空白の叙事録〜誰が忘れた罪禍の記憶〜

羽月明香

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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】

12 良い夜を

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 何かがトゥリアの上に影を落としたのではなく、照明の放っていた光の量自体が減っている事に気付く。

「魔力切れかな」
「うん?日が暮れて、眠る時間」
「・・・えっと?」

 部屋を照らしていた、照明の魔法道具に込められていた力が切れかけているのだと思ったトゥリアの言葉だったが、それに対すると思われるフィンの返答らしき言葉は意味が分からなかった。
 そんなトゥリアの状態を察してくれたのか、フィンはもう一度口を開く。

「場所を日の光が通過する。光の量が一定を下回る。それが寝る時間」
「・・・・・・」

 言葉を追加しての説明と思われるもの。けれど、それもまた終わってしまい、トゥリアはやはり考えなければいけないらしい。
 フィンのしてくれた説明を理解しようと、眉根を寄せ、薄暗い室内をぼんやりとした眼差しで眺め、見詰めるていると、その思考は、部屋の明るさに比例して行くかのように、深く意識の底へと向かって行く。

 魔法道具とは媒体となるものに、“刻印”を用いて魔法の力を定着させ、その力を定着させた核となるものをベースに、必要としている効果を発揮させるようにした道具の事だ。
 魔法由来である為に、本来ならイージスの森では効果を発揮しない筈なのだが、ここでも、その常識は仕事をしていないらしいと、そうトゥリアは困ったようにだが笑ってしまう。

「宿屋の部屋の照明とかだと、光か火の効果を発揮する魔法を刻んだ結晶系の核石に、特定の言葉で点灯と消灯を指示できる仕組みのものがあったりするんだけど、そんな感じかなのかな?」

 薄ぼんやりとした光を湛えるのみとなった頭上の結晶を見上げ、トゥリアは首を傾げた。

 光を発しているのは、掘り出したか、削り出して来たままの原石を思わせるごつごととした鉱石で、その大きさは両手の平に収まる程だろうか。
 そんな形の様子もあって、加工してあるようには見えない結晶の状態に、トゥリアはそれが、天然の発光鉱物だとも考えたのだが、フィンの端的な口ぶりから察するにも、少し違うのかもしれないと思い、もう少し考えてみる事にした。

「一つだった石は共鳴する。これは欠片で、親石の状態を受けて光り方は変わる。分かる?」

 考え込んでしまっていたトゥリアの様子に、フィンもまた説明を考えてくれていたのだろう。
 続けられる言葉の後に、こてんと擬音が聞こえて来そうな感じで首を傾げるフィンの挙動をトゥリアは見てしまった。

「・・・・・・」
「うん?」

 全ての思考が吹っ飛んでいた。
 見とれたトゥリアの沈黙だったが、フィンの小首を傾げる仕種が追い討ちとなりながらも、固まるトゥリアを我へと返す。
 衝撃が更なる衝撃に突き抜け、変に冷静な感じで落ち着いてしまった状態とでも言うべきだろうか。

「・・・どこか別の場所にある、もともとの石の、その時々の状態で、ここにあるカケラの光り方が変化する、ってことで良いのかな!」

 平静を装い、半ば以上の早口になってしまったが、トゥリアはどうにか先程まで自分が考えていたことを引っ張り出す事に成功した。
 
 この瞬間のトゥリアは、薄暗くなっている部屋の状況に心の底から感謝していた。
 赤く上気した自分の顔がフィンには分からなかったであろう幸運を噛み締めながら、けれど、その薄暗がりこそが、そもそもの原因だと、自分でもしょうもないと思う思考を迷走させ続けている。

 フィンの可愛さを引き立てる仕種がトゥリアを混乱させていた。
 フィンは綺麗だった。周囲の光の量が抑えられると、その残された僅かな光をフィンの白金の髪が受けて宿し、薄暗がりの中、神秘的な美しさとなる。そして、そこに仕種による可愛さが加わり最強だと思った。

(ライがいないのが悔やまれるなんて!)

 ここにはいない、いたら絶対に今のトゥリアの思いを、トゥリア以上に分かってくれるであろう相手を心の中で呼ぶ。
 そんなフィンを見てしまったが為の、トゥリアの顔の赤さは誤魔化せたと思う。もっとも、最後の最後で、喋る声が上ずってしまい、すべてが台無しになってしまっていたのだが、まぁその辺りは、安定のフィンのおかげで大丈夫だったと言っておこう。

「良いと思う」
「そっか、・・・うん、教えてくれてありがとう」

 思考を切り替える為に、瞬きする目を一度、気にされない程度に少しだけ長く瞑り、開く。
 つまりは、トゥリアが途中で考えた通り、光を発している頭上の石は、魔法道具等ではなく、そう言う性質を持った鉱物と言う事なのだ。
 ただ、お礼を告げながらも、トゥリアには気になる事があった。
 冒険者アースウォーカーとして各地を回っているトゥリアだが、フィンが言うような性質を持った鉱物について、噂レベルの話しですらも聞いた事がなかったのだ。

(イージスの森、特有の知られていない素材だったりするのかな?)

 新しい発見への期待と興味。そして、利益への臭覚。
 見上げる鉱石が発している、仄かな光の淡い色合いは瞳に優しく、照らす者を眠りに誘っているかのような気さえさせる。
 自然と瞼は落ちかけ、けれど、それではいけないとトゥリアは瞬きを繰り返した。
 気分を変えるためにも、鉱石の事をもう少し詳しく聞けないものかと、トゥリアは天井付近から視線を下ろして行く。
 そして、先程とは違う理由で瞬きを繰り返す事になった。
 トゥリアの見詰める先、またも、いた筈の場所からフィンの姿がなくなっていたのだ。
 一瞬にして目が覚めた。
 会話の為に口を開くのではなく、トゥリアは驚きのあまり目を見開く。

 今の今まで、フィンは端的ではあったが、トゥリアと会話をしてくれていた筈なのだ。

「フィン?」

 呼び掛けながらも見回してみるが、先程とは異なり、フィンの姿は部屋の何処にもなかった。

「興味のない話しをして、あきれさせちゃったかな?」

 困ったように微苦笑するトゥリアは、そんな事を呟きながらも再度部屋を見回した。
 死角等ないに等しい室内。フィンの姿が何処にもないのは一目瞭然で、どうしたものかとトゥリアは考える。

 フィンはトゥリアの話しを聞いていてくれた。質問には答え、説明に言葉を選ぶ配慮まであった。
 けれど、フィンがトゥリア自身の事を聞いて来る事はなかった。
 トゥリアは自分の事を話しているようで、その実、現状に至るまでの事をなにも説明してはいなかったのにだ。

 トゥリアが優先させたのは、トゥリア自身の欲求で、そして、トゥリアが望み、探していたのはフィンとの繋がりだった。

「そっか、僕は、あの子のことを・・・」

 短い思考で自身を省みるトゥリアが、そこまでを声に出して呟くと、その先に続く言葉は飲み込んで、かわりに淡く微笑みを浮かべた。
 その微笑みを見るものがいたなら、切なさすらも感じさせる、今にも泣き出しそうな顔だと思ったかもしれない。そんな不思議な微笑だった。

「見つけた・・・って、でも、それは僕の方かもしれない」
「見付けた?」
「うん、僕の旅する目的って言うか、冒険者アースウォーカーをやっている理由かな」

 死んだと思った、あの最後の瞬間に聞いた筈の言葉。
 “見付けた”と、あの時にトゥリアが聞いた言葉を呟いた時、途切れていたフィンの反応が返されて来て、けれどトゥリアもまた何事もなくその反応へと会話を続けていった。

「僕にはね、四年ぐらい前のある日以前の記憶がないんだ」
「うん?」

 奥のドアの向こうに行っていたのか、ドアの開閉の音こそしなかったが、フィンはそこに立っていた。
  右腕にかけるようにして持っているのはブランケットだろうか。

「でも、そのない筈の記憶の中にだと思うんだけど、断片的にもフラッシュバックする“いつか”、があるんだ」
「いつか?」
「わからないんだ、あれがいつで、あの子がどこにいるのか」

 探す為に、トゥリアは世界中を回る事が出来て、あらゆる情報が飛び交い、その情報に触れる事の出来る、冒険者と言う職を選んだのだ。

 告げながら、トゥリアはドアの前に佇むフィンを見詰めた。

「記憶のない何時か、探している誰かで何処か。それがトゥリア?」
「そう、なのかな」

 曖昧に笑う。そんなトゥリアの眼前に、濃い茶色のもふもふが付き出される。
 それが、フィンの手にしていたブランケットとおぼしきものだと気付いた時には、反射的に受け取っていた。
 もふっと指が埋もれるような柔らかさと、そのまま零れ落ちてしまうのではないかとトゥリアが慌てる程のすべすべとした感触。

「奥の手前の部屋を、お休みなさい。良い夜と静かなる夢を」
「おやすみ、え?」

 なんとなく予想は出来ていたが、返事をしてしまい、手にしたもふもふからはっとトゥリアが顔を上げた時には、既にフィンの姿は部屋の何処にもなかった。

「・・・よい夜、か。それにしても、手触りが、もふっとして、すごいな」

 もう、それしか言うべき事がないとでも言うかのように、そうして手の中のもふもふに指を埋めながら、トゥリアはフィンの消えていったであろうドアを表情なく見詰めていた。
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