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44 ワインが必要?

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「立場をわきまえなさい! 犯罪聖女が金の王子に近づくなんて図々しいのよ!」

 バシャッ!
 令嬢は持っていたワインを私の金のドレスにかけた。


 時は少しさかのぼる。
 シャルと私の入場後、銀髪の第一王子が3人の聖女を連れて入場した。その後、黒髪の精霊王が11人の聖女とともに入ってきて、一段高く設置された王族席に座った。
 そして、音楽が流れ、舞踏会が開会した。

「陛下に挨拶に行こうか」

 シャルにエスコートされるまま移動する。緊張しすぎて何にも考えられない。ドレスや燕尾服姿の精霊と人がいっぱいいて、シャルには称賛の目を向けてるのに、私には汚いものを見るように睨みつけてくる。
 私はみんなに嫌われてるの? 
 動揺して、ドレスの裾が絡まって、転びそうになるのをシャルが支えてくれた。

「その者がシャルトリューの聖女か」

 精霊王は、静かだけどよく響く声で言った。

 若い。精霊は不老長寿だから当然なんだけど、想像していた威厳ある王様ではなく、若くて線の細い美しい精霊。優し気な面立ちをしている。

「カナデ」

 あ、精霊王に見とれて忘れてた。

 シャルに促されて、あわててカーテシーで挨拶する。
 どうせみんな、不調法者だとか思っているんだろうな。いいよ。なんか初めからアウェイ感を出されてるし。

「カナデはまだ未熟ですが、私の婚約者として努力してくれています」

「そうか。やはり、後宮を持つつもりはないのか」

「私にはもったいないですから」

 黙ってうつむいてる私の横で、シャルと精霊王は話を続ける。「カナデは黙って側にいたらいいよ」ってシャルに言われたから、その通りにしてるんだけど、なんだか、なんか。

「まだ、未熟」その言葉が引っかかる。そうだよね。私は未熟だ。

 挨拶が終わって、シャルに手を引かれる。
 もう一度、カーテシーをして、舞台から降りた。

「どうしたの? 緊張してる?」

 顔がこわばってる私を気遣うシャルに、無理やり笑顔を作る。

「うん。ごめんね。緊張しちゃった」

「そう。大丈夫だよ、僕の側にいたらいいから」

 上手く、ごまかせた? シャルの側にいるって決めたんだから、こんなことぐらいで泣き言は言いたくない。がんばらなきゃ。本当は泣きそうだけど、口角をあげて無理に微笑んだ顔を作る。大丈夫。シャルが隣にいる。

 でも、「僕の側にいたらいい」なんて言ったくせに、シャルはその直後、呼びに来たウサギ頭の精霊に連れられて、私をひとり置いて行った。
 頼みのシリイさんは早々に、「情報収集してきます」ってどこかに行ってるし。やっぱり、頼りにならない。
 ああ、知らない人の中で、一人ぼっちになってしまった。

 どうしよう。ものすごく、心細い。

 ぐるりとあたりを見回すけど、知ってる人は誰もいない。
 目があった人は、蔑むような視線を返してくる。
 ひそひそ声と笑い声は私に向けられてるの?

 壁の花になるために、シャルが戻ってくるまで壁にでもくっついていよう。

 壁際に行く途中で、食事の乗ったテーブルがあった。
 お皿の上にはキラキラした大きな宝石みたいなものがあって、真ん中に空いた穴の中で花が咲いている。これ、何だろう。食べ物かな? お腹空いたな。でも、どうやって食べたらいいの?

 頭の中では「食事のマナーは全くできてませんわね。何があっても絶対に飲食は禁止ですわよ」ってイザベラが緑の目を吊り上げて言ってる。ふぅ、諦めよう。

 ん?

 覚えのあるいい匂いがして、その出所を探すと、向こうのテーブルで串に刺さった肉がお皿に乗っているのが見えた。

 うわぁ!
 絶対あれ、焼き鳥だよね。
 焼き鳥の食べ方なら知ってるよ!
 串を手に持ってかぶりつく! これが一番おいしい食べ方だよね。

 頭の中で「飲食禁止」って言ってるイザベラを追い払って、焼き鳥コーナーに行った。この懐かしくておいしそうな匂いに逆らえるわけないでしょ。
 早く行かなきゃ、なくなっちゃう。

 思いがけずに出会えた懐かしい料理に、底辺まで落ち込んだ気分が持ち上がる。

 でも、急いでいる時に限って、派手なドレスの集団が邪魔をしに来た。

「あなた、人間界の聖女ですって」

「犯罪者が王族の婚約者なんてありえないわ」

「金の君はわたくしたちのアイドルなのよ。不可侵条約を破るなんて許せない!」

「身の程知らずが!」

 さっき、王族席にいた聖女たちだ。
 もしかして私のことを処刑時に召喚されたAランク聖女だと思ってるの? ああ、それで、みんなあんなに冷たい目で見てたんだ。

 自分が嫌われている理由が分かった。すこし、ほっとする。私が犯罪者じゃないって知ってもらえたら、こんなに嫌われなくなるのかな?
 ううん。この人たちはきっとシャルの美貌が好きなんだ。隣に立つ私が許せないんだ。

 聖女たちは好き勝手に私を罵ってくる。
 後宮の暮らしぶりは悪くはないのかも。みんな宝石をたくさんつけている。派手だけど、綺麗なドレス。好きに振る舞っても誰にも止められない。
 傍若無人な聖女の中でも、目の前に立つ緑色の髪の聖女が持っている赤ワインがとても気になった。

 いやいや、グラスじゃないよね、それ。
 ビールを飲むときのジョッキだよね。それも大ジョッキ。それでワインを飲むの?
 どれだけ酒好きなの?

 でも、それはどうやら飲むためじゃなかったみたいで、

「立場をわきまえなさい! 犯罪聖女が金の王子に近づくなんて図々しいのよ!」

 バシャッ!

 大ジョッキのワインは、私の金のドレスに向けてかけられた。
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