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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
36 終わりを望むもの2(2020.11.1変更修正)
しおりを挟む2020.11.1最後の方の展開を変更しました。
(ライ合流→???の独白)
※ ※ ※
引っ込んでろってこと、とその一言に違和感があった。
・・・寧ろ違和感しかなかった。
何かが間違っている訳ではないのだと、そんな事はトゥリアにだって分かっている。
けれど、『引っ込んでろ』とその一言をフィンが口に出した時、トゥリアは思ってしまったのだ。“似合わない”と。
フィンは可愛いとトゥリアは思っていた。可愛いどころか何気ない日常の一コマ一コマに、人の美醜すらも超えた美しさと言ったものを感じずにはいられない事もある程なのだ。
それは、澄んだ空気の満ちた夜空を見上げた時に見る、瞬く星々の燦然とした輝きに気付いた時。或いは、酷い嵐が過ぎ去った後、木々の葉についた雫へ、陽の光が反射する様子を見付けた時。
そんな、人の手の離れた自然の中にある、侵し難く息を呑む程の美しさと同質のものをフィンは時たま自然に纏うのだ。
そのフィンが、荒くれの同業者等が使う様に、引っ込んでろと、荒んだ言葉を吐く様子のあまりの似合わなさ加減に、トゥリアは言葉を失い、表情すらも作り損ねてしまったかのように、あらゆる感情の抜け落ちた無表情をただ晒してしまう。
そして、そんなトゥリアと心の機微を同じくしているかのように、黒い狼が何とも言えないといった様相で双眸を細める様をトゥリアは見逃さなかった。
見逃す事がなかったからと言って何かがある訳でもないのだが、それでも、同じ思いを抱く存在と言うものに、トゥリアは自然と同意を求めるかのような困った笑みが浮かんで来てしまうのを止める事が出来なかった。
「・・・ねえフィン。それはどこで聞いた言葉づかいかな?」
取り繕っていると言うのが自分でも分かる神妙な面持ち。
そこから、引き攣らないようにと細心の注意をはらった笑みを浮かべトゥリアはフィンへと尋ねていた。
「うん?違った?」
間違っていたのかと問うように、小首を傾げる様子が目に浮かんでしまう。
向かい合ってはいなくても、感情の抑揚に欠けた声だったとしても、それでもトゥリアはその声音からフィンの反応を想像する事が出来てしまった。
だから間違ってはいないとゆるゆる首を振るのが精一杯で、けれどそう、トゥリアはこの時安心していたのだ。
黒い狼はトゥリアが語る、白の王と夜の獣の話しを、攻撃を仕掛けて来るでもなく、威嚇の唸り声等で妨げる事もなく、ただ聞いていた。
そして、今もまたフィンの予想だにしない言葉にトゥリアと心を同じくしているかのような反応をしていたのだから。だから“まだ”大丈夫なのだと、そう誤認した。
フィンがもう無理なのかと確認し、その言葉に是と答えがあったにも関わらず。
太陽のある遥か上空を、厚い雲が高速で通過したかのように、影の如き闇が刹那、トゥリアの視界を奪い、そして、その瞬間に行動は起こされていた。
ガキンと硬質的な物質どうしが、強い衝撃を受けぶつかり合う、そんな音。
前後するように、ふわりと、あまりに柔らかな風がトゥリアの前髪を揺らした。
トゥリアがその一瞬の間に認識出来たのは本当にそれだけだった。
「・・・あ」
酷く乾いた喉が引き攣るように震え、トゥリアはそんな声にもならない音の断片を溢す。
認識出来ていなくても、トゥリアには致命的な何かが起きたのだと分かってしまっていた。
ガザッと、茂みを粉砕する音。そして、トゥリアの傍ら、拳一つ分程の隙間があるかないかの至近距離に暗く光沢を失った毛並みの大きな体躯を見ていた。
本能に従った反射反応で、持ち上げた長剣に受ける体が浮く程の衝撃。
ブーツの爪先で地面を抉り、堪えながらもトゥリアは後方へと吹き飛ばされ、けれどトゥリアは自身へと攻撃を加えて来る相手を、その加えられる攻撃の重さを、鋭さを、その全てを意識してなどいなかった。
「・・・あ」
意味のない、言葉の断片ですらない音の一部が、無意識にトゥリアの喉を震わせる。
見開いた双眸が、その激しく乱された茂みの一角を見詰める。
空疎な白色。その中に埋もれた、僅かも動く事のない白金の髪が溢す繊細な光にトゥリアはただ目を瞠った。
ひゅっと、肺を握り潰されたかのような苦しい吐息の音。そして・・・
ーあ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁー
何処か遠い場所での、そんな、誰かの叫び声を聞いた気がした。
血を吐くような叫び声と言うような表現が、これ以上ないと言う程にしっくり来る、慟哭に喘鳴が混じったような、酷く哀し気で酷く壊れた、悲鳴のような嗚咽を含み喉を引き裂く程の叫び声。
何がそんなに悲しいのか、何をそんなに苦しんでいるのか、尋ねてみる程の興味もないが、ただと、トゥリアは思う。
ーうるさいー
と、声に出す事なく呟き、そして、煩わしいと思っている自身に気付き、目を瞬かせた。
光が弾ける。その途端に崩れた景色はまるで、水鏡越しに世界を見ていたら、その水面が何等かの要因で見苦しく漣立ってしまったかのように。
ぐちゃぐちゃに、何がどうなっているのか判然としなくなった散り散りの光景の中で、明暗の境すらも曖昧な世界をトゥリアはただ見ていた。
それでも痛みに痙攣する喉を懸命に酷使し、そうして、痛みを痛みだとそんな認識をした時、ようやく叫んでいるのが自分自身なのではないかと思い至った。
ーそれが、お前の罪の一欠片。お前の見る、繰り返される罪禍への片鱗ー
音と言う音の全てを掻き消した自分自身の慟哭。けれど、“聲”が確かにそう告げるのを聞いていた。
ー忘れることを許容したのはお前自身。だが、出会うこと、そばにいることを願う限り、何度でも同じように失うのだろうー
“聲”は告げる、低く抑揚を欠いたその声音で。
ただそれが事実であると突き付ける。
ーそれでも、望むのならば征ーけばいい。約定の限り私はともに在るのだからー
深く見通す事の出来ない何処か。時たま思い出したように“聲”を発する事しか出来ない彼は、ただ成り行くままを眺め続ける。
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