【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか

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38 ラスボス

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「この度は、息子が申し訳なかったね」

 急な来客は、ロンダリング侯爵だった。
 彼は、ガイウスが年を取った感じの上品な中年男性の容姿をしている。一見柔和そうな穏やかな笑み。でも、そのトパーズ色の瞳の底には、暗い闇があるように感じる。それに、彼の声は、背筋をゾクッとさせた。

「なんの謝罪でしょう?」

 結婚も裁判もなかった。口にしてはいけない。
 だから、私は知らぬふりをする。

「ああ、そうだね。それでも、謝らせてもらおう。すまなかった。まさか、私が領地にいる間に、息子がそんなことをしているとは。全く知らなかったのでね」

「……」

 ロンダリング侯爵家は、メリッサの父親について、「何も知らなかった」で通したらしい。辺境から来た気の毒な妊婦が生んだ子に、メイドの職を与えてやっただけだと。裁判のことも、息子が勝手にしたことで、自分は一切関知していないと言い切った。

 本当にそうなのかな?

「ガイウスは、君のことを本当に愛しているとばかり……。まさか浮気するとは……」

 口をつぐむ私に、一方的に話し続ける侯爵。
 彼の声に、背中が寒くなる。

「それでだね、今日は、そちらにとても良い話を持ってきたのだよ」

 そう言って、彼は鞄から紙を取り出した。

「養子縁組の書類だ」

 え? 

「母親の存在は、なかったことになったが、赤子は存在する。南の辺境伯の血族眼を持った男子だ。だから、そちらで育てたいだろうと思って」

 ! ディートの養子縁組書?

「失礼ですが、そう言ったことは、お嬢様ではなく、辺境伯へお願いします」

 黙って固まっている私の後ろから、ルカが口を挟んだ。
 侯爵は、その無礼を気にすることなく、話し続ける。

「もちろん、カイザール伯に相談してもらっても構わない。だが、こういうことは、早い方が良いからね」

 侯爵は、にこにこと話し続ける。

「まあ、辺境伯の家系は、ほぼ絶えているから、一人でも血族眼がいた方が心強いだろう。おそらく、この子は、魔力も多いだろうし」

 どうして、ディートを簡単に渡すの? ガイウスは、実の子を見捨てるの? 何のために?

「代わりに、何を要求するんですか?」

 私の率直な質問に、侯爵は一瞬驚いた顔をしてから、ガイウスとよく似た顔で微笑んだ。

「そうだね。かわいい孫を養子に出すんだ。寂しくなるね。そこで、どうだろう? そのかわりに、ドラゴンをもらえないかな?」

 ドラゴン! やっぱり、目当てはそれね。

「ドラゴンは貴重な存在だが、辺境の血族眼持ちの赤子にはかなわないだろう? 良い話だと思わないかね」

「思いません」

 私は、きっぱりと断る。
 侯爵の声は、夢の中のゲームを思い出させる。
 ヒントを得るために見た広告。
 真っ黒な画面で響いた男の声。
 それは、ロンダリング侯爵の声と同じだった。

 恨みがましい声で、結界を破壊する魔道具を作ると言っていた。彼は反結界主義者のリーダーだ。彼が欲しがっているドラゴンの魔力は、けた違いに大きい。今は、まだ子供の赤ちゃんも、成長すれば強力な炎を吐くことができるようになるだろう。それは、結界をも破壊することができる力を持つかもしれない。
 彼の目当ては、きっとそれだ。
 絶対に、渡せない。

 それに、ドラゴンは、今や私にとって家族の一員だ。
 いつも寝てばかりだけど、呼べば返事をするし、なでると嬉しそうに頭を擦り付けて来る。かけがえのない存在だ。

 ディートには申し訳ないけれど、引き換えにはできない。
 子供よりもペットを選ぶのか、と非難されるかもしれないけれど。

 私には、小説のキャラクターのディートよりも、自分で卵から孵したドラゴンの方が大切だから。

 それに、ディートが血縁だとしても、ガイウスとメリッサの子供を育てるなんてこと、絶対無理だ。

 私は、善人じゃないから。

「おや、それは薄情だな。君は従姉妹の息子を見捨てるのかい?」

 ロンダリング侯爵の口にする、謂れのない非難に反論する。

「ディートには、血のつながった父親がいますよ?」

 ガイウスが、ディートをきちんと育てるかどうか、不安だけれど。

「それに、侯爵様はディートの血がつながった祖父でしょう? 孫の面倒は、ご自分で見られたらどうですか」

「案外冷たいんだね。でも、君の父親は、どう思うだろう? 血族眼を持った男の子を、育てたいと思うのじゃないかな?」

「それは……」

 父のことを持ち出されたら不安になる。辺境伯家の血族眼を持ったディートは、父にとっては、大切な存在?
 言葉に詰まった私に、侯爵は意地の悪そうな微笑みを向ける。

「血族眼を受け継がなかった娘よりも、将来有望な赤眼の男の子を跡継ぎにしたいんじゃないかな? そう思わないかね」

「全く思わないな!」

 突然、大声が響き、扉がバンっと乱暴に開けられる。

「!」

「お父様!」

 いきなり部屋に入って来たのは、父だった。
 魔物討伐が終わってすぐに、領地から駆け付けてくれたんだ。
 約束を守ってくれた。

 父は、魔物の血でべったりと汚れた鎧を着ている。赤い髪には、赤黒い固まりが、こびりついている。
 着替えをする間も惜しんで、私に会いに来てくれた!

 でも、その姿は、ものすごく、汚い……。

「娘に近づかないでもらおうか」

 どすどす歩いて、私をかばうように前に立ち、ロンダリング侯爵をにらみつける。父が歩いた後には、赤黒い汚れが、べったりとカーペットに落ちている。そして、ぷーんと強烈な、肉が腐ったような匂いが漂ってくる。

 父が、ものすごく臭い。

「おや、もうスタンピードは終わりましたか?」

 魔物も逃げ出しそうなほどの父の眼力で睨まれたのに、公爵は、平然と返答した。さすがラスボスだ。   
 でも、その後、あわてて口元を覆う。漂って来た匂いには、さすがに我慢できなかったようだ。

「終わった。魔物は全て倒したぞ。ところで、目の前にいる人間に化けた魔物も、討伐するべきかな?」

 珍しく父は、かっこいいセリフを言った。鼻が曲がるほど臭いけど。

「なんのことかな? 私は親切心から提案をしてあげたんだがね」

「娘のドラゴンは渡さない。アカは家族の一員だ」

 父は、きっぱりかっこよく侯爵の申し出を断ってくれた。吐きそうなほど臭いけど。

「だが、血族眼だぞ? 貴公の他には、彼しかいない。娘が生む子が、血族眼持ちの男の子だとは限らないのだ。見たところ、その娘は東の血を濃く受け継いでいるようだしな。南の辺境の領主として、取るべき道は決まっているだろう?」

「関係ない。ドラゴンは渡さない。もう帰ってくれ」

「いいのかな? そんな態度で? ドラゴンを渡さなければ、今後、うちの橋を使わせないと言っても?」

「何と言われようが、断る。ドラゴンは家族だ。家族は渡さない。絶対に」

 父は、力強く断言した。
 こうなると、父に意見を変えさせることは不可能だ。それを知ってか、ロンダリング侯爵は、あきらめたようにため息をついて立ち上がる。

「ふっ、南の辺境の民は不幸だな。あの兄の次は、この弟か」

 私の方をちらりと見て、彼は、

「気が変わったら、連絡してくれ。いつでもドラゴンと引き換えにディートを渡そう」
 と言って帰って行った。

 自分の血のつながった孫を、ドラゴンと引き換えにしようとする侯爵に、言いようのない怒りを感じた。
 でも、それと同時に、ディートが不幸になるかもしれないのに、それでもドラゴンを選んだ自分にも、罪悪感を感じた。

 私は、優しい人じゃない。それに、強くもない。
 だから仕方ないのだと自分に言い訳をするしかなかった。
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