメルは目を伏せる。
「私のせいで、レオンが危険な目に遭ったら……」
「僕はそんなに弱い人間じゃないよ」
くすっとレオンは笑った。
「また奴らが君を狙って此処に来ても、僕が君を守ってみせる。約束するよ」
「…………」
アメルは少し沈黙した後、言った。
「……私の、この力……自分の意思で自由に使えるようになったら、そうしたら、レオンと一緒に戦えるようになるのかな……」
「……戦いなんて、自分から好んでするものじゃないよ」
冒険者を目指す相手に言う言葉としてはナンセンスだと思いつつ、レオンは彼女を諭した。
「人同士が争って血を流すなんて、本来ならやっちゃいけないことなんだから……」
それは、戦争というものをよく知っているレオンだからこそ言える言葉だ。
彼は、願っているのである。今世界中を戦火に包んでいる戦争が、誰一人の血も流すことなく平和に終結を迎えることを。
それは、夢のまた夢の話だ。かつての英雄の力を持ってしても、それを止めることはもはや叶わない。
それでも、彼は願うことをやめない。願うことをやめてしまったら、ほんの少しだけ残っているかもしれない希望すら、失われてしまうかもしれないと思っていたから。
「戦うのは、僕の役目だ。アメルは、人と戦わない優しいアメルのままでいてほしい。平和を願う、優しい女の子でいてほしいな」
彼はアメルに願う。できる限り平穏に生きていってほしいということを。
そのために自分は矢面に立つのだ。そう、決意を滲ませながら。
「……うん」
アメルが頷いたのを見て、レオンは微笑んだ。
「……さ。遅くなっちゃったけど晩御飯にしようか。これから作るけど、アメルは何が食べたい?」
「……ごめんなさい。本当は、帰ってきたら私がお料理作ろうって思ってたの。だけど……」
「気にしなくていいよ。それじゃあ……一緒に作ろうか」
半分以上残った紅茶を置いたまま、レオンはゆっくりと席を立つ。
アメルもそれに倣って、紅茶をくいっと飲み干すとその場を立ったのだった。
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