アメミヤのよろず屋

高柳神羅

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第154話 店主、喧嘩を売る

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「キク!」
 僕は鞄に水晶を押し込んで、代わりに取り出したポーションをキクに向かって投げた。
「クレハを治療しろ!」
「……!」
 ポーションをキャッチしたキクはこくこくと頷いてクレハの元へと駆けていった。
 クレハは格闘家だから僕みたいな一般人なんかよりも体の回復力は優れているはず。少しでも治療してやればすぐに目を覚ますはずだ。
 ゴーレムは横を駆け抜けるキクには目もくれず、僕との距離を一気に詰めてきた。
 右手を振りかぶり、勢い良くパンチを繰り出してくる!
「ひ、っ!」
 僕はその場にしゃがんだ。
 ゴーレムの手は僕の頭のすぐ上を通り過ぎ、壁を殴りつけた。
 壁に罅が入り、白い石の欠片がぱらぱらと僕の頭の上に降ってくる。
 ただの一撃で石の壁が砕けるのだ。僕なんかが食らったら間違いなく頭が割れる。
 意地でも食らうものか!
 僕はしゃがんだ体勢のまま右の掌をゴーレムに向けて翳した。
「フレアボム!」
 ばぁんっ!
 魔術の一撃を足に受けたゴーレムがよろける。
 その隙に、僕は全力でゴーレムの脇を駆け抜けた。
 反対側の壁まで走り、背中を壁にぴたりと付けてふーっと大きく息を吐く。
 心臓がばくばくいっている。今にも破裂してしまいそうだ。
 今の僕の行動が正しいものなのか、それを判断する冷静さは僕の中からは失われていた。
 僕が、自分からゴーレムに喧嘩を売ったのだ。それで平常心を保てるはずがない。
 意地でも生き残る、その思いだけが僕の体を突き動かしていた。
 ゴーレムがこちらに振り向く。
 僕の魔術を食らった足に罅が入っているのが見える。
 やはり普通の風や氷の魔術よりも、爆発魔術の方が効果は高いらしい。流石に一撃必殺とまではいかないものの、連続で食らわせれば足の一本をもぐことくらいはできるかもしれない。
 連続で同じ場所に魔術を当てる自信はないが、狙ってみる価値はある。
「バーストフレア!」
 迫ってくるゴーレムの罅の入った足を狙って魔術を撃つ。
 光が足に当たり、四散する。罅は先程よりも大きくなり、細かい欠片が零れて床に落ちた。
 クレハ……はまだ復活しないか。
 僕はキクの治療を受けているクレハにちらりと目を向けた。
 早く来てくれ、僕一人でこいつの相手をするのはきつい!
「フレアニードル!」
 僕の言葉に応えて、目の前に幾つもの紅蓮に輝く針が出現する。
 それはゴーレムに真っ向から降り注ぎ、小爆発でゴーレムの体を覆い隠した。
 小さいとはいえこれだけの衝撃を加えれば動きを止められるはず。
 今のうちに魔力を込めた一撃を──
 意識を集中させて魔力を練った、それと同時に。
 爆発の中からゴーレムの手首が高速で伸びてきて、僕の首を鷲掴みにした!
「っ!」
 足の裏が床から離れる。
 僕は、宙吊りにされた。
 相手の手を引き離そうと指を掴むが、ゴーレムの手はがっちりと僕の首に食い込んでおり、剥がすことができない。
 首の骨がみしみしといっている。指が食い込んでいる肉も痛い。
 しかしそれ以上に、首を絞められて息ができないことが僕にとっては致命的だった。
 声が出せないのだ。これでは魔術を唱えることができない。
「……!……!!」
 僕は足をばたつかせて暴れた。
 しかしゴーレムはびくともしない。平然と僕の目の前まで歩いてきて、もう一方の手をこちらに向けてきた。
 がしゃ、と手首が折れ曲がり、その下から黒い筒のようなものが表れる。
 それが銃口だと気付いた時、僕の頭は激しく警鐘を鳴らし始めた。
 この至近距離では避けられない。
 銃口が僕の額に標準を合わせる。
 ……もう駄目だ。僕は此処で殺されるんだ。
 僕はぎゅっと目を閉じた。

 どがっ!

 全身に降りかかる衝撃。
 ぐんっと喉を強く押し潰され、僕は声にならない叫び声を上げた。
 持ち上げられていた体が、落ちる。
 僕は床に尻を打ち付けて、その場にへたり込んだ。
 首に食い込んでいたものが離れ、息ができるようになり、激しく咳き込む。
 涙が浮かんだ目を懸命に開くと──胸から真っ二つになったゴーレムが床に崩れ落ちていく瞬間が、見えた。
 ゴーレムの向こうに、足を振り上げたクレハが立っている。
 僕は理解した。クレハが、ゴーレムに全力の一撃を食らわせたのだということを。
「やってくれたのぉ……シルカにまで手を出して、ワレ、ちぃとばかし調子に乗りすぎたな」
 クレハの前髪が捲れて、鋭い眼光を秘めた黒い瞳が覗いている。
 見た者を凍らせるような、冷たい眼差し──それは僕が初めて目にした、彼の獲物を狩る狩人としての表情だった。
 真っ二つになったゴーレムは、動かない。完全に物言わぬがらくたとなって床に転がっている。
 それを踏みつけて、クレハは吐き捨てるように言った。
「往生せいや」
 しんと静まり返った空間の中に、僕が咳き込む音だけが響く。
 クレハはゴーレムの残骸を踏み越えて僕の目の前まで来ると、ゆっくりと膝を折って僕の顔を覗き込んできた。
「すまんかったなぁ。ちぃとばかし油断してしもた。大丈夫か?」
 咳き込みながら、僕は懸命に顔を上げてクレハを見る。
 僕を心配するクレハは、いつものからりと笑うクレハに戻っていた。
「……ぼ」
「ぼ?」
 僕は唾を飲み込んで咳を何とか落ち着かせ、言った。
「僕は、ただのよろず屋の店主なんだよ……戦わせるなよな」
「すまんすまん。堪忍したって」
 クレハはくしゃくしゃと後頭部を掻いた。
「けど、ちゃんと魔術使えるやん。キクより凄いで。流石灰燼の魔術師や」
「……元、な」
 僕は静かに立ち上がった。
 鞄から水晶を取り出し、クレハに渡す。
「あんたが手に入れたものだ。あんたが持ってろ」
「おう、おおきに」
 クレハは水晶を受け取り、目の前に翳した。
 曇りひとつない水晶は、光を浴びて美しく輝いている。
「これ、何やろなぁ。天空神殿に関係するもんなんかな」
「……どうだろうな」
 此処が天空神殿に関係する遺跡だと決まったわけではないが、もしそうなのだとしたら、これは古文書にあった『青き瞳』である可能性がある。
 どう見ても青くはないが、天空神殿を『白い鳥』と記している古文書なのだ、青くない水晶を『青き瞳』と表現することもあるかもしれない。
 僕は腕を組んで、言った。
「まあ、せっかく手に入れたんだ。用途が分かるまで大事に持ってろよ。そのうち使い道が分かるかもしれないだろ」
「そうやなぁ」
 クレハは頷いて、水晶を背中のバックパックに入れた。
 そして、あ、と声を漏らす。
「……どうした」
 僕の問いにクレハは微妙に悲しそうな顔をして、バックパックに突っ込んでいた手を抜いた。
 手に、くしゃくしゃになった包みを持っている。
「ジャムサンド、潰れてしもうた」
「…………」
 そりゃ、荷物を背負ったまま戦って吹っ飛ばされて壁に激突してたもんな。中身だって潰れるよ。
 僕は失笑して肩を竦めた。
「食べれば一緒だろ。そんなの」
「……ま、そやね」
 ぱ、と表情を明るくして、クレハはバックパックを背負い直した。
「ほな、帰ろか。此処が遺跡の最深部みたいやし、無事にお宝も手に入ったしな!」
 うん、と頷くキク。
 僕もそれに異論はない。クレハの言葉に頷いた。
 こうして、脅威を退け遺跡の宝を手にした僕たちは、遺跡を無事に脱出したのだった。
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