アネモネ

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11,12話

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11話【空気】

「今週、飲み行こうって話してたよね? 金曜とか空いてる?」

授業後、まどかが何気ないふうに切り出した。
昼休みに入る直前の廊下。自然な会話のはずなのに、雪はほんの少しだけ間を置いて答えた。

「……うん、大丈夫。」

「じゃあ決まり。直哉も悠真も、いいよね?」

「もちろん。」

「金曜、楽しみにしとくわ。」

笑顔のまどか。でもその目は、どこか探るようでもあった。
________________________________________
その夜の飲み会は、よくある居酒屋の個室だった。

四人並んで、他愛のない話をしながらジョッキを傾ける。
唐揚げ、ポテト、枝豆。テーブルには見慣れたメニューと、わずかな緊張があった。

「このメンバーで飲むの、久しぶりな気がする。」

悠真の言葉に、直哉は「ああ。」と答えた。

雪は頷いただけで、グラスを口に運ぶ。

その中で、ほんの小さな瞬間だった。

雪が口の端についた泡を指で拭おうとして――
直哉がさりげなくティッシュを差し出す。
雪は自然にそれを受け取り、ほんの少し笑った。

それだけのこと。

でも、その笑みは他の誰にも向けられたことのない種類のものだった。

その場の空気が、ふっと変わった。

まどかはグラスを置いた手を止めて、二人を見た。

そして何も言わず、会話を続けた。

店を出た帰り道、まどかは雪と別れ、直哉と二人になったときに口を開いた。

「……あんたら、なんかある?」

「え?」

「別にいいけどさ。嘘つくなら、ちゃんとつき通してよ。」

「なんもないって。雪、終電で帰ったじゃん。」

「……ふーん。」

まどかはそれ以上は言わなかったが、視線には明らかな不信感が宿っていた。





12話【居心地】

月曜の昼。
空きコマの学食。

直哉達は履修の関係で別の授業だったので、雪とまどかは二人きりで昼ごはんをとっていた。

「ねえ。」

突然、まどかがそう言って、スプーンでスープをくるくる回す。

「なに?」

雪は箸を動かしながら答えた。

「今のさ、四人でいる感じ……なんか、ちょうどいいよね。」

「ちょうどいい?」

「うん。バランスっていうか、話してても無理ないし、なんか居心地いいなーって。ずっとこのままだったらいいのに、ってたまに思うんだよね。」

雪は一瞬だけまどかを見たけれど、すぐにまた自分のトレーに視線を戻した。

「そうだね。」

まどかは雪の反応を深く追及せず、柔らかく笑った。

「まあ、あんたがそう言うならいっか。あ、そろそろ夏っぽい服欲しいなあ。買いに行こうよ、来週!」

「……いいよ。」

それだけのやり取り。
でも雪の胸の中には、小さな針が刺さるような感触が残った。
________________________________________
放課後の英語の授業。
四人の座るテーブルに、以前と変わらない空気が流れる。

けれど直哉は知っていた。

ほんのわずか、目が合った瞬間に、いつもとは違うぬくもりが混ざっていることを。
まどかはいつもどおり明るく話し、誰よりも自然に空気をつくってくれている。
悠真は、どこかで何かに気づいていそうな目をしながらも、やはりいつもと同じ態度で直哉に接してくれていた。

――たぶん、みんな、わかってないわけじゃない。

でも、わざと何も言わないでいてくれてる。

だから、二人の関係も、変わらないふりをするしかなかった。
________________________________________
金曜日の夜。
空きコマで遊んだあと、まどかと悠真は別方向の電車に乗って先に帰った。

直哉は自販機の横でスマホを見ながら、何となく時間をつぶしていた。

ふと、視界の端に人影が映る。

「……待たせた?」

雪だった。

「いや、全然。」

二人で歩く道は、いつもの通学路と変わらないはずなのに、どこか違って見えた。
そのまま、直哉の部屋まで何も言わずに歩いた。

でも、沈黙は重くなかった。

部屋のドアが閉まり、鍵の音が鳴った瞬間。

雪が、いつものように靴を脱ぎながら、何気なく言う。

「なんか、こっちの方が、落ち着くかも。」

直哉は笑って答えた。

「……俺も。」

この夜、二人だけの時間がまた始まる。
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