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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
間奏 紫雷突撃(2020.10.1修正)
しおりを挟む2020.10.1、言い回し等を少々修正致しましたが内容等に明確な追加や変更はありません。(謝意)
※ ※ ※
悍ましい。その気配を一言で告げるならこの言葉に尽きるだろう。
纏わりつく程の悪意を破壊衝動で煮詰め、愉悦とともに発露させる。
自らが自らの視界へと齎す殺戮の光景に酔いながらも、一方でそれを単調な作業のようにして熟す精神性。
待ち望んだ綻びと成り得るかとライはティガと共にその場所へと駆け付けようとして、そして、ぎりぎりのとこりでその場の地獄を正しく認識した。
確かめようとした彼方の光景が、歪な黒点としか見えない程の距離を取り、ティガを地上に残したライは上りきった一本の木の上で、それでも慎重を期して身を伏せ、幾つもの木の葉と枝々の奥へと潜んでいた。
黒点は時に減り、時に一掃され、また何処からともなく追加されて来る。
ぞわぞわと粟立ち続けたままの肌と、その不可思議な筈の光景。それらの状態から、ライは気付いたのではなく、想定を確信に変えた。
ただの丸ではなく、凹凸を持つ歪な黒点達は、逃げる事なく狂乱し、互いに殺し会う数多の魔獣達なのだと。
あの場は正しく殺戮の場で、それは正しく蹂躙の時だった。
眇める双眸に、ライは見つめ、観測し続ける。
殺戮の中心にいるのはティガと同程度の体躯を持つ黒い犬だった。鋭く尖った耳と、その背中に中空に在りながらも羽ばたかせる事のない闇色の翼を広げた存在。
翼を動かす事がないのに、何もない筈の空へと留まり続け、黒い犬は微動だにする事なく、けれど、空から地上からと集い来る、見た目も大きさも様々な魔獣達を蹂躙していた。
ライはその殺戮の場から目測で一キロメートル程離れた木の上に身を潜めている。
単眼望遠鏡で窺い見る先には、何の感慨も抱いていないかのような眸、けれど、その口が弧を描く口を確かに見て・・・
反射的にライは伏せていた枝の上で、転がるようにして体を跳ねさせた。
当然、支えを失い落下を始めるが寧ろ好都合。一瞬の浮遊感と同時に、ライはあらん限りの力を、指向性だけを持たせて解き放った。
それは魔法未満の力の奔流。目的を持たせず、制御を考えず、ただただ黒い犬へと向け放出されただけの力とも本来は言い難い衝撃波。
ライの取ったそんな行動は、それでも間違いなくなライ自身の命を救っていた。
ライが放った衝撃波と何かが、ライと黒翼の犬との間、ライの方により近い場所で衝突し、未だ空中にあり身動きの出来ないライの体を、やや上方からの更なる衝撃が吹き飛ばす。
そんなライを、地上にいながらも見計らっていたタイミングで受け止めたのはティガの背中だった。労う一瞬の触れ合いから、ライはティガの背中に捕まると直ぐに、その場所からの逃走を指示する短い声を発した。
「いけ!」
言われるまでもないとばかりに猛然とティガは駆け出していた。
「ッ、殺戮伯。ドコのどいつだンなアブねぇモノ呼ンだヤツは」
実際のところ、危ないどころの存在ではないと言う事を知っているからこそ、そう吐き捨てていた。
瞬間的に使った力の反動で回りそうになる視界を無理矢理定め、ライはティガだけに任せる事なく周囲を警戒するが、静か過ぎる気配に、この辺りを縄張りにしていた生き物のほぼ全てが、黒翼の犬により一掃されてしまっているのだと予想がついた。
「・・・上位の貴族位をもった悪魔、カクリノラスだったか、どこぞの戦場で見たコトあったが、間違いねぇな」
よりによってとライは舌打ちする。
関わっている暇はなく、かといって、おざなりに相手をする事が出来るような存在でもない。
何処まで通用するのかと思いながらも、選択しているのは逃げの一手であり、それ以上に今のライは誰にでもなく呟く言葉を声にする事で自身の意識を保っているような状態だった。
森へと踏み込んでからの不調は健在で、悪くはならないが良くなる事もなく、そんな最中に制御度外視で放った自分自身の力が一気に不調の度合いを深めたのだ。
「気づかれはしたがキョーミはねぇと」
追って来てはいないし追撃もないと、そう判断するが、例え“今”そうであったとしても、悪魔と言う存在が相手となると、そんな判断になんの意味もなくなる事があると、ライは知っていた。
ライが木の上から彼方に見ていたのは、成す術がないと言う意味では理不尽だが、相手が高位の悪魔だと認識してしまったなら妥当とも言える光景なのだ。
黒い風が撓る。明確な形を持たないのに、刃のようで鞭のようでもある一瞬の閃きを見た気がして、それだけでカクリノラスに群がる夥しい数の魔獣達が身体を真っ二つに切断されていた。
かと思えば闇の帳をも思わせる大きな五指を持った手のひらを幻視して、その時には複数の魔獣が闇としか表現し難い不定形の力に握り込まれる光景を見せ付けられた。
距離があり過ぎて聞こえる筈がないのに、ぐしゃりとした酷い音が耳朶の奥へとへばりつき、内耳が悍気によって侵される感覚。
「・・・ッ」
口内へと広がる血の味の不快さと、咬みきった唇のじわりとした痛みを正気を保つ一助にし、ライは押し殺した呻き声と共に、持っていかれそうな意識を自身の意思のもとへと抑え込む。
そうでもしなければ気がふれるか、そこまでいかなくとも錯乱状態に陥りかねないと、それだけは冷静に自身の状態を判断していたからだった。
ー夜が堕ちる 其は前座 此は余興ー
不意に“聲”が聞こえてきた。
ー蝕みしモノに喰われるは世界の悲哀 食まれるは生命たるものの息吹 嘆き狂いし夜が食らい合う 宴のはじまりを告げる音が響く今ー
“聲”は旋律を刻み、耳朶への響きのない音は、ただ聞く者達への脳髄へと直接塗り込まれるかのように、何処までも纏わりついて来る。
ー祝おう 呪おう 怨嗟を喝采に悲哀を歓呼に 悲鳴を歓声へと変えてー
ー・・・嘆きの精霊が見る夢 終わる世界の孤独に佇むあの子のもとへと届くようにー
楽しげに、愉しげにに、歌うような聲が狂った旋律を誘い、聲を聞くものへとその詩の侵食を進める。
響くでもなく、正しく侵し蝕むそんな聲をライは聞かされていた。
遠く近く、まるで閉ざされた空間で聞いているかのように、聲は四方八方からの反響を繰り返す。重なり合い、何か致命的なものが壊れる一歩手前であるかのような、危機感と焦燥感を煽る響きを連ね続け、狂いそうな程の精神的な圧迫感にライは苛まれ続ける。
潜める眉に顰める顔。そうして、凶悪なまでに歪ませたその表情をライは誤魔化す気も隠す気もないと言わんばかりに前面へと押し出し、ただただ一言を叩きつけた。
「うるせぇッ」
荒げる声ではなく、けれど鋭さの中に、濃縮された殺意すらも感じずにはいられなくなる声音の低さ。
その、込められた感情をカクリノラスは明確に感じ取ったのだろう。
ーはは、あはははははー
ライの視界にはティガの存在以外に誰の存在もなく、視覚以外で感じられる範囲にもそれは同じ事。なのに、その哄笑はライのすぐ耳もとでしているかのように、まるで子供のような無邪気さで笑い声を響かせていた。
ーはは、良いよ。手を貸してあげるー
「あ?」
不機嫌さや嫌悪と言った感情を隠す事も抑える事もせず、カクリノラスへと煽られるままに、ライは喉の奥底から発するその一音へと様々なものを込めて発した。
ー悪魔は幻想種。異なる場所から渡ってくる僕らに、この程度の干渉なんてワケないしー
そんな事を宣う聲は、楽しげだった一瞬前から一転して全ての感情を排されているかのように抑揚に欠けていた。
そのあまりの落差に、先程までとは方向性の異なる、もっとずっと直接的なぞくりとした寒気で背筋を振るわせた瞬間、ライは視界に夜の帳を引き裂くような闇を見た。
足もとの段差を踏み外してしまったかのような一瞬の不快な浮遊感と不安定さ。
焦りにの中でも、妙に冷えきっている心持ちで見開く双眸は、失われた平衡感覚の中でも、回り、歪む景色を捉え続け、そうして、粘性のある沼地へと踏み行って行くような更なる不快感と不安定さの中に、ライは成す術もなく沈み込んで行く。
罵声も暴言も吐く暇等なかった。
ーあなたが、たすけたいのはだれ?ー
“聲”へと声を出すどころか、視界すらも覚束ない闇の中。儘ならない、もがくだけの指先の動きに、心の中だけでライは悪態だけを繰り返す。
そうして、そのカクリノラスのものとは絶対的に異なる“聲”に、ライは一瞬全ての思考を停止させ、動きすらも止めた。
(助けて欲しいのはコッチだが?コッチなンだが?)
それから、自分を助けてくれるのなら是非とも可愛い子が良いと、突然の煩悩が首をもたげるのにまかせ、寧ろそれ以外には認めないと、そんな事すら思った瞬間、唐突に何かに意識ごと掬い上げられるかのような感覚があった。
そして耳鳴りに似たものを感じて・・・。
(俺にはワかる。声のケナゲさと、醸し出されるカレンな雰囲気、こ声の主、絶対にカワイイ!!)
それは魂からの叫びにも似た何かだった。
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