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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
間奏 紫雷爆走
しおりを挟むー記憶なんていらい。この想いも全部おいていくー
ー大丈夫。私は変わらない。私が私であり続けるのならやり直せるー
ー私は、きっと何度だって、あの子を求め続けるんだー
そんな事を宣う一人の青年が浮かべる淡い微笑みに、これが夢だと瞬時に理解して、アイツのせいで安眠妨害されているようで苛立ちしか感じなかったのだが、だからと言って目を覚ましてやるのもやはり癪で
どしてくれようかと、どうにもできないことを考えていると、こちらへと少しだけ真剣な眼差しを向けたまま、アイツは更に言葉を続けてきやがった。
ーだから、ねえライ、そのための約束ー
ーもし無理だったなら、本当に私が私ではなくて、私が私であることに狂ってしまって、ライがどうにもならないって判断したら、そのときは・・・・・・ー
懐かしい夢を見ていた。
夢は夢でしかなくて、けれど、これが過去でもあるのだとライは理解していた。なにせ、他ならぬライ自身にこのやり取りに関する記憶があったのだから。
緩く跳ねた癖毛の色は良く晴れた日の夜空の漆黒。背中に垂らした一房だけ束ねられた髪が強い風の中、別の生き物のように靡き、跳ねていた。
月も星もない夜空の下、今のアイツならまずしない淡い微笑みを浮かべているのは、二十代前半ぐらいに見える青年だが、ライの記憶だと、童顔なだけで、確かこの時のコイツは三十も目前ではなかっただろうかと、そんな事を考えていた。
ライはあの時の自分そのままに、今もそんな黒髪の青年と対峙していて、この時の自分は何を思っていて、何と答えたのだったかと、少しだけこの先を思い出してみようとする。
けれど、自分が見ている夢の筈なのに、自分の思い通りにならない夢は、笑みの表情のままに言葉を言い淀ませた青年へと、あっさりと答えを開示してしまった。
ーおう、そン時は、ハチの巣にしてでもお前を止めてやるよー
自信満々に胸を張って請け負う答えを返したのはライ自身だが、今のライではなかった。
そう言えばそんな事を言ったんだったかと、何処か他人事のような思考をするのは、今のこの夢を見ているライ自身。
当時と今。自分自身が重なるようにして存在している状態で浮かべる表情に、ライはただただ不敵に笑っていた。
ー蜂の巣って、なにかものすごく穏やかじゃないんじゃ?それってもう死んでない?こう言うときって普通は殴ってでも止めてやるーとかその程度だと思うんだけどー
瞬かせる双眸に青年は真面目に首を傾げているが、この後に続く青年の言葉を思い出し、ライは内心で舌打ちし僅かに顔を顰めていた。
ーでもまあ、そういう意味もあるし問題ないのかー
ライに聞かせる為ではない、思わずと言ったような密やかな、そして何でもない事のような独白。けれど、生憎ライは耳が良かった。
青年の何でもないと誤魔化しすらも疑わせる事のない穏やかな笑みに、聞こえてンだよ!と、当時と現在のライの心境が一致する。
衝動のままに言ってやろうかとも思ったが、一度引き結んだ口もとを不敵な笑みの形に歪ませ、浮かべて見せる軽妙な表情に、ライの口から飛び出すのはまた別の言葉だった。
ーまあ、死ね寄りの瀕死、寧ろ殺してくれってヤツかもな?取り敢えず、いっぺん死んどけってコトだ?だいたい、殴るとかヤバンだし?そもそも俺の手が痛てーだろ?ー
ーん、単純にグローブ装備してみるとか?もしくはメリケンサックとか威力があるかも?あーいっそ、鉄パイプとかどう?でもさすがにブラックジャックとかは怖いかなぁー
ーこわ!つーか怖ぇーよ!なに?俺になにさせようとしてンの?オマエ、マジ引くンだが?ー
ーそう?ー
ああでもないこうでもないと一人模索し、何がどう?なのか、こちらに提案と同意を求めてくる青年の様子にライは今度こそ口もとを引き攣らせ、思わずと言った様子で叫んだは良いのだが、何故そこでキョトンとした表情をされなければいけなかったのか、そして、どうしてそのまま心底不思議そうに首を傾げて俺を見るのかと、今も当時もライは絶賛混乱中だった。
「ったく、メリケンサックとか準備してねぇし、どうすンだよ」
※ ※ ※
寝起きの掠れた声でそんな事を呟き、その自分の声でようやくライは目を覚ましていた。
前触れもなく、唐突に途切れた夢の光景。
あまりにも見ていた夢がはっきりとしすぎていて、寝ていた筈なのに寝た気がしないと言う理不尽さに、見ていた夢の内容も相まって、これでもかと言う程に顔の表情筋が死んでいる。
場面が完全に切り替わるように、そこに青い目をした黒髪の青年の姿はなく、時間帯も真夜中どころか、夜が明けて、数時間と言ったところだろうか。
鬱蒼とした森に、現在進行形で小雨が降っていたが、空は思いの外明るく、生い茂った木の葉の隙間からは薄日が差し込んで来ていた。
「グゥ?」
「ん、ああ、なンでもねえよ」
ライは間近で窺うように見て来る青みを帯びた紫色の双眸に答え、その眉間辺りを少し強めにわしゃわしゃと撫でる。
不思議そうにしながらもその手を受け入れる大きな獣。その獣の硬めの毛並みは実りの金色で、横たわった状態で腹部にライを問題なく受け入れられる程の体躯には、虎のような縞が濃い紫色で幾重にも走っていた。
体を起こしながら、ライはより広範囲を撫でてやり、細める双眸で自分の相棒たるその獣の姿を眺め見る。
全体的には雌の獅子のような姿だったがちゃんとした雄であり、普通の獅子の雄の成獣よりも一回り以上大きな体躯を持ちながら、実のところまだ子供だったりする相棒の姿。
浴びた小雨により、今は普段よりも僅かにその毛並みの色合いを深め、縞の色は濃紺のような色合いになっている。ここ数日の行軍により、全体的な毛並みの艶もあまり良くなく、よくよく見れば絡まってしまっている毛並みの乱れた状態に気付く事が出来た。
「戻ったら水浴びとブラッシングだな」
「ガウッ?!」
ぼそりと呟いた言葉に対し、えっと驚きを露にして見開かれる目がその心情を雄弁に語り、ライは相棒の反応に、にんまりと笑みを浮かべてやった。
「嫌がってもイイが決定事項だかンな」
良い笑顔のままライが伝えてやると、がるるーと項垂れ力なく喉が鳴らされる。
その様子から、水浴びかブラッシング、もしくはその両方が本当に嫌なのだろうと伝わってきたが、言った通り決定事項として、ライは森から出たらそれらを決行するつもりだった。
ライの本気を悟り、それでも未練ありげにちらっちらっとライの様子を窺う様子を見せている獣だったが、ライははただただ無頓着だった。この若干の残念臭を漂わせた獣こそが、このイージスの森と言う場所でのライの単独行動を可能としているのだ。
「んじゃま、そろそろ次行くか。取り敢えずはこのまましばらく直進なティガ」
寝起きを感じさせない動きでその背中に飛び乗りながら、ライはティガと呼ぶ自身の相棒へと指示を出す。
猫のように動きは静かでしなやか。駆ける足音はなく、擦れ違う木の葉の音だけをライは後方に聞く。
先程のようなやり取りをしていたが、ティガは、魔獣ティグリオンと言う種族であり、単純な戦闘能力は成獣となっていない今でも、戦闘に特化した冒険者等の上位人等を簡単に遇うのだ。
そして、ティグリオンの成獣ともなれば、冒険者の最上位ランク認定者や四方域の守護王、或いはロッジの長、それから教会の司教クラス等、俗に人を辞めたような超越存在が出張らなければいけない存在だったりする。
そんな超越存在を出ばらせるティグリオンですら、入り込む事を拒否するのがこの楯の森なのだが、ライはトゥリアと分断された後、一度森を出ると、森の外へ出てティガと合流、嫌がるティガを宥めすかし、脅し煽てもして、再度森へと戻ったのだった。
「生きてる。たぶん、だが、間違いなくな」
ティガの背で伏せる程に体勢を低くしながら、ライは誰にでもなく呟いていた。
「検討チガいってコトはねぇーハズで、なのにヨってるってカンジもねぇ」
「ガフ?」
「ん?このままぶちアタるまで突っ切るか、手を変えるかってハナシだ」
伏せた体勢のまま、ティガの後頭部の毛並みを指に絡めるようにして、ライは手遊びのように撫で、考えていた。
「グゥ?」
「おう、ちなみに、手を変えるってなったら、オマエにひたすら暴れてもらって、ムリヤリ突破するつーか綻びだけでもつくってもらう」
「ガッフ」
任されたとの承諾に低く鳴くティガの頭を誉めるように軽く叩くライは、そのまま手付きを宥める意味合いへと変え撫で続けた。
「空間・・・時間か?両方だとかなりメンドイんだが、最初は自分の感覚がバグったかと思ったワケで、たぶん認識を阻害する系の影響が出てる」
眇める紫の双眸に、ライは変わる事のない森の光景を映しながら何等かの期待をするでもなく呟いていた。
このイージスの森と言う場所に入り込んでしまった時から感じ続けている気持ち悪さ、その意味をライは少しずつだが察し始めていた。
「歪み。オレが察っせられないレベルで、なのになンで“因果”が出てねぇのかフツーにイミが分かんねぇ?」
ー・・・!!?ー
その瞬間はちょうど呟く言葉の切れ目で、ライは感じた気配にただ息を飲み、続けようとしていた言葉を呑み込むと、そのまま目を見開いた。
「・・・ッ・・・っだ、今の」
無理矢理息を吐き出し、ライは呼吸する事を自分自身へと強要する。
広大な森全体を一迅の風が撫でるように通過していった。感覚としてはそれだけだった。
音もなく、衝撃もない。けれどライはその感覚が間違いなく普通のものではないと感じ取っていた。
「魔法つーより、理外の上位武器か技法による術式って言う方がまだ現実的か」
気配は一瞬で、なのに気のせいと思うのは絶対に無理だった。
ティガもまた、完全に止めてしまった動きに毛並みを逆立て、何処か今いる場所からでは窺う事も出来ない場所で、何かへと意識を向け続けているように。
「それと・・・ああ、この胸クソな気配は悪魔?なンでこんなトコに」
そうして、隠されるどころか、寧ろ誇示するかのような存在の有り様に意識を向け、ライは胡乱げに呟くのだった。
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