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第76話 フェンリルのおねだり
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「……!」
僕は席を立った。
狼はゆっくりと店内に入ってきて、まっすぐに僕の元へとやって来た。
……な、何でこいつが此処にいるんだ?
周囲を見回す僕。
棚と作業台とに挟まれていて、身動きが取れない。逃げることは、できそうになかった。
狼と僕との距離が、少しずつ縮まっていく。
ごくり、と喉を鳴らして、僕は少しでも身を遠ざけようと棚の間に上半身を押し込んだ。全く意味はないが、心境の問題だ。
狼が、僕のすぐ傍まで来て立ち止まる。
視線がぶつかる。
「…………」
そのまま、時が流れることしばし。
僕の人生は此処で終わるのか。僕がそんなことを考え始めた時、頭の中に割って入るような声が響いた。
『さっきは美味しいお肉をありがとう。もっと食べたいんだけど、ない?』
それは、少年のものとも少女のものとも思える、中性的な声だった。
僕は目を瞬かせて辺りに視線を這わせた。
この店の中には、僕とこの狼しかいない。さっきの声を発しそうな存在はない。
……まさか、今の声はこいつの?
僕は、こちらを見上げている狼を見つめて、静かに尋ねた。
「……喋った?」
『喋ったよ』
当たり前、と言わんばかりに返事をする狼。
『ねえ。何か食べられるものを頂戴。しばらく何も食べてなかったからお腹空いてるんだよ』
「…………」
人間の言葉を喋る狼。
……まさか、噂以上の存在ではないと思っていたのに。
間違いない。こいつは新聞に書かれていた伝説の魔獣、フェンリルだ。
フェンリルってもっと大きいかと思ってたけど、こうして見ると普通なんだな……
……じゃなくって。
何で、フェンリルがこんなところにまで飯を強請りに来てるんだ?
伝説の魔獣が、そんな気軽に人の街に来てもいいものなのか?
普通伝説の魔獣って人目につかないように暮らしてるものじゃないのか。
次々と湧き起こる疑問は、僕の中にある恐怖心を薄れさせていった。
僕は言った。
「なあ。あんたはフェンリルなのか?」
『種族のこと? そうだよ』
「フェンリルなら、獲物なんて森で幾らでも調達できるんじゃないのか? 伝説の魔獣なんだろ?」
『そうなんだけど』
フェンリルは一呼吸置いて、言った。
『生肉は嫌いなんだよね』
……何、そのグルメ人間みたいな台詞は。
何だかこいつに食われると思って怯えてた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
僕は棚の間に突っ込んでいた体を引き抜いた。
しゃがんでフェンリルと目線の高さを合わせて、言う。
「……今食べられそうなものを持ってくるから、此処で待ってろ」
『分かった。待ってる』
嬉しそうに尻尾を揺らしてフェンリルは答えると、その場に伏せた。
……僕が出会った伝説の魔獣は、残念だった。
こんな話、誰にも信じてもらえないだろうな。
とりあえず何か持ってくるかと考えながら、僕は店の奥に引っ込んだ。
僕は席を立った。
狼はゆっくりと店内に入ってきて、まっすぐに僕の元へとやって来た。
……な、何でこいつが此処にいるんだ?
周囲を見回す僕。
棚と作業台とに挟まれていて、身動きが取れない。逃げることは、できそうになかった。
狼と僕との距離が、少しずつ縮まっていく。
ごくり、と喉を鳴らして、僕は少しでも身を遠ざけようと棚の間に上半身を押し込んだ。全く意味はないが、心境の問題だ。
狼が、僕のすぐ傍まで来て立ち止まる。
視線がぶつかる。
「…………」
そのまま、時が流れることしばし。
僕の人生は此処で終わるのか。僕がそんなことを考え始めた時、頭の中に割って入るような声が響いた。
『さっきは美味しいお肉をありがとう。もっと食べたいんだけど、ない?』
それは、少年のものとも少女のものとも思える、中性的な声だった。
僕は目を瞬かせて辺りに視線を這わせた。
この店の中には、僕とこの狼しかいない。さっきの声を発しそうな存在はない。
……まさか、今の声はこいつの?
僕は、こちらを見上げている狼を見つめて、静かに尋ねた。
「……喋った?」
『喋ったよ』
当たり前、と言わんばかりに返事をする狼。
『ねえ。何か食べられるものを頂戴。しばらく何も食べてなかったからお腹空いてるんだよ』
「…………」
人間の言葉を喋る狼。
……まさか、噂以上の存在ではないと思っていたのに。
間違いない。こいつは新聞に書かれていた伝説の魔獣、フェンリルだ。
フェンリルってもっと大きいかと思ってたけど、こうして見ると普通なんだな……
……じゃなくって。
何で、フェンリルがこんなところにまで飯を強請りに来てるんだ?
伝説の魔獣が、そんな気軽に人の街に来てもいいものなのか?
普通伝説の魔獣って人目につかないように暮らしてるものじゃないのか。
次々と湧き起こる疑問は、僕の中にある恐怖心を薄れさせていった。
僕は言った。
「なあ。あんたはフェンリルなのか?」
『種族のこと? そうだよ』
「フェンリルなら、獲物なんて森で幾らでも調達できるんじゃないのか? 伝説の魔獣なんだろ?」
『そうなんだけど』
フェンリルは一呼吸置いて、言った。
『生肉は嫌いなんだよね』
……何、そのグルメ人間みたいな台詞は。
何だかこいつに食われると思って怯えてた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
僕は棚の間に突っ込んでいた体を引き抜いた。
しゃがんでフェンリルと目線の高さを合わせて、言う。
「……今食べられそうなものを持ってくるから、此処で待ってろ」
『分かった。待ってる』
嬉しそうに尻尾を揺らしてフェンリルは答えると、その場に伏せた。
……僕が出会った伝説の魔獣は、残念だった。
こんな話、誰にも信じてもらえないだろうな。
とりあえず何か持ってくるかと考えながら、僕は店の奥に引っ込んだ。
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