密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

文字の大きさ
80 / 102
その七 鏡よ、鏡

しおりを挟む
師走の夜である。月が冴え冴えとして美しい。だが、その美しさが寒さをより演出しているようにも思える。凍てつく空気に覆われた、美しいが心まで冷え込むような夜である。
月の眼下にまことに小さな島国がある。細長く、弓状の形をした山ばかりの国である。この小さな、山ばかりの国にも首邑があり、平安京と言う。小さな国にふさわしい鄙(ひな)なる国府である。その都の郊外にポツンと一軒の家がある。さほど大きなものではないが、家のつくりやしつらえにはそこそこの金がかかっている家である。
凍てつく闇夜の中で、その家の中から音がしている。

ゴソ ゴソ ゴソ
ガサ ガサ ガサ

「国成、こう暗くっちゃ仕事にならねぇ、灯りをつけろよ。ただしあまり明るくするなよ」
「分かった。今点ける」
ボワッとした明るさが生まれた。小さな灯台が燈している。高さは10cmもないであろう。片手で握れるほどの柄の上に小さな灯明皿がのり、そこに紙の芯が差し込まれている。その紙が燃え、小さなか弱い光を生み出しているのだ。
二人の男の姿が浮かび上がった。二人ともまだ若い。二十になったかどうかであろう。顔には幼さが残り、にきびも見える。だが体つきは中肉中背ながら、しっかりとした大人の体になっている。
この二人が、光をつけ家の中で動いているのだ。
「童観丸、とにかく金目の物を片っ端から持っていくんだ。外へ出てから中身はかくにんすればいい」
「分かっているさ、そんなことはよう。だけど、そう簡単には見つからねぇんだよっ」
ははあ、この二人は盗人ということか。主の居ない家に忍び込み、金になりそうなものを物色しているということか。
「けどよう、国成。この家の婆さんは、少しは名の知れた呪い士なんだろう?後で面倒なことになるのは嫌だぜ。呪とかかけられないだろうなぁ?」
「呪いが怖くてこのご時世、生きていけるかよっ。何をしたって食っていかなくちゃならねんだ!そんな弱気じゃあ、奴婢になるか飢え死にするかのどちらかしかねえぞ、童観丸!」
「ああ、分かってるよ。分かってるって!」
童観丸は弱さを隠すかのように語気を荒げた。
「そこそこの呪い士だ。金がある。それに盗まれたって、お上には泣きつけねぇ。格好の獲物なんだよ。さあ、急げ。そのうちに戻ってきちまうぞ」
「・・・・・」
最初はこっそりと物音を立てずに動いていた二人だが、徐々に動きが大きく、雑になっていく。金目のものが見つからないのだ。
「畜生!どこにあんだ!」
「かまう事はねぇ。もう何でもかんでもぶち込め!」
国成の言葉に童観丸が反応し、片隅に目を移した。そこに小さな祭壇がある。高さは50cmほど、1mを欠ける程の正方形の幅を持つ祭壇である。炉があり、蠟燭立が十本。そして中央に鏡がある。台座に立てかけられている。直径が30cmほどの真円である。この時代の鏡は青銅製であり、いわゆる「銅鏡」である。
銅鏡と言うと彫刻が施され、文字が刻み込まれた「姿」を思い浮かべるが、それは鏡の裏、「鏡背」である。表面(鏡面)は銀色に輝き、現代で使用されるガラス製の鏡と比べても遜色なく、クリアに対象物を映す。
童観丸はまずは炉を懐に入れ、次に鏡に手を伸ばした。
「ん?何だ?」
鏡面に何か白いものが浮かんだ。童観丸にはそう見えたのだ。鏡に顔を寄せ、覗き込む。が、特に何もない。何も見えない。童観丸はいぶかしみながらも、鏡を両手で掴んだ。
「何か見えたんだけどなぁ」

ズゾゾゾゾゾゾゾッ

突然、鏡から両手が飛び出してきた!真っ白く細長い。青い血管が幾筋か浮かんで見える。まるで死人の腕である。
童観丸は一気に鏡の中に引きずり込まれた!
「今度はお前か」
どこからかそんな声が聞こえた。が、そこで彼の意識は途切れてしまった。

「こんなとこで寝てんじゃねぇ!童観丸」
国成が祭壇の前に倒れている童観丸に声をかけた。童観丸の目がゆっくりと開き、起き上がり始める。
「何も見つけてねぇじゃねえか!寝てんじゃねえよ!つったく、役にたたねぇなぁ、おめぇはよう。早く起きやがれ!」
童観丸はのっそりと立ち上がり、キョロキョロと周りに目を走らせる。
「早くしろって言ってんだろっ!もうお前とは二度と組まねえからなっ。何でもかんでも金になりそうなものを持ってこい」
そう言うと、国成は祭壇の上にあるものに手を伸ばした。
「鏡を汚い手で触るな。やめてもらおうか」
童観丸が言った。年を重ねた高齢者のような話し方で、上から目線で、どこか人を小ばかにしたようにも聞こえる。
「何だとぉ、てめえ!もう一回言ってみろっ」
国成がいきり立った。今まで抑えてきた感情が爆発したのだ。
「『汚い手で触るな』と言った。それだけだが、それがどうかしたかな?これはお前なんかが触っていいものじゃあないんだよ」
「・・・もういい。もう終わりだ。お前を殺し、俺は出て行く」
国成りはそう言うと、懐から小刀を抜き出した。
「うーん、いかんなぁ。そうやって簡単に刃物を出す奴で長生きした奴はおらんぞ。やめたほうがいい」
国成の目が細くなり、小刀を両手で強く握りしめた。刃先は真っ直ぐに童観丸に向いている。嚇しではない、「必ず殺す」つもりなのだ。
童観丸が右手を伸ばし、手のひらを開いた。国成に近づける。
「むう、なっ何だ!」
童観丸の手のひらに異形なものが立っていたのだ。
大きさは10cmない。
蜥蜴の様なもの。
尾は長く、足は六本。
小さいが鋭い爪が見える。
顔は蜥蜴というよりも、馬の様だ。
そして一本の角が生えている。
時折長い舌がチョロチョロと出て来る。
それをヒョイッと国成に向かい投げつけた。
「うわあ、何だぁ!何しやがるっ!」
「あんたの背中に回ったな。食いつき出した。早くしないと、そこら中が噛まれるぞ!まだまだいるのだ!」
そう言うと童観丸は、腕を振り投げつけていく。
ただ異形なものなど何もない。童観丸は空の手を振っているだけだ。
最初にいた異形なものも、もういない。
「あっ、大変だ!顔に張り付いたか。目をほじくろうとしているぞ!次は股下だ。あんたの大事なとこが食われちまうな。背中は?懐にも入っているだろう?もぞもぞと嫌な動きをしているからな」
「ひいぃ、やめろっ!やめてくれっ!」
国成は小刀を捨て、胸を背中を、体中をバタバタと両手で叩き、足もジタバタと大きく上げ下ろす。
国成の体には何もいない。ただ一人で大騒ぎしているだけなのだ。
「今、助けてやるからな」
そう言うと童観丸は国成が落とした小刀を拾い、近づいて行く。
無造作に小刀を振り上げ、国成の首に振り下ろした。

ビシャッーツ

ぐわーぁ ぐわーっ

国成が絶叫した。
首を押さえながら、転がり続ける。
首からおびただしい血が流れ、辺り一面は血でべっとりだ。

ぐわーっ ぐわーっ ぐわーっ

国成の叫び声が徐々に小さくなり、じきに動かなくなった。
自分の血で真っ赤に染まった国成は、血の海の中で転がっている。
「助けてやったぞ。もう噛まれなくなったろう?・・・他愛もないことよ、この程度の目くらましにかかるとはな。まあ五流の小悪党はこんなものだろう」
童観丸はそう言うと、ドカッとその場に腰を下ろし、家の中を見回し、肘をつき横になった。
「『そこそこの呪い士』かぁ、まあそんなもんだろう。帰ってくるまで待つしかないな」
そう言うと目を閉じ、眠り出した。小さな鼾の音が聞こえる。血だらけの死体の横で熟睡している。
この男、断じて童観丸ではない。
鏡の中にいた「何か」が童観丸に乗り移ったのだ。

この男何者か?
何をしようとしているのか?

空海と田村麻呂にかつてない危機が迫りつつあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...