密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その六 最澄、登場!

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空海と田村麻呂が森の中を歩いている。化け物が出るという森の中だ。歩いているのは、この二人だけでない。姿は見えないが、やおと若い男が歩いている。この二人は、化け物をおびき寄せる囮である。
空海は結局、田村麻呂の頼みをきいて、やおに囮役を頼んだのである。
「もちろん、ただでやれなんて言わないよね。今度はあんたと『やる』くらいじゃあ済まないよ」
田村麻呂の話を聞いたやおは、少し考えてから空海に言った。
「それはもちろんだ。やお殿、何でも言ってくれ。金なら十分に出だせる」
田村麻呂がはっきりと言った。
「では言わせてもらう。三つあるよ。まず、一緒の男は若くていい男でなければだめだ。二つ目は、砂金三袋、払ってもらう。三つ目は、空海があたしの後ろからついてくること。この三つを約束してくれるなら、やってもいい」
「おい、それはないだろう。俺は今回、『やお殿に頼むだけ』だろ。俺は行かないぜ」
「なら、あたしも行かない」
「空海、頼む」
田村麻呂が空海に向かい頭を下げる。
やおはじっと空海を見る。
空海はこれ以上ないくらいの渋面を作った。
 
空海と田村麻呂よりもかなり前をやおと男が並んで歩いている。
やおが男の方を向き、話しかける。注文通りの顔立ちの整った若い男だ。
「あんた、名前は何ていうんだい?」
「は、はい。阿部田主(あべの・たぬし)です」
「ふーん、あたしたちは、夫婦ということで歩いているんだ。もっとくっつかないと駄目ろう。こっちにおいでな」
やおは田主の左腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
囮役として、やおと男が二人きりで歩いている。空海と田村麻呂、そして田村麻呂の家人たちは二人の後をかなり離れ、歩いている。
「化け物をおびき出すためには、もっと夫婦らしくしないとね」
そう言うと、やおは田主の前に出て唇を重ねた。
「な、何をなさるのです!」
「夫婦らしくしてるのさ。あたしだって好きでやっているわけじゃあないよ。金をもらっているからね。その分くらいはやらないとだろ?」
そう言うとやおは嫣然と微笑んだ。
「えっそんな。私は化け物をおびき出すように、田村麻呂様から言われただけです」
「だろ。だからあたしは、がんばっている。もし化け物が出てこなかったら、あたしたちは、もっと夫婦らしいこともしないとだね」
「・・・『もっと夫婦らしいこと』とは、何です?」
「分かっているくせに」
やおがにっこりと微笑む。田主の顔が赤く染まった。
「あんた、かわいいねぇ」
やおはそう言うと、田主に腕を絡ませ、再び歩き出した。
急にやおが足を止め、田主から腕を放す。目が光る。
「田主、覚悟しな。化け物が出たよ」
「えっ、どこです?どこなのです?」
やおは黙って前方を指さした。そこに大きな白い毛玉が転がっている。風が吹き、白い毛がそよぐ。
モゾ モゾ モゾ

白い毛玉が動く。段々と大きくなっていく。毛玉が四つ足で立った。向きを変えた。鈍重な顔がやおと田主を見つける。口から赤く長い舌がシュッシュッと出る。
化け物の周りからは瘴気が立ち昇っている。
「何だ、あんたたち、仲間がいるのか。おれは誘い出されたというわけか。まあいいや、なら、早々に片づけるだけだから」
そう言うと、化け物が一気に距離をつめてきた。田主が腰の太刀を引き抜こうとした時には、もう目の前にいる。
化け物の右手が振られる。そこまでは田主は見えた。しかし、その後のことが、田主には分からない。
なぜなら田主の首は胴体から切り離されたから。何が起きたか理解できない表情で田主の首が転がる。首の切り口から血が噴き出し、後方に倒れた。
「フンッ」
やおが懐から短刀を引き抜き、気合とともに、化け物に切りつける。それを間一髪で化け物が避けた。
化け物の右手がすごい速さで振られる。やおが後方に飛びのき、かわす。化け物がやおに迫る。すごい速さだ。やおが短刀を投げる。かわされた。
「すごいね、お姉さん。こんなにつよい人は初めてだよ。男も女もね。けど、もう武器はないね。じっくりと殺してあげるね」
化け物がニンマリとほほ笑んだ。普通の者なら、恐怖で叫び声をあげるか、何もできず動けなくなるだろう。
やおはどちらでもなかった。武器など一つもないままに身構えた。
「うれしくなるねぇ、まだやる気なんだ!殺しがいがあるよ」
「せっかく、つまみ食いしようと思ったのにさ。お前許さないよ」
化け物がやおに向かい走る。やおが左手を前に、右手を引き、構える。
化け物の顔が真近に迫る。殺戮する喜びに歓喜している。
化け物が真横に吹き飛んだ。
自ら飛んだのではない。何かに飛ばされたのだ。何かがぶつかってきたのだ。
「空海!あんたはいつも遅いんだよ」
やおが空海を見つめる。喜びと安心が目に宿っている。
「いや、申し訳ない。気づかれないように、距離を取っていた。・・・遅かったようだな」
空海の目は転がる田主の首に注がれていた。
空海はやおに襲いかかる寸前の化け物に、気を放ち、やおを救ったのだ。だが、田主は救えなかった。
田村麻呂が、疾風のように化け物に迫り、太刀を切りつける。
「ぐおーっ」
田村麻呂が雄たけびをあげる。部下を殺された怒りで体が震えている。
化け物がよける。田村麻呂が次々に繰り出す剣を避けていく。田村麻呂はいまだかつて、ここまで剣を避けられたことはなかった。田村麻呂の顔に焦りが浮かんだ。
田村麻呂に気を取られている化け物の背後からやおが切りつける。それも化け物が、かわす。かわしながら、長くするどい爪で田村麻呂とやおに襲いかかる。やおに向き合った化け物の背中に向け、空海が気を放つ。化け物が横に体をずらす。空海の気が、真っすぐにやおに迫り、やおは慌てて真横に飛ぶ。
「危ないじゃないか、空海!」
やおが叫ぶ。
「どうにもやりづらい。ことごとく避けられる。まるで、俺の動きが分かっているかのようだ」
田村麻呂が顔をしかめる。
「田村麻呂、こいつは『サトリ』だ。人の心を読むことの出来る化け物がいるとは聞いていたが、本物にお目にかかるとはな」
空海がしげしげとサトリを見つめる。
サトリが禍々しく真っ赤な口を開け、ほほ笑む。
「なるほどね。どうりで避けられるはずだ。これは厄介だね」
「ならば、動きが読まれても、避けることが出来ないくらいに速く振るだけ。それだけだ」
田村麻呂がサトリに襲いかかる。化け物が横に飛ぶ。そこにやおが走り寄る。サトリがやおに右手を振る。やおが後ろに下がる。化け物の背に向け、空海が気を放つ。サトリが身をかがめ、避けた。田村麻呂の剣が打ち下ろされる。サトリは転がり、三人から距離を取る。
「こんなに強い人間に、しかも三人に会うとは、今日は厄日だな。命は預けておいてやる。今度会ったら必ず、殺してやるからな」
サトリはそう言いうと、身をひるがえし、森の中に走り去っていく。
「待てっ!」
田村麻呂が叫び、追いかけるが、サトリは脱兎の如き速さで、たちまちに離されていく。田村麻呂に続き、やおと空海も後を追うが、とても追いつけない。
サトリが走っている。もう空海たちの姿は見えなくなった。サトリは一人、森の中を突き進んでいく。
そのサトリが急に止まった。
立ちつくした。
五人の僧侶が自分の行く手に現れたのである。
最澄と四人の弟子たちであった。
「坊主ども、そこをどけ。どかねば喰い殺すぞ!」
サトリが叫ぶ。
「多くの善男善女を殺めてきた物の怪よ。お前の罪は許しがたい。この世にお前のいる場所はない。我らが送る」
目を閉じたままで最澄がそう言うと、残り4人が散会し、1辺が5mほどの四角形を作り、サトリを囲む。四人の僧侶は手を合わせ、何やら唱え始めた。
「物の怪よ、結界を張った。この結界の中からは出られん」
最澄はそう言った。
「ふざけるな、人間ごときにこの俺がやられるものかぁ」
サトリが、最澄に襲いかかる。最澄は目を閉じたままでかわし、サトリに向かい拳を打つ。サトリは大きくのけぞる。
「何だぁ?お前、何者だ?気持ち悪い奴だな。心が読めん。こんな奴は初めてだ!」
空海や田村麻呂と戦っていた時にはあった余裕の様なものが、サトリからなくなった。
「私は最澄。仏となる道を説く者。私心は全て捨て去った。物の怪ごときに心中を悟られる私ではない」
最澄はそう言うと、無造作にサトリに近づいていく。
「読めん。嫌だ!気持ちが悪い!こいつの心が読めん。お前は人間じゃあない!」
サトリが逃げ出す。しかし、結界に囲まれているため逃げられない。狭い結界の中をサトリが逃げまどう。
逃げまわるサトリの目が、ふいに結界を張る一人の僧にそそがれた。サトリに見つめられ、その僧の顔から急激に汗が噴き出してきた。唱える呪のリズムも崩れ、途切れ途切れになっていく。
「ここだ!ここだけが弱い!お前の心は弱い」
サトリが僧に襲いかかる。
「ヒッ」
僧は悲鳴とともに身を伏せた。その上をサトリが飛び越えていく。
「最澄、お前の弟子が一人腑抜けで助かったぜ。結界を破ってやった」
サトリがそう言いながら、走り去る。
「不覚。お前たち追うぞ」
目を閉じていた最澄の目が開かれた。最澄と三人の僧侶がサトリの後を追い、走り出した。結界を破られた僧は、その場にうずくまったままで動かない。
途端、悲鳴が上がった。
「ギヤーツ」
サトリの声だ。
サトリを追って行った最澄と三人の僧侶の前に、奇妙な三人組が現れた。少年のような眼をした僧と大きく岩のような男、切れ長の目をした美しい女。空海、田村麻呂、やおである。そして田村麻呂の右手にはサトリの首がぶら下がっていた。
      
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