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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
37 合流
しおりを挟むー・・・ア・・・リア・・・ッリ・・・・・・トゥリア!!」
意識と無意識。反射と思考。
夢から覚める直前のような、あるいは深い眠りから覚めた直後のような、そんな曖昧で鈍くもある感覚。
耳の奥に響きを残す音は断片でしかなく、けれど何度も聞かされ、一音一音が連なって行く事で、それは意味を持ち始める。
あの瞬間に視界を染めたのは流された血の赤色ではなく赫怒の灼熱だった。
そして、何かが芽生え始めていた筈の心は、暗澹とした仄暗い闇に呑まれるようにして蝕まれ、虚無の闇へと凍てついた。
闇を見詰め、闇に見詰められる。そうして不意に気付いた、呼ばれていると。
※ ※ ※
「取りあえずは、一発撃たれとけ」
「・・・は?」
上げる顔に疑問を言葉として発した。その時にはトゥリアは向けられて、既に照準を定め終えている銃口を認識していた。
引かれる引き金。その指の動き、避けられないと、そう判断するトゥリアは足から力を抜き、尻餅をつくかのようにその場へと座り込んでしまう。
そんな行動に前後するように銃声は耳を劈いた。
トゥリアの頭上で、回避の間にあわなかった黒髪数本を、巻き込む空気共々に引き千切り銃弾が通過する。
行動が一瞬遅れれば、間違いなく頭部を撃ち抜いていたであろう弾道に、トゥリアは目を瞬かせ、そして苦笑した。
追撃に備え、そのまま直ぐに立ち上がるべきだったのにも関わらずそうしなかったのは、そもそもその必要がないと分かっていたからだった。
突如銃撃された事で、腰が抜けているとか、足に力が入らずへたり込んでしまっていると言うようなものではなく、攻撃されると殺意にも似た感覚が自分の意識に触れたその刹那、行動として取れるのはその回避の仕方だけだと、そう判断した為の結果が今であり、そもそも自身がどうなろうと、今トゥリアが腕に抱く“それ”は、トゥリア自身の行動にとって、それ程に意味があるものだったから。
「・・・はぁ、で?」
「うん?」
「どーいうじょうきょーだ?」
やはり二撃目はなく、代わりとでも言うように溜息によって疲れをこれでもかと全面に押し出し、口調すらも乱れさせていたが、けれどそれは何処か詰問の響きを思わせる問いかけだった。
そんな問いを、前置きと言うには余りにも物騒なやり取りの後、何でもない事のように口にする。そこには跳ねた金髪を何時もの三割増しで乱れさせ、もとからあまり良くない目付きを更に悪くして、剣呑な光すらも宿らせてトゥリアを見るライの存在があった。
「今のブザマな避け方、ソレのせいだろうがナニを持ってやがンのか、ンで、なンでその剣をオマエが持ってた?つーかなンでコレがこンなトコにある?そう言ったモロモロ、ゼンブ」
分かってんだろ?と言わんばかりに並べられて行く幾つかの質問。
けれど、最後に諸々や全部と投げやりな口調で続いた事で、トゥリアはライが聞きたい事は実際に問いかけて来た分だけではないのだと気付いていた。
「この子はフィン、僕のさがし人だよライ」
「・・・探し?」
トゥリアの腕の中には華奢な少女の身体が抱かれており、落ちた前髪の奥で閉ざされた目蓋と、トゥリアの胸に凭れかかり、力の抜けきった四肢の状態から、意識がないのだと察する事が出来るだろう。
この状態が、先程の回避と呼ぶ事すらも躊躇われる尻餅の理由なのだった。
幾らフィンが小柄で、華奢としか感じられないような身体つきでしかなくとも、意識のない人間の身体は、それなりの重さがある。何処かへの回避ではなく倒れる勢いを利用して、射線から逃れるそれだけでトゥリアには精一杯だったのだ。
怪訝そうに、何を言われたのか分からないと言うように、ライは地面へと座り込んだままのトゥリアの腕の中を見詰める。
そして、瞬かせた双眸が徐々に見開かれて行く。その変化をトゥリアは見ていた。
「オイ、オイオイオイ」
呆然とした表情でライの紫の眸が凝視する先。発せられるその上擦った声音と、繰り返される同じ言葉がライの感じている動揺の大きさを露にしているようだった。
そんなライの様子をトゥリアは当然だよねと思いながらも、穏やかな笑みと共に受け入れる。
トゥリアの探し人。その意味をトゥリアと一緒に旅してきたライは誰よりも知っていてくれたのだから。
ライと旅を始めたその時。それよりもずっと前からトゥリアはたった一人を探し続けていたのだ。その相手がこの子であると伝えられ、突然の邂逅となったのだから驚くのも無理はないとそう思っていた。
「カ・・・」
「か?」
ライが呻くように発した一音だけの音を繰り返しながら、トゥリアは不思議そうに首を傾げる。
「カワイイ」
「う、ん?」
茫然と呟かれたその一言に、トゥリアが返事とも言い難い曖昧な反応を返した瞬間だった。
「カワイイ!!めっちゃカワイイ!フィンちゃんだっけ?は?ナニ?はぁ?!」
突如叫んだライは、大興奮の大混乱だった。そして、トゥリアの探し人発言には全く関係がなかった。寧ろ、ライの反応を見るに聞いていたのかも怪しのではないだろうかと思わせる程だ。
「なンだお前!なンなンだ、はぁ?」
「えっと?」
「・・・と、いっしょ」
「ライ・・・?」
一頻り興奮を露にした後、すんっと、不意に表情を消したライが何事かを呟くが、その直前までとの態度の落差に、トゥリアはその言葉を聞き取る事が出来なかった。
唐突な変化にライの顔面から表情と言う表情が抜け落ち、トゥリアを戸惑わせるが、紫色の眸の中で金の閃きが暗く澱んだ色合いに不穏な雰囲気を醸し出している事に気が付き、見詰められたトゥリアの背筋を緩やかに悪寒とも言うべきものが這い上がって来る。
「オレが、なン日もイージスなンてヤバい場所をさ迷ってる間、オマエはカワイイ子と一緒」
「うん?」
開く口が平坦な口調で告げる言葉にトゥリアは思わず疑問を返してしまったが、ライは気にす事なく、続ける言葉を、やはり感情の変化に乏しく言い並べて行く。
「イヤがりまくるティガのヤツを引っ張って来て、ヤバいヤツ等の相手をしてる時に、オマエはそんなカワイイ子とずぅーと一緒にいた」
「う、ん?」
「約束なンぞを思い出して、オマエをヤんなきゃなンねぇのかとかオレが考えてる間、オマエは・・・うがぁッッッ!!!」
「ライ?!」
滔々とした語り口調から、空へと向け突然叫ぶ、寧ろ咆哮するライをトゥリアは唖然と見詰めていた。
意味が分からない。ライが何を言いたいのか分からなくて、トゥリアはただ青い双眸を瞬かせる。
それでも分からないなりに、言わないといけない事があるのだとトゥリアは思い、どうにか一つ頷くと口を開いた。
「ライ、僕を探してくれれありがとう。それで、事後承諾になっちゃうのだけど、フィンといっしょに行くことにしんだ」
「そーいうトコ、オマエのそういう・・・行く、だと?」
踏み締めた地面へ、そのまま地団駄を踏むかと思われた足が殊更ゆっくりと下ろされて行くような様子。
聞いてはいたらしい。叫びからの一転、瞬き一回分の沈黙は長くはなく、そうして、低く押さえられた声でトゥリアへと聞き返して来る短い言葉があった。
腕の中を見ていたトゥリア。だからその時のライの表情をトゥリアは知らない。
「そう。パーティ登録してもよいかな?」
「・・・はぁ?」
続いたトゥリアの申し出が飲み込めないのか、ライの疑問を呈した反応。
冒険者としてギルドに登録している者達が、一人では達成が難しい依頼をこなす為に、共に行動し協力しあう。
そういった複数人で事にあたって行く為のグループをパーティと言い、固定のパーティとしてギルドに登録する事で、個人で活動するよりも幅広い依頼が受けられるようになったりもする。
仲間の技能による汎用性等のメリット、報酬が山分けされる事による揉め事等のデメリット。色々あるが、現在トゥリアとライは固定のパーティとしてギルドに登録していた。
トゥリアとしてはそのパーティにフィンを加えたいとそう言った申し出だったのだ。
「パーティ、っつたら冒険者の?」
フィンと冒険者と言う言葉がそもそも結びつかないと言ったライの呟き。
「あまりよく分からなかったんだけど、僕とフィンがいっしょにいたって言うのが気になってるんだよね?パーティに入ってもらえばライもいっしょにいられると思うんだけど、どうかな?」
そうトゥリアが説明した時、ライの鋭い双眸がカッと音がしそうな程に見開かれた。
それは、色々と納得したと言うより、重要な唯一、その一言が全ての理解を凌駕したと、そんな瞬間だった。
「フィンちゃんと一緒」
「ライ?」
「カワイイ女のコのパーティ入り、トゥリア」
徐にトゥリアを呼ぶライの真剣な眼差しに、トゥリアはただ瞬きを返し、困惑を浮かべた表情で見返した。
そんなトゥリアの様子を気にした様子も、まして気付いた様子もなく、ライは口を開く。
「トゥリア、でかした!」
ライの歓声とこれでもかと言う程の良い笑顔。
その反応をもう一度瞬きしながらも視界におさめたトゥリアは、ふっと口もとを綻ばせると、ほのほのと言った効果音が付きそうな微笑みで笑った。
「ふふ」
どうやらOKらしいと、浮かべた微笑みのままトゥリアは自らの腕の中へと視線を落とす。
閉じたままの瞼はそのままで、外傷がないであろう事は見える範囲だけだが確認していた。
その呼吸は穏やかで規則的なままだった。
昏睡している訳でもなさそうで、呼び掛ければ直ぐに目を覚ますのではないかとすら思うのに、間近で交わされているトゥリアとライの会話では目を覚ます様子のないまま。
「ただ寝てるって感じだが、・・・あてられたか?」
その言葉にトゥリアが再び顔を上げると、ライが“ソレ”を見ていた。
視界に入っていたが、敢えて直視しないでいたであろうモノ。若干の諦めをその表情に、けれどトゥリアはライの双眸が鋭い閃きを湛えたまま“ソレ”を見ている事に気付いていた。
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