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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】

11 名前の意味

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「ライのあれも、同じなのかな」

 呟くトゥリアは、黒鉄色の散弾銃ショットガンを片手に佇み、不満げな表情を浮かべているライの様子を思い出していた。 
 エレクトロブレッド試作Ⅱ型とか言ったあの一撃の光は、思い出そうとすると、未だにトゥリアの視界を焼く程の衝撃があった。

 合図用の照明弾等、特殊な弾もライは常備していたが、通常の弾丸に、あんな攻撃的な効果はない。
 特殊な銃弾にそう言った効果の得られる波動パルスを凝縮したか、または、あの光や衝撃を魔法的な現象として起こせるだけの材料を要因として揃えていたのか、普通の魔法士等が扱う直接的な力の使い方とは違うらしいのだが、ライはあのように、銃を媒体として魔法を使う事を得意としているのだ。

「ライは魔法士?私と同じ」
「魔法は使えるよ。普通の魔法は得意ではないみたいだけど、それでも、かなり高い威力の魔法由来の力が使えているかな・・・うん、でもこの話しはここまでにしよう。知識のない僕じゃわからないことだらけだ」

 はぐらかすようになってしまったが、トゥリアは話題を切る事にした。
 実際に今のトゥリアには分からない事だらけで、幾つかの予想が立てられたとしても、明確な答えには辿り着けないと思ったのだ。

 だが、そうは思っても実のところ、トゥリアは魔法と言うものに対しては一般的かそれ以上の知識ぐらいは持っていた。
 冒険者として、戦う事に日常的な面がある活動をしているのだから、対魔法使い戦を想定もするし、それなりの交戦経験もある。
 自分が魔法を使えないからと言って、知らないで済ます事は寿命を縮める事に繋がりかねないのだから、必要最低限の勉強はしているのだ。
 だから、本当はトゥリアの立てる予想にはそれなりの意味があったのかもしれない。

「知っていても、わからないことって、いろいろ重要だったりするから」

 トゥリアにない知識は魔法の使い手だけに分かるであろう感覚的な部分の事だった。そこが分からないトゥリアでは、結局のところ、考えても答えが出なさそうだったのも本当で、そこに、話題がライと言う個人へと向きかけ、本人のいないところで、その技術について喋ってしまうのも駄目だと自制した事からもやはり、トゥリアは話題の継続を断念するのだ。

「ん、大丈夫なら大丈夫」
「ありがとう」

 素っ気ないと感じてしまう程にあっさりと、フィンは全ての話題から興味を失う感じで、何本目かのハニーバーへと手を伸ばしていた。

 ライについての追及がなかった事もそうだが、そもそも、この話題は、フィンがトゥリアの様子を気にさせてしまったからの流れだった。だから、トゥリアは浮かべる笑顔に、心配してくれたであろう事を感謝して、そんなフィンへとお礼だけを告げるのだ。

「気にしたのは私」

 小さくかじったハニーバーに、小首を傾げる姿は、その表情に欠けてしまっている部分もあいまり、警戒しながらも懸命に餌を頬張る栗鼠等の小動物を思わせ、愛らしいと言う感情をトゥリアへと抱かせる。
 そして告げられる言葉は、自分が勝手に気にした事だから、トゥリアにお礼を言われる事でもないと考えているのが分かるようで、重ねてトゥリアは笑みを深めてしまった。

「でも、ありがとうなんだ」
「そう」

 表情に変化があった訳ではないが、どこか困惑を思わせる返事で、けれど、そう言うものなのかと受け入れてくれる反応だと思った。
 なんとなくだが、言葉を交わす内に、トゥリアにはフィンの心の機微に触れることがあるような気がする時があったのだ。

「気のせいかもしれないんだけどね」
「ん?」
「ううん、なんでもない」

 声に出してしまい、返される反応に何でもないとトゥリアは答える。
 それで 、本当にそこまでの話題は終わりになった。


 二本目のハニーバーを中程まで食べ進め、追加で入れて貰ったお茶を一口飲む。 
 既に三杯目のお茶だったが、ハニーバーとは逆に、不思議とお腹に溜まる感じがしないこのお茶は、喋っている事もあり、するすると飲めてしまうのだ。


「・・・四節の名前」

 手にしたカップの中で、揺れる水面を見ながら、トゥリアは少しだけ眉根を寄せるようにして呟いた。

「四節?」
「うん、フィンの名前のことを少し考えていたんだけどね」
「名前?フィン?」

 自分の名前はフィンだけど、違うのかと、そう言いたげな反応だった。

「う~ん、フィン・セレファイスそれが基本の名前なんだと思うんだけど、二節目のアスティルと四節目のセフィリアシスの部分が気になった感じなのかな」

 首を傾げるフィンへと、トゥリアは曖昧に笑いかけ、パキリと小気味良い音を立ててハニーバーをもう一齧りする。
 口の中の一欠片を口内の温度で溶かすようして食べる時間で、トゥリアは自分の思った事を纏めようと考えていた。

 この世界の一般的な名前の構成は、名前の最初、単語の一節目に個人の名前が来て、二節目に血族や所属等の、繋がりとしての名前が来ている筈だった。
 家名や組織等を示す所属。何々家の誰、何処何処に務めを持つ誰と言う、そんな意味合いが基本の形になる。
 仮に孤児だったとすれば、個人の名前の次に来る所属としての名前にあたるのは、保護され町や、施設の名前と言う事になる。
 フィンがこの子自身の名前なら、セレファイスはフィンの家族や所属していた場所の名前の筈だった。

「セレファイスのフィン、そこに象徴が増えると、個人と所属の間に象徴を示す名前が二節目として追加される」
「象徴の二節目?」
「そう、違う時もあるけれど、三節の名前を持つ人の二節目にあたるのはだいたい象徴を意味する名前。これは、誰もが持つものじゃなくて、その人を性質を表すものやその人自身の本質が兆しとして発現したものなんて言われてる」
「兆しの、発現」

 一つの単語を発するとともに瞬きを繰り返すフィンの様子。
 そんなフィンの反応を窺いながら、トゥリアは口の中の甘さの余韻をお茶で流し、ついでに喉を湿らせる。
 僅かに傾げられた首でトゥリアをみるフィンの眼差しに、トゥリアはこの先をどう伝えたものかと考えながらも口を開き言葉を続けていった。

「兆しの発現って言うのは、分かりやすいものだと教会の啓示とかだと思う。なにかお告げがあるらしいんだけどね。あとほかには職業や階級なんかを示すものが普通になっている感じでもあるんだ」
「・・・ノクス」

 呟かれたその言葉にトゥリアは僅かに目を見開く。
 フィン自身の名前であるアスティルではなく、トゥリアの名前であるノクス。
 目を見張るようにして、トゥリアはフィンを見詰め、そしてふわりとした笑みにその表情を変えていった。

「僕の名前だね。トゥリア・ノクス・カイヤナイト」

 フィンに告げたトゥリアの名前。
 名乗ったのはトゥリア自身で、けれど、フィンが呼んでくれるとは思っていなかった為の驚きだった。
 さっきの今の事で、交わした言葉があり、けれど、それでもフィンの視界に自分が映っているのかすらトゥリアには不安になる事があるのだ。

「ねえ、フィン」
「うん?」
「あとね、今では、名前の二節目には、魔法を使う人たちが、自分の代名詞となる属性を入れていたり、名の知られた剣士が自らの扱う武器の名前や、技名を入れていたりすることもあるんだ」

 フィンの端的な言葉に、トゥリアは説明を足して言葉を続ける。
 名前の二節目は今ではある種の役職名である事が、正式なところだとトゥリアは聞いていた。
 神官や役人等の職業から、咎人等の罪歴を示す名前が入る事もあると。
 けれど、正式にはそうでも一般的には少し変わって来ているのだ。

「自己ピーアール、自分はこれが得意なんだ、自慢にしているって感じかな」

 冒険者等に多いのがこの自称二つ名。
 功績に応じて周りからの評価で呼ばれるようになる二つ名ではなく、自分で自分を表明する手段としての活用に用いられる名前。

「ノクス・・・“夜”」

 囁くような声音が告げる。
 予想はしていて、だからトゥリアはその顔に笑みを浮かべたままでいられた。

「ノクス、とても古い言葉で意味は“夜”、フィンは知っていたんだね」 

 そうではないかなと思っていた。
 『黒い獣、夜闇の獣、夜・・・夜(ノクス)』
 そう呟くフィンの言葉をトゥリアは敢えて聞き流していた。
 知られていた驚きがなかった訳ではないが、知っているのではないかとの予感は何処かにあった。
 けれど、その意味までは分かってしまっているのかとトゥリアは考える。
 “夜”を名前の二節目に頂くと言うその理由を。

「職業、自分、兆し」

 フィンは考えているのかもしれなかった。
 端的に言葉を紬ぎ、トゥリアを映す瞳。
 多分だが意味が分からないのだろう。それはそうだとトゥリアも思う。思い、同時にどこかで安堵している自分に気付き、フィンへと向ける笑みへと淡いものを滲ませてしまう。

 トゥリア自身の説明から当てはめてみるが、“夜”が職業とか、“夜”が自分のアピールだとか意味が分からず、兆しと言うのは、そもそもの内容すらも捉え難い。

「夜・・・夜(ノクス)の色」

 フィンの綴る言葉があり、その答え合わせのようにトゥリアは自分の前髪を一摘み持ち上げて見せると、自身もまた上目使いにその髪色を見た。
 自分につけられた名前の由来を示す黒色の髪を。

「うん難しく考えるまでもなく、この黒色の髪色が名前の由来。わかりやすくっていいだろってライがね」
「夜と黒色は違うよ」
「え?」

 特に深い意味はないんだよと、軽く笑うトゥリアは、けれど、フィンの告げる違うと言う言葉に戸惑い硬直する。

「トゥリアの髪は夜の色。うん、でも、黒色は違う」

 重ねられるフィンの言葉。
 髪を持っていた手を下ろし、トゥリアは見返すフィンの眼差しに首を傾げた。
 夜の色と言われて、トゥリアは黒色を思い浮かべていた。トゥリアだけでなく、多くの人がそう答えるのではないかと思う。
 けれど、フィンは違うと言った。
 
「夜は、黒色じゃない・・・?」

 違うと言い、なのに黒色の髪色を持つトゥリアをフィンは夜の色だと言った。
 単純に、月や星の金や銀色を夜の色と言いたい訳ではないらしいのだが、どう言う事なのだろうか。

「あ・・・」

 フィンの微かな声。
 その声に前後するかのように、トゥリアの視界か急に陰った。 
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