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前菜は、甘い日々で

スライムでも、甘い物は別腹なのです

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 『テイルズ・オンライン』のサービス開始一か月記念イベント、PvP闘技大会は熱狂のうちに終了した。
 それから、三日が経過している。

 大会終了のほんの直後は、プレイヤーの誰もが興奮冷めやらぬといった様子だった。
 私とスラリアが街を歩いていると、めちゃくちゃ声をかけられたりしたのだ。
 この期間でファン対応――この呼称を自ら使うのは天狗でしかないのだが適当でしかない――を違和感なく行える身体になってしまった。

 しかし、ゲームの中でも三日見ぬ間の桜というもので、いまではのんびりと街を散策できるようになっていた。

「お姉様、すっ――ごいですねっ!」

「そうね……うん、これが仮想の世界でよかった」

 私たちの目の前のテーブルには、膨らんだ風船のように丸々としたクリームの塊が鎮座している。
 このクリーム風船はテイルズ・オンライン内で有名なカフェの人気メニューで、キングスライムクレープというものだ。
 抱きかかえられるぐらいのクリームの中には、クレープとクリームが何層にも重ねられているらしい。
 現実で食べたとしたら、いったい何千カロリーになるのだろうか。

「これ、食べたかったんです!」

 クリームの塊で顔が隠れているが、スラリアが嬉しそうなことは声からわかる。

 闘技大会において目標としていたシキミさん戦での勝利を得て、さらに第七回戦まで進むことができた。
 ささやかながら、そのお祝いというか頑張ったご褒美として、こうして美味しいものを食べに来たのだ。
 このカフェは、どこから噂を聞きつけたのかわからないが、スラリアが来てみたかったところらしい。

「じゃあ、食べようか」

「はいっ!」

 大きなスプーンをそこに入れると、なんの抵抗もなくクリームの中にすっと沈んでいく。
 クレープが薄いのかもしくはそもそも現実のクレープと素材が違うのか、そこまではわからない。
 いや、しかし、まるで雲を掬うかのようだな。

「ぅんっ、美味しいっ。なんだろう、知らない甘さだ」

 口に含むと、じわぁと甘さが広がる。
 現実で言えばハチミツの甘さが一番近いかもしれないが、これはハチミツよりもさっぱりしていた。

「やばいな、いくらでも食べられそう……」

 いつの間にか、スラリアの可愛い顔が見えるぐらいにクリームの塊が消えていた。
 本当に幸せそうに、口いっぱいにクレープを頬ばっているスラリア。

 この子に食べ尽くされちゃう前に、私も食べないと。
 そう思って、キングスライムクレープを崩しにかかる。
 つくづく、仮想の世界でよかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クレープを食べ終わって、私はもう動けないと言わんばかりに椅子の背にもたれ掛かっていた。
 テイルズ・オンラインの世界ではお腹のポテンシャルも引き上げられているが、それでももう食べられない。
 クリームでお腹がいっぱいだ。

「どう? スラリア、なにか頼む?」

 しかし、まだ食べたいものがあるのか、スラリアの方は興味深そうにメニュー表を眺めていた。
 この娘、甘いものについては食いしん坊だからね。

「えっ……い、いいのですか?」

「ふふっ、そんなに驚かないでよ」

 私が普段は無駄な飲み食いをさせないケチなやつみたいに見えてしまうじゃないか。
 でも、なぜか不安そうに、スラリアはこちらにちらちらと視線を向けてくる。

「あの、お姉様……最後の晩餐、ということでしょうか……?」

 よくわからないことを、スラリアは言いはじめる。
 どういうことだろうか、死ぬつもりなのかな。
 そんなこと私は許さないけど。

 そう怪訝な表情を浮かべていると、スラリアは慌てて言い繕う。

「いえっ、あの、七回戦で負けちゃったのは、私の魔法耐性が低いのが原因だったから……!」

「ああ、そういうこと……ふふっ、あなた、意外と心配性ね」

 スラリアは自分のせいで闘技大会に敗退したと悔いていて、パートナーを外されるのではないかと思っているようだ。

 確かに、スラリアと同調すると人間の状態よりも魔法に弱くなる。
 だからといって私がスラリアをお払い箱にするだなんて、それは早とちりがすぎる。
 スライムという一般的に強くないとされている魔物ゆえか、小狼との戦いのときもそうだったが、たまにこの子は自信を失ってしまうみたいだ。

「魔法対策はしないといけないけど、あなたを手放すつもりは絶対にないから」

 私の言葉を聞いて、スラリアは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに俯いた。
 あなたが言わせたくせに、そんな反応するのはずるくない?
 なんだか、私の方も恥ずかしくなってしまうじゃないか。

「……それで? もちもちウィスプ餅は、食べるの? 食べないの?」

 それを誤魔化すように、私はつっけんどんな態度でスラリアに迫った。

「えっ? どうして、私がそれを食べたいってわかったんですか?」

 驚いたように、スラリアが顔を上げて聞いてくる。
 いや、どれだけ私とスラリアがいっしょにいると思っているのだ。

「あなたを見ていればわかるんだけど、違った?」
 
 私の問いかけに、スラリアは頭をぷにゅぷにゅと振ることで答えた。

「じゃあ、頼んでいいよ」

「――はいっ! すいませーんっ!」

 現金なスラリアが元気よくウエイトレスさんを呼ぶ姿に、私はこっそりと笑みをこぼすのだった。
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