密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その七 鏡よ、鏡

十四

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やおは後ろ手に縛られ床の上で横になっている。母禮に腹部を殴られ、気を失い、そのままこの場所に運ばれてきた。
やおのまぶたがゆっくりと開いてきた。
「・・・痛っ」
やおが小さな声をあげた。
殴られた腹部なのか、縛られている体なのか、それともどちらともなのか、やおは痛みを感じた。
「女、気がついたか」
転がったままでやおは声のした方に目を向けた。一人、二十歳くらいの男が座っている。小角である。
「・・・何者だい?あたしも色んな化け物を見てきたけど、あんたは格別だね。その若造の中にいるあんたは何者だい?」
「女。分かるのか?そういうお前もただの女ではないな」
小角がやおに近づいて来る。
「女、お前の知っていることをしゃべってもらおう。全てな」
小角はそう言ってほほ笑んだ。
「・・・・・」

高雄山寺(後の神護寺)の境内。師走である。ここは都の中よりも二度は気温が低い。
空海の前に三人の男が立ってる。
「では和尚様、我らが調べたことは全てお話いたしました。我々はこれで失礼いたします」
「ご苦労様でした。夫人様に空海が感謝していたとお伝えください」
三人の男たちは空海に頭を下げ、踵を返した。この男たちは、必要な事以外は何もしゃべらなかった。
数歩歩いたところで、三人の男達の足が止まり、空海に向かい引き返してきた。
「どうかされましたか?」
空海は小首をかしげながら尋ねる。
「和尚様、今回の事は国を揺るがす大事。夫人様だけでなく、帝の御命にも関わることにございます。今、朝廷は動けぬのです」
一人の男が言った。
「母禮の居場所を和尚様にお伝えする事は、大乱の芽を摘むという帝の御考えが水泡に帰すことにもなりかぬことです。到底できぬ相談なのです」
もう一人の男だ。
「大恩ある和尚様の願いとはいえ、本来ならば夫人様といえども出来ぬことです。それでも夫人様は、全て和尚様にお伝えしろと・・・。夫人様は今の地位さえ失いかねません」
三人目の男が言った。
「夫人様はそういう方なのです。誰よりもお優しく、誰よりもお強い。和尚様が夫人様を冷たい人、非情な方と思われたなら、それは違う。我らはそれだけは言いたかったのです」
最初の男が言った。三人は強いまなざしで、空海を見つめる。
「あなた方の仰る通りですね。私は自分の友人の事で頭がいっぱいで、夫人様のお立場まで考えが及びませんでした。誠に申し訳なかった」
空海はそう言うと三人の男たちに頭を深々と下げた。
「今、朝廷は兵を動かせません。ですが、和尚様が母禮の所へ向かうのであれば、一人で戦わせるわけにはいかぬと夫人様は言っておられます」
「・・・それはどういうことです?」
「我らには分かりません。ただ夫人様は和尚様を助けるため、動いておられるのでしょう。ではこれで失礼いたします」
男たちはそう言うと、空海に一礼した。
空海は合掌し礼を返す。そしてこういった。
「ああそうだ、夫人様にお伝えください。事が済めば、空海が例の『よく眠れる薬』を持参いたしますと」
男たちは怪訝な表情を浮かべ、空海のもとから去って行ったのだった。

「では、空海に頼まれて探っていたという事か」
「ああそうだよ」
「空海はなぜ、我らの事を探るのだ?朝廷から頼まれたのか?」
「田村麻呂だよ。田村麻呂の様子がおかしいというので、調べ始めた。そうしたら十年も前に死んだはずの母禮が出てきたということさ」
やおは縛られたままで小角の問いに答えていく。
別に手荒なことはされない。やおも素直に答える。
別に話して空海が困るようなことはないし、ひどい拷問でも受けたら、いざという時に困る。時を稼ぎ、機会をうかがい、その時に備えるのが一番だ。
「我らの居場所を知っているのか?」
「それはまだだ。だけどあと二日あれば掴めたかもしれないね。あたしが使っている男は見当をいくつかつけていたようだから」
「母禮一人で動いていると思っているのか?仲間がいるとは思っていないのか?」
「母禮が一人で蘇ったとは思っちゃいないよ。誰かが裏にいるとは思ってた。それもあと二日あれば掴めたかもしれない」
「なるほどな。そろそろ危なくなってきたという事か。そうは時間はないな」
小角の右腕がきらめいた。
「痛っ!えっ、何だい?」
やおの首から血がしたたり流れる。
小角がやおの首に小刀で斬りつけたのだ。
やおの顔が苦痛に歪む。首がものすごく熱い。
『しまった。油断した。まさかすぐに殺すことはないと思っていた。油断したっ』
「女、お前の血を貰う。もう二百人以上の血を使ったが阿弖流為は戻らん。特別な血が必要なのだろう。お前、普通ではないな。お前の血で阿弖流為は黄泉返るだろう」
小角が小刀でやおの胸を突いた。抜いた小刀で更に二度、三度突いていく。
「ぐほっ」
「がほっ」
血がとめどなく流れ出る。
やおの口から血が吐き出された。
着ている服が真っ赤に染まり、床に血の輪が広がっていく。
やおの意識が無くなっていった。
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