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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
27 ガーデンスライム
しおりを挟む「行きたい場所?」
「行きたいって言うより、行かないといけない場所かな」
「ライは?」
「うん、そうなんだけれど、あれを手放したままではだめなんだ、探さないといけない」
トゥリアが告げると、フィンは見返すトゥリアの顔へと首を傾げた。
「トゥリアはどうしてもいかないといけない、でも行くと見付かる?」
「見つかるかどうかじゃなくて、でも、見つけるから」
見付けられるのかと捉えたフィンの言葉に、トゥリアはただ自身の望みだけを告げる。
現実的考えて難しいと判断されれば、もっともだとトゥリア自身もそう思うだろう。広大なイージスの森の何処かにある筈のただ一本、探索にかかる手間と、その為に取らざるを得ない行動へのそもそもの危険性が計り知れないのだ。
けれどトゥリアは、何を探すのかでも、何故探さないといけないのかを説明するでもなく、ただ見付けるとその決定事項だけを言葉にした。
「ん、どうしてもがトゥリアの意思。なら見付からない為に、見付けられない為に、伯爵を喚んでも難しいかな」
「伯爵?フィン?見つかるってどういう・・・」
何かがズレている。そんな気がした。
フィンの呟きは、自身の思考の断片を言葉として綴っているだけであるかのような独白に近いのかもしれないとトゥリアは思った。
トゥリアの最後まで続かない疑問の言葉。それは、何等かの行動を起こそうとしているらしいフィン動きに、一先ず成り行きを見守るべきかとの判断からであり、見付かると、その一言の意味が気になったからでもあった。
(見つける。見つかる。僕が僕の捜し物をって言う感じじゃなくて、たぶん、でも、なんだろう)
フィンを見詰めながらもトゥリアは考えていた。
「力ある水と魔核晶の媒体、音に水精を招き、眠りを覚ます」
そんな詞とともに、翻すようにフィンにより振られた左手から幾つかの光の欠片が零れ落ちて行った。
ぽちゃんぽちゃんと水面に沈む何等かの結晶片。そしてフィンが水面へと触れさせる左手の人差し指に、リーンと鈴か楽器の弦をつま弾いたかのような、耳朶を打つ澄んだ響きが広がって行く。
「伯爵?」
瞬かせる双眸に、トゥリアは先程のフィンの呟きの一つを拾い上げ尋ねる響きへと変えた。
「ううん、スライム」
「・・・スライム?え?」
一瞬自分は何を聞いたのかと疑う自身の耳に、遅れた反応にもトゥリアは聞いた言葉をそのまま反駁する。
トゥリアの知るスライムとは、多くは水辺等で淀んだパルスが凝縮すると発生する、不定形で粘性ある魔法生物の総称の筈だった。
どろどろぬるぬるした性状、例えば、粘土や泥などの無機物やある種の滑りを纏う生き物等が分泌している生物的な粘液、それらの複合体に、一定以上のパルスが影響を与えると核が生じ生物として動き出すのだ。
発生初期の個体ならば知能はなく、周囲の物質を無差別に消化吸収しながら動き回るだけであり、倒すにしても石などを投げつけて核となっている部分を破壊してしまえばもとの粘液に戻る為、大量発生でもしない限り問題になる事はない。
けれど、様々なものの分解吸収を繰り返し、それなりの月日を経てしまった個体には毒や衝撃耐性等の厄介な性質が宿る事もあり、一重に単純な相手とも言い難い。そんな生き物がスライムなのだ。
「スライム?なんでスライム?」
思い出してみるスライムの性質に、けれど何故今その名称がフィンの口から発せられたのだろうかとトゥリアは首を傾げてしまう。
ぽちゃん、ぽちゃんと、先程聞いた音が繰り返され、トゥリアの意識は引き戻される。
「・・・はい?」
間の抜けたと自分でも思う声を上げ、視界へと入れている光景にトゥリアは目を瞬かせた。
ぽちゃんと今度のそれは、フィンが水面へと何かを投じた為に生じた音ではなかった。
波打つ水面。そこには、水の流れに沿って落下し、立てた水跳ねの音から岸辺へと這い上がって来ているぷにぷにとした不定形の生き物“達”がいたのだ。
「スライム・・・?」
一匹ではなく、二匹三匹と、その不定形生物、まごうことなきスライムが水辺から姿を表し陸地へと這い上がって来ている。
四匹、五匹と何となく数え、そして、最終的にその数は十一匹になっていた。
「うん?」
「フィン?」
不思議そうな声を上げ、フィンはスライム達を見ている。
フィンの足もとへと集い、小刻みに身体を震わせている、限りなく透明に近い水色のとろけかけた饅頭形の生き物。
一匹一匹は両手の平を並べれば、はみ出る事なく収まるであろうサイズで、それが十一匹いると言う奇妙な?光景をトゥリアは眺め見ている。
「ヴィー?」
それは名前なのだろう。呆然とする意識の片隅で何となくトゥリアは思った。
そんな事態に付いて行けていないトゥリアの様子は気にも止められる事なく、フィンはただその名前を呼んだのだ。
そして、そう呼ばれるタイミングを待っていたかのように、一抱え程の水が流れの中から持ち上がり、フィンの前へと這い進んで来た。
ーる~るるるー
「鳴き声?!」
思わずと言ったようにトゥリアは声を上げてしまった。
その響きには、水中で音が伝わる途中であるかのような独特ば響きがあり、最後に姿を現した、他の個体の三倍の大きさがあるであろうそいつは、小刻みに震わせる全身にフィンへと何事かを告げているように見える。
「スライム?うーんスライムに声帯はないはずだから鳴き声はちがうのかな?スライムはスライムなんだろうけど、一般的なのよりずっと透明に近くて、きれいだし悪臭もしない。そもそも、大きいよね、その子」
形はトゥリアの知るスライムそのままで、けれど、色合いや臭い等がトゥリアの知るスライムとは全く違っていた。
そもそもが、淀みの集合から生じるスライムは、色合いはもっとずっと濁っていて、かなり酷い悪臭を放っているのが普通なのだ。
そして最後に登場した一匹に関しては、その大きさからして可笑しいのだが、それでもスライムなのだろうとそのぷよぷよ感にトゥリアは思う。
「ここの水から生まれたから、ってことなのかな?」
「しばらく、よろしくヴィー」
ーるる!ー
そんな事を呟くとフィンは大きなスライム、(ヴィーと言うらしい)の上部を二回程、軽く指先でなぞるように撫でた。
そして、それは了解とでも言っているかのような響きの鳴き声?で、やはりスライムがどの様にその声(音)?を発しているのかと、トゥリアはまじまじとヴィーの姿を見てしまう。
ふにふに、うにうに、トゥリアの足もとを、ヴィーを始めとしたスライム達が這いずって行く。
シュワっと、スライムの一匹が乗った草が溶けて消えた。そして、透明に近かったスライムの体が草の色合いに僅かに染まる。
「分解吸収、やっぱりスライムなんだ。これは畑の手入れをしてる?」
香草や野菜以外の雑草等を的確に処理し、這って移動する事で土に水気をもたらしてもいるらしいスライム達。
眺めていたスライム達のそれぞれの動きに、トゥリアはそう思い至り目を瞬かせた。
「生まれたばかりのスライムに意思と呼べるようなものはないはずなんだけど、あのヴィーって子だけじゃなくて、みんなフィンの指示で動いてるってこと?」
「ヴィーはスライムだけど精霊に近い子」
「精霊?魔物じゃなくて?」
「他の子等は、そのヴィーの分裂個体。核晶からいつの間にか分かれるようになっていて、助かってる」
「たすかって、て、えぇ?」
畑の手入れを手伝ってくれるスライム。
確かに一人で暮らしているらしいフィンなら助かると言う反応になるのかもしれないのだが、手伝うと言う行動や、いつの間にか増えていたと言う状態に何かもう少し思う事はないのだろうかと、トゥリアは頭を抱えたくなっていた。
「トゥリアは影竜を倒せる?」
「影竜?」
「デミ・アポピスとかアプスは?」
「デミ・アポピス?それにアプス?!ちょっと待ってフィン、それはどう言う?」
突然の質問だったが、嫌な予感がした。
けれどトゥリアは敢えて意識した緩やかな口調で尋ね返す。勿論、慎重にだ。
今フィンがあげた名前は、どれも災害級かそれに類する魔物の名前だった。
災害級、文字通り一度人里に出現すれば人智の及ばない天災レベルの被害が出ると言われる魔物達の名前。それを討伐するとなれば、冒険者ならば、討伐を専門にする者達の最上位者のパーティ。或いは“王”かその直下で指揮をとる者等が直々に出向かなければならないような事態になる。
「・・・やっぱりカルクリノラスを喚ぶよ」
「カクリノラス?って、え、」
ー小さな鍵の約定に 貴方が紋章以て乞う カルクリノラスー
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