【テイルズ・オンライン】~スライムをパートナーに、ゲーム初心者が不人気ジョブ『テイマー』で成り上がる~

あおば

文字の大きさ
54 / 105
前菜は、甘い日々で

スライムでも、甘い物は別腹なのです

しおりを挟む
 『テイルズ・オンライン』のサービス開始一か月記念イベント、PvP闘技大会は熱狂のうちに終了した。
 それから、三日が経過している。

 大会終了のほんの直後は、プレイヤーの誰もが興奮冷めやらぬといった様子だった。
 私とスラリアが街を歩いていると、めちゃくちゃ声をかけられたりしたのだ。
 この期間でファン対応――この呼称を自ら使うのは天狗でしかないのだが適当でしかない――を違和感なく行える身体になってしまった。

 しかし、ゲームの中でも三日見ぬ間の桜というもので、いまではのんびりと街を散策できるようになっていた。

「お姉様、すっ――ごいですねっ!」

「そうね……うん、これが仮想の世界でよかった」

 私たちの目の前のテーブルには、膨らんだ風船のように丸々としたクリームの塊が鎮座している。
 このクリーム風船はテイルズ・オンライン内で有名なカフェの人気メニューで、キングスライムクレープというものだ。
 抱きかかえられるぐらいのクリームの中には、クレープとクリームが何層にも重ねられているらしい。
 現実で食べたとしたら、いったい何千カロリーになるのだろうか。

「これ、食べたかったんです!」

 クリームの塊で顔が隠れているが、スラリアが嬉しそうなことは声からわかる。

 闘技大会において目標としていたシキミさん戦での勝利を得て、さらに第七回戦まで進むことができた。
 ささやかながら、そのお祝いというか頑張ったご褒美として、こうして美味しいものを食べに来たのだ。
 このカフェは、どこから噂を聞きつけたのかわからないが、スラリアが来てみたかったところらしい。

「じゃあ、食べようか」

「はいっ!」

 大きなスプーンをそこに入れると、なんの抵抗もなくクリームの中にすっと沈んでいく。
 クレープが薄いのかもしくはそもそも現実のクレープと素材が違うのか、そこまではわからない。
 いや、しかし、まるで雲を掬うかのようだな。

「ぅんっ、美味しいっ。なんだろう、知らない甘さだ」

 口に含むと、じわぁと甘さが広がる。
 現実で言えばハチミツの甘さが一番近いかもしれないが、これはハチミツよりもさっぱりしていた。

「やばいな、いくらでも食べられそう……」

 いつの間にか、スラリアの可愛い顔が見えるぐらいにクリームの塊が消えていた。
 本当に幸せそうに、口いっぱいにクレープを頬ばっているスラリア。

 この子に食べ尽くされちゃう前に、私も食べないと。
 そう思って、キングスライムクレープを崩しにかかる。
 つくづく、仮想の世界でよかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クレープを食べ終わって、私はもう動けないと言わんばかりに椅子の背にもたれ掛かっていた。
 テイルズ・オンラインの世界ではお腹のポテンシャルも引き上げられているが、それでももう食べられない。
 クリームでお腹がいっぱいだ。

「どう? スラリア、なにか頼む?」

 しかし、まだ食べたいものがあるのか、スラリアの方は興味深そうにメニュー表を眺めていた。
 この娘、甘いものについては食いしん坊だからね。

「えっ……い、いいのですか?」

「ふふっ、そんなに驚かないでよ」

 私が普段は無駄な飲み食いをさせないケチなやつみたいに見えてしまうじゃないか。
 でも、なぜか不安そうに、スラリアはこちらにちらちらと視線を向けてくる。

「あの、お姉様……最後の晩餐、ということでしょうか……?」

 よくわからないことを、スラリアは言いはじめる。
 どういうことだろうか、死ぬつもりなのかな。
 そんなこと私は許さないけど。

 そう怪訝な表情を浮かべていると、スラリアは慌てて言い繕う。

「いえっ、あの、七回戦で負けちゃったのは、私の魔法耐性が低いのが原因だったから……!」

「ああ、そういうこと……ふふっ、あなた、意外と心配性ね」

 スラリアは自分のせいで闘技大会に敗退したと悔いていて、パートナーを外されるのではないかと思っているようだ。

 確かに、スラリアと同調すると人間の状態よりも魔法に弱くなる。
 だからといって私がスラリアをお払い箱にするだなんて、それは早とちりがすぎる。
 スライムという一般的に強くないとされている魔物ゆえか、小狼との戦いのときもそうだったが、たまにこの子は自信を失ってしまうみたいだ。

「魔法対策はしないといけないけど、あなたを手放すつもりは絶対にないから」

 私の言葉を聞いて、スラリアは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに俯いた。
 あなたが言わせたくせに、そんな反応するのはずるくない?
 なんだか、私の方も恥ずかしくなってしまうじゃないか。

「……それで? もちもちウィスプ餅は、食べるの? 食べないの?」

 それを誤魔化すように、私はつっけんどんな態度でスラリアに迫った。

「えっ? どうして、私がそれを食べたいってわかったんですか?」

 驚いたように、スラリアが顔を上げて聞いてくる。
 いや、どれだけ私とスラリアがいっしょにいると思っているのだ。

「あなたを見ていればわかるんだけど、違った?」
 
 私の問いかけに、スラリアは頭をぷにゅぷにゅと振ることで答えた。

「じゃあ、頼んでいいよ」

「――はいっ! すいませーんっ!」

 現金なスラリアが元気よくウエイトレスさんを呼ぶ姿に、私はこっそりと笑みをこぼすのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。

branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位> <カクヨム週間総合ランキング最高3位> <小説家になろうVRゲーム日間・週間1位> 現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。 目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。 モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。 ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。 テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。 そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が―― 「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!? 癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中! 本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ! ▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。 ▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕! カクヨムで先行配信してます!

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件

夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。 周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。 結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。 遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。 作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓―― 今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!? ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。 癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...