密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その七 鏡よ、鏡

十五

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田村麻呂が座り太刀を研いでいる。

スッ スッ スッ
シャリ シャリ シャリ
もう何百回、何百本と行ってきたことなのだろう。慣れた様子で迷いがない。
田村麻呂の後ろには鎧がある。所々に傷があり、欠けてもいる。
その傷跡がこの鎧の歴戦を物語り、風格、威圧感を漂わせている。
一人の老人が田村麻呂のもとにやって来た。
小柄な柔和な表情をした老人である。
「ご主人様、お呼びにございますか」
田村麻呂に長年仕える家令(かれい)である。
田村麻呂は太刀を研ぐのをやめ、老人に優しい目を向けた。
「ああ、俺は少し出て来る。後は頼む」
「どちらへ行かれますか?供の者は何名ほどでよろしいでしょうか?」
「いいや、これは俺の私事なのでな。供は要らん。一人で行く」
そう言うと田村麻呂は、何本かの太刀を手に取り、鎧を箱に入れ始めた。
「空海和尚様にも内緒に行かれるのですか?」
「空海?いちいちあいつに言うことはないだろう。あいつといつも一緒に動いているわけではない」
田村麻呂は怪訝な顔をしながら、自分の家令を見た。
「ご主人様は何度も戦に出て行かれました。その度に不安な気持でありましたが、今日ほど胸騒ぎを覚えたことはございません。今回のお出かけはどうぞお取りやめ下さい。これは我ら、皆の願いにございます」
老人がそう言うと、男、女合わせて十人ほどの人間が現れ、座り、一斉に頭を下げた。
皆、田村麻呂に仕える者達である。
「何だ何だ、大仰な。これは私事。心配するな。それに決着をつけなければならん事なのだ、どうしても。この十年、俺はこの日を待っていたのかもしれん。行ってくる」
そう言うと田村麻呂は、鎧の入った箱を背負い、二、三本の太刀を携え歩き出した。
ふと歩みを止めた田村麻呂は家令の老人を振り返った。
「しばらくしたら、空海が来るだろう。そうしたら伝えてくれ。『世話になった』と」
「それはお断りいたします。そのようなことは、ご主人様が直に和尚様にお伝えください。私はご免こうむります」
家令は強い口調で言った。目は真っ赤になっている。田村麻呂の家人(けにん)たちはじっと田村麻呂を見つめている。
田村麻呂はほほ笑んだ。そして背を向け、右手を高く掲げ出て行った。

高雄山寺。空海が法具の手入れをしている。
独鈷杵、三鈷杵、三鈷剣・・・
法具というよりも武器である。
空海はそれを黙々と磨き、時折手にかざし、その輝きを確かめる。
「よし、いいだろう」
更に手には籠手(こて)を、足には脛当て(すねあて)をつけていく。籠手も脛当ても常のものよりは、幾分か長い。
胴体に短甲(たんこう)をつけ始める。短甲とは自分の胴体部分を防御するための古代の鎧であり、空海が身につけ始めたものは革製だ。鉄は強度において優れるが、重く、動きにくい。
空海は、強度の高さよりも動きやすい短甲を選んだ。短甲の上から服を着ていく。一見しただけでは、甲をつけているようには見えない。
手入れしていた法具を手に持ち、懐に入れ立ち上がる。
脳裏に一人の男が浮かんだ。嘉智子が空海のもとに寄こした三人のうちの一人だ。この男たちは、母禮の居場所を調べ、空海に知らせに来たのだ。
男が空海をまっすぐに見つめる。

田村麻呂は馬上。大きな田村麻呂を乗せて走れる大きな馬である。田村麻呂は京の都を出て南へと向かっている。師走の風が吹きすさぶが、今の田村麻呂にはむしろ心地よい。
目を閉じる。一人の男が薄い笑みを浮かべている。
藤原仲成だ。

嘉智子の配下の男が口を開く。
仲成が口を開けた。

二人の男の声が重なる。
「母禮は河内国の男山」

空海と田村麻呂はそこに向かっている。
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