密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その三 ファースト・コンタクト

十八

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田村麻呂が太刀を引き抜き、式神に近づいて行く。
グオーッ
式神が叫び声をあげ空海と田村麻呂に向かい走り込んできた。
「吩(フン)」
「応(おう)」
空海と田村麻呂が、式神を迎い討とうと身構えた。
その二人の間を黒い風が通り過ぎた。
「何だ!」
空海と田村麻呂が慌てて後方を振り返る。自分たちの後方の屋敷の縁の上に式神が立っているのだ。
巨大な体でありながら、風のような速さで式神が走り抜けたのだ。
縁の向こうの蔀を開ければ、嘉智子夫人の寝所である。
バキバキバキ バキバキバキ
式神が蔀を打ち破る。
「空海!」
「田村麻呂、行くぞ!」
空海と田村麻呂が全力で式神の後を追う。しかし、いかんせん距離がある。二人より早くに式神が嘉智子夫人の所へ行くだろう。
式神が寝所に足を踏み入れた。
ズバ ズバ ズバ
ダッ ダッ ダッ
空を切り裂く鋭い音とともに式神の体に十本以上の矢が突き刺さった。
空海、田村麻呂、知草、三人とも唖然とし、足が止まった。
寝所を見つめる。
「知草、ここに夫人様はおわさぬ。お前の企みは瓦解した。大人しく降れ」
威に満ちた声と共に、寝所から女性が出てきた。
それは、橘一族を統帥する嘉智子夫人の実母、田口三千媛である。
傍らに弓を携えた武人六人を従えている。
「三千媛、どうしてお前がここに?嘉智子はどこだぁ?」
「空海様、田村麻呂様ありがとうございます。これで獅子身中の虫を除くことが出来ます。空海様より『知草が怪しい』とお聞きし、待ち受けておりました」
三千媛は知草を一瞥もすることもなく、空海、田村麻呂に話しかけた。
三千媛の右手が上がり、振り下ろされた。
ズバ ズバ ズバ
ズバ ズバ ズバ
六人の武人が矢を放ち、次々と突き刺さる。
「知草、次はそなたじゃ。早々に降るがよい!」
三千媛の凛とした声が響く。
「面倒なことを・・・。三千媛、お前だけは生かしておいてやるよ。嘉智子の居場所を聞き出さないといけないからね。それ以外の奴は皆殺しだ!」
老婆と化した知草が叫んだ。
ゴオオオオオオッ
式神が雄たけびを上げ、身震いをする。
式神の体中に突き刺さっていた矢が、飛び出た。
ウオーッ
式神の声が響き渡る。
それは殺戮を行う歓喜の声であったのだ。
「ヒッ」
「何だ、こいつは」
式神が腕を振る。
一人目の家人の首が飛んだ。
式神が蹴りを放つ。
二人目の家人が庭まで蹴り飛ばされた。
三人目の者は、頭を握り潰され、四人目は踏みつぶされた。
五人目は引き裂かれ、そして六人目は喰われた。
あっという間であった。瞬く間にあたりは血の海となり、そこら中に、もぎ取られた首、腕、足が転がっている。
瞬く間に地獄に変わった。
「三千媛、次はお前だ!やれ」
式神が三千媛に近づいて行く。一歩、また一歩。
知草が微笑む。
三千媛の頭に式神の太い腕が伸ばされた。
グオーッ
式神が声をあげ、後方へ吹き飛んだ。
縁の上に空海がいる。右手と左手を前に突きだしている。「気」である。空海が「気」を放ち、式神が吹き飛ばされたのだ。
田村麻呂が走り込んできた。そして三千媛の前に立つ。
「来てみろ!たたっ切ってやる!」
田村麻呂が構える。
「骨まで食い殺せ!」
知草が叫び、式神が迫って来る。
空海は式神の右横に入り、右足に蹴りを放つ。
式神が膝をついた。低くなった式神の側頭部に空海の右足の蹴りが当たる。
けりを放ったその右足が戻る前に、式神が右腕で掴んだ。右腕一本で空海の体を持ち上げ、床に叩きつけようとする。
田村麻呂が走り込み、式神の右腕に剣を走らせた。が、斬れない。田村麻呂の豪剣をもってしても斬れない。
空海を掴んでいた力が少し緩んだ。
その一瞬を逃さず空海は左足で式神の胸を蹴り、その反動を利用し、式神の右腕から逃れた。
ガーウ
式神が怒りの目を空海に向け襲いかかる。
空海が気を放つ。当たる。ひるまない。
迫る。気を放つ。かまわずに来る。
田村麻呂が斬る。斬れない。
空海が背後に回り、気を乗せた掌打を撃つ。
式神の巨体が揺れた。背後の空海を振り向く。
田村麻呂が風のように走り寄り、太刀を撃ち下ろす。
斬れない。しかし、式神が膝をついた。
押している。強大な式神を空海と田村麻呂が徐々に押し始めた。
「空海、田村麻呂!やめるんだ!三千媛の命がないよっ」
三千媛を知草が背後から抱きすくめている。三千媛の喉元には知草の短刀が当てられている。三千媛の白い喉元から血が一筋流れ落ちる。
「知草、いつの間に・・・」
「空海、田村麻呂、動くんじゃないよっ。やっちまいなっ」
グウウウオオオオウ
式神が雄たけびをあげながら、太い右腕が空海の頭部に向けて振られる。両手で頭を防ぐが、なぎ飛ばされた。
「痛ーぅ」
田村麻呂の胸板に式神の右足が突き刺さる。
「クウッ」
田村麻呂が口から血を吐きながら、後方へ吹き飛んだ。
「嘉智子夫人様はどこにおいでだい?言わなければ、空海と田村麻呂は嬲り殺しだ。まずは目をくりぬき、次は鼻をもぎ取ろうか。へへへ」
知草の顔に満面の笑みが浮かぶ。これからの殺戮を心から喜んでいる。
「三千媛様、しゃべっては駄目だ。しゃべったら、夫人様を含め全員が殺される」
空海が苦痛に顔をゆがめながら、精一杯、三千媛に話しかける。
「知草、俺をなめるなよっ、この程度じゃあ、俺はビクともしないぜ」
田村麻呂が立ち上がる。
血のにじむ唾を吐きながら。
「・・・・空海様、田村麻呂様」
三千媛の目から血の涙が流れる。
「ならば望み通りにしてやるさ。どこまで耐えられるかねぇ」
グオオオッ
式神が空海と田村麻呂に近づいていく。
空海、田村麻呂が身構える。
「私はここにおります。お二人にこれ以上の危害を加えることは許しません」
「夫人様!」
「嘉智子!」
淡い月光に照らされ、麗しき月の宮女が降臨した。
類稀なる美の持ち主。
橘嘉智子がたった一人で縁に立っていた。
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