アネモネ

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3,4話

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3話 【二人】

英語の授業が始まる10分前、いつもの席に着いても、教室はどこか静かだった。

『今日、まどか体調崩して休むってさ』

悠真から届いたLINEにそんな一言があった。

『俺も今日はバイトの研修で抜けるわ。2人きりだな、頑張れよ』

そんな茶化すような追いメッセージに、俺は小さくため息をつく。
席の横、雪が静かにノートを開いた音がした。

俺と雪、ふたりきり。

と言っても、別に会話が必要なわけじゃない。授業が始まれば、教授の声が教室を満たしてくれる。
だけどその日は、なぜかその沈黙がやけに長く感じた。

ちら、と横目で雪を見る。
まどかがいない分、余計に静かに見えた。相変わらず表情は読めないけど、どこか所在なさそうにも見える。
俺は迷った末、ほんの少しだけ身体を傾けて声をかけた。

「……一人で授業受けるの、珍しいね。」

雪は、わずかにまばたきをして、俺を見た。
目が合うのは、たぶん初めてだった。

「……うん。」

小さく、けれどはっきりとした声だった。

「まどか、体調悪いんだってね。悠真もいないから、今日は静かだ。」

「……にぎやかだからね、あの二人。」

ぽつりと、雪が言った。
その言葉が、どこか意外で、俺は思わず笑ってしまった。

「そっか。そう思ってたんだ。」

雪は少し首を傾げたように見えたけど、それ以上何も言わなかった。
でも、それでよかった。

初めて聞いた声は、想像よりも落ち着いていて、
どこか、遠くから響いてくるようだった。

静かだけど、ちゃんとここにいる。

それが、三谷雪という人だった。





4話【笑顔】

「よっ、直哉! この前の雪との授業、どうだった?」

次の週、悠真は授業が始まる前からニヤニヤしていた。
わざわざ俺の耳元でこそこそ話してきたのがまた鬱陶しい。

「別に。普通だよ。少し話しただけ。」

「おー、少し話したのか。進歩じゃん!」

「うるさい。」

悠真を適当にあしらっていると、まどかと雪が教室に入ってきた。

いつもの席。いつもの空気。
まどかは笑いながらこっちに手を振って、雪はその後ろを静かについてくる。
変わらないようで、少しだけ違って見えたのは、きっと俺だけだろう。

授業が終わったあと、まどかが言った。

「今日さ、このあとヒマ? 駅前の居酒屋、良いとこ見つけたから行かない?」

「お、いいね。腹減ってた!」
悠真が即答する。

まどかがこちらを見て、そして隣の雪を振り返った。

「雪も行こ。たまにはいいじゃん?」

雪は少しだけ考えるそぶりを見せて──それから、静かにうなずいた。

「……うん。行く」
それだけで、まどかが嬉しそうに笑った。
________________________________________

店は、駅から少し歩いた路地裏の居酒屋だった。

4人で並んだテーブル席。大学の話、講義の話、くだらない笑い話。いつものようにまどかと悠真が場を回して、俺はその間を聞きながら笑っていた。

雪は、最初はグラスの水を見つめるだけだったけど、まどかのふとした一言で、少しだけ口元をゆるめた。

「そういえば雪、英語の先生の口癖、気づいてる?」

「……え?」

「なんか“オーケー?”って絶対5秒ごとに言ってるんだよ。脳内でカウントしてみ?」

「……ふふ」

それは、小さな笑い声だった。

俺は、そのとき初めて、三谷雪の笑顔を見た。
大きな声ではなかったし、長く笑ったわけでもない。

けど、それは確かに「感情」が見えた瞬間だった。
まどかと悠真がしゃべっている間、俺はグラスを手にしたまま、そっと彼女を見ていた。

ああ、たぶん俺は、この笑顔がまた見たいと思ってる。

その気持ちに、自分で気づくのに時間はかからなかった。


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