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36 結審3
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事の起こりは、今から23年前。
南の辺境伯の領地の結界付近に、一人の女性が現れた。
彼女は見たこともないような布地の服を着ていて、手には不思議な腕輪をつけていた。
「私は帝国人よ。結界を抜けたら、ここに入ってしまって、出られなくなったの」
彼女は仲間たちと旅をしていたそうだ。仲間とはぐれて魔物の森をさまよっていたところ、結界を通り抜けて、我が国に入り込んでしまった。
彼女がつけていた魔法無効化の腕輪が働いたらしい。
でも、それは壊れてしまった。入ったのはいいけれど、出ることができなくなったそうだ。
「帝国に帰りたいの。私を助けて」
不思議な魅力を持つ黒髪の美女に、辺境に住む若者たちはみんな夢中になった。特に若い辺境伯とその側近たちは、美女の機嫌を取ろうと、宝石やドレスをプレゼントした。皆、美女の虜になり、自分の持つすべての財産を差し出した。
「帰りたいの。ここはいや。お願い。私を助けて、一緒に行きましょう」
どんなに贈り物をしても、美女は毎日泣いてばかり。何とかして彼女を笑わせたい。どうしたら彼女を満足させられる?
「帝国の食事の方が、ずっとおいしいわ」
「帝国のドレスを着たいの。こんな時代遅れのドレスは嫌よ」
「帝国の建物の方が、ずっと綺麗よ」
「こんな遅れた国になんか住みたくないの。田舎は大嫌い」
「帝国に返して! もう嫌! こんな野蛮な国、私にふさわしくないわ」
何をしても、黒髪の美女は嘆くばかり。
そして辺境伯たちは、罪をおかしてしまう。
彼女のために、結界を壊そう。彼女と一緒にこの国を出て、帝国に行こうと。
ほんの少しの間だけ、人が一人通れるような、ほんの小さな穴だけだからと、結界に穴を空けようと計画する。美女が持っていた魔法無効化の魔道具を改良して。
しかし、その計画は失敗に終わる。
誰一人、この国を出て行くことはできなかった。
結界は壊れることはなかったのだ。
聖女の結界は、人を通さないために作られている。帝国からの追っ手を警戒したためだ。ほころびから魔物は通しても、人が通るのは無理だった。
魔法無効化の魔道具を使ったせいで、辺境の結界の力は弱まり、魔物が入ってくるようになった。それだけでなく、魔物をダンジョンへと送る魔法が消滅した。
南の辺境の地は、それ以来、魔物が自然発生するようになってしまった。初代聖女の施したダンジョン自動転送装置が、この土地でだけは働かない。あふれる魔物が瘴気を振りまき、大地は穢され、領民は住処を失う。
大勢の領民が魔物に殺されるようになった。度重なるスタンピードの発生。全ては、当時の辺境伯の罪。
「そして、事態を知った王国秘密騎士団が動くことになったのです。帝国から来た黒髪の女と、辺境伯、側近、その他、召使に至るまで、結界を破壊した罪人は皆、処刑されました。国家転覆罪適用により、罪人の親と子ども、そして配偶者も、連座による死刑執行がおこなわれました」
裁判長の説明が終わる。観客たちは静まり返っている。誰も口を開かない。痛いほどの静寂が広がっている。
「メリッサは罪人の婚外子だ。当時、逃げ出した愛人が、誰にも知らせず子供を生んだため、処刑を逃れた」
仮面の男が告げる。
「先ほど、刑を執行した。結界を損傷させた重罪人の子供は死ななければならない。これにて、この事件は、再び封印される。誰も口外してはならない。口を開けば、処分する」
メリッサは……。さっきまで、悲鳴を上げていた彼女は、もう、連座で処刑されたの? 彼女は、父親の罪を知らなかったのに。その時、生まれてもなかったのに。
殺されたの?
あ、
「ディートは? メリッサの子供はどうなるの?」
沈黙の中、私の声が響いた。
黒づくめの男が、私の方へ仮面で覆われた顔を向ける。
「罪人の孫は、連座の範囲には含まれない」
その一言を聞いて、ほっと息を吐く。
ディートは、処刑されない。
よかった。だって、生まれたばかりの彼は、何も悪くないもの。
でも……。私を殺そうとしていたメリッサのことも、死刑になってほしいわけじゃなかった。牢屋に入れて、反省させたかっただけなのに……。
だけど、それがこの国のルールだから。それなら、せめて、生まれて来た赤ちゃんだけでも、処分されなくて良かったと思うしかないのだ。
これで、私の裁判は終わった。
夢で見たゲームのヒントを活用したけれど、裁判に勝ったとは思えなかった。
この裁判自体が、全てなかったことにされたのだから。
私とガイウスの結婚は、ルカが王国秘密騎士団に掛け合って、白紙になるように手続きしてくれた。私とガイウスの結婚は、なかったことにされたのだ。
南の辺境伯の領地の結界付近に、一人の女性が現れた。
彼女は見たこともないような布地の服を着ていて、手には不思議な腕輪をつけていた。
「私は帝国人よ。結界を抜けたら、ここに入ってしまって、出られなくなったの」
彼女は仲間たちと旅をしていたそうだ。仲間とはぐれて魔物の森をさまよっていたところ、結界を通り抜けて、我が国に入り込んでしまった。
彼女がつけていた魔法無効化の腕輪が働いたらしい。
でも、それは壊れてしまった。入ったのはいいけれど、出ることができなくなったそうだ。
「帝国に帰りたいの。私を助けて」
不思議な魅力を持つ黒髪の美女に、辺境に住む若者たちはみんな夢中になった。特に若い辺境伯とその側近たちは、美女の機嫌を取ろうと、宝石やドレスをプレゼントした。皆、美女の虜になり、自分の持つすべての財産を差し出した。
「帰りたいの。ここはいや。お願い。私を助けて、一緒に行きましょう」
どんなに贈り物をしても、美女は毎日泣いてばかり。何とかして彼女を笑わせたい。どうしたら彼女を満足させられる?
「帝国の食事の方が、ずっとおいしいわ」
「帝国のドレスを着たいの。こんな時代遅れのドレスは嫌よ」
「帝国の建物の方が、ずっと綺麗よ」
「こんな遅れた国になんか住みたくないの。田舎は大嫌い」
「帝国に返して! もう嫌! こんな野蛮な国、私にふさわしくないわ」
何をしても、黒髪の美女は嘆くばかり。
そして辺境伯たちは、罪をおかしてしまう。
彼女のために、結界を壊そう。彼女と一緒にこの国を出て、帝国に行こうと。
ほんの少しの間だけ、人が一人通れるような、ほんの小さな穴だけだからと、結界に穴を空けようと計画する。美女が持っていた魔法無効化の魔道具を改良して。
しかし、その計画は失敗に終わる。
誰一人、この国を出て行くことはできなかった。
結界は壊れることはなかったのだ。
聖女の結界は、人を通さないために作られている。帝国からの追っ手を警戒したためだ。ほころびから魔物は通しても、人が通るのは無理だった。
魔法無効化の魔道具を使ったせいで、辺境の結界の力は弱まり、魔物が入ってくるようになった。それだけでなく、魔物をダンジョンへと送る魔法が消滅した。
南の辺境の地は、それ以来、魔物が自然発生するようになってしまった。初代聖女の施したダンジョン自動転送装置が、この土地でだけは働かない。あふれる魔物が瘴気を振りまき、大地は穢され、領民は住処を失う。
大勢の領民が魔物に殺されるようになった。度重なるスタンピードの発生。全ては、当時の辺境伯の罪。
「そして、事態を知った王国秘密騎士団が動くことになったのです。帝国から来た黒髪の女と、辺境伯、側近、その他、召使に至るまで、結界を破壊した罪人は皆、処刑されました。国家転覆罪適用により、罪人の親と子ども、そして配偶者も、連座による死刑執行がおこなわれました」
裁判長の説明が終わる。観客たちは静まり返っている。誰も口を開かない。痛いほどの静寂が広がっている。
「メリッサは罪人の婚外子だ。当時、逃げ出した愛人が、誰にも知らせず子供を生んだため、処刑を逃れた」
仮面の男が告げる。
「先ほど、刑を執行した。結界を損傷させた重罪人の子供は死ななければならない。これにて、この事件は、再び封印される。誰も口外してはならない。口を開けば、処分する」
メリッサは……。さっきまで、悲鳴を上げていた彼女は、もう、連座で処刑されたの? 彼女は、父親の罪を知らなかったのに。その時、生まれてもなかったのに。
殺されたの?
あ、
「ディートは? メリッサの子供はどうなるの?」
沈黙の中、私の声が響いた。
黒づくめの男が、私の方へ仮面で覆われた顔を向ける。
「罪人の孫は、連座の範囲には含まれない」
その一言を聞いて、ほっと息を吐く。
ディートは、処刑されない。
よかった。だって、生まれたばかりの彼は、何も悪くないもの。
でも……。私を殺そうとしていたメリッサのことも、死刑になってほしいわけじゃなかった。牢屋に入れて、反省させたかっただけなのに……。
だけど、それがこの国のルールだから。それなら、せめて、生まれて来た赤ちゃんだけでも、処分されなくて良かったと思うしかないのだ。
これで、私の裁判は終わった。
夢で見たゲームのヒントを活用したけれど、裁判に勝ったとは思えなかった。
この裁判自体が、全てなかったことにされたのだから。
私とガイウスの結婚は、ルカが王国秘密騎士団に掛け合って、白紙になるように手続きしてくれた。私とガイウスの結婚は、なかったことにされたのだ。
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