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第三章 印刷戦線
第37話 度し難いこと
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絢理の前にエルフが出現した同時刻、刺客は同時多発的にファーデンを訪れていた。
それはファーデン子爵の起居する城内においても同様、否、寧ろ本丸と言えよう。
黒髪のエルフは、低く厳格な声音で告げた。
「交渉の時間といこうか、ファーデン三世」
歳の頃は人間で言えば四十あたりに見える。が、エルフに人間の年齢を当てはめるのは妥当ではないだろう。その実、百歳をとうに超えていてもおかしくはない。
背筋はピンと伸び、背中に両手を回し、こちらを見下すような姿勢。その立ち居振る舞いには自信が溢れていた。
そもそも人間を劣等種と見るエルフの中においても、彼の目には露骨に侮蔑が混じっていた。
その視線の先で身を強張らせているのは、三名の貴族。エルフから名指しされた、ファーデン子爵領を預かるファーデン三世。
そして子爵から面会の機会を得ていたオルト・ハウンドマンと、タビタ・エックホーフに他ならない。
昔話に花を咲かせていた矢先、突如、客間の扉が無遠慮に開かれたのである。
エルフという珍客に、タビタは中腰で身構える。
まさかとは思うが予定された来客だろうか。そう視線で訴える先、子爵は目を白黒させながら首をふった。
そういうことであれば、タビタも気圧されるばかりではない。
動揺は隠せていないが、エルフへと視線を転じ、毅然と問う。
「貴方、子爵を電撃訪問するなんて、いくら何でも失礼じゃないかしら」
「タビタ、君はまたそうやって……」
「この場に居合わせちゃったら仕方ないでしょうが」
小声で諌めるオルトを、タビタはぴしゃりと黙らせる。そして我が身を誇示するかのように一歩を前に出た。
「何だね君は?」
対照的に、エルフの声は憮然としている。
「タビタ・エックホーフ。ファーデン子爵の正式な客人よ」
名乗りをあげると、「ほう」と、エルフは初めて彼女へ関心を寄せた。
「君があの、エックホーフの虎の子か。成程、尾鰭のついた噂と侮っていたが、あながちそうでもないらしい」
一人得心する様子に、しかしタビタの疑問符は増すばかりだ。
「何を言って――」
「私はイニアス・メー。大森林ヴィスガルドと各国との渉外役を務めている。無礼については許されよ。何せ急用なものでね」
「き、急用…?」
鸚鵡返しに繰り返して首を傾げる子爵には、どうも心当たりがないらしい。
彼は緊張の面持ちばかりか、滝のような汗を流して完全に腰が引けている。
「い、いや、でも、こ、困りますよ。正式な手続きはしていただかないと……あ、まあでも、急ぎでしたら、ええ、その」
しどろもどろな言葉に、タビタも辟易する。
齢五十を超えるというのに、薄くなってきた頭頂部も手伝って、その姿は全体的に頼りない。
優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断で事なかれ主義。
幼少の頃に世話になったこともあるだけに嫌いにはなれないが、政治手腕はといえば、民衆からの不満の声は年々増すばかりのようだ。
黒髪のエルフ――イニアスは、プレッシャーをかけるように一歩を踏み出す。
その一歩分、ファーデン三世はしっかりと後退した。
「昨夜、我らエルフの大森林・ヴィスガルドに、何者かが侵入した」
タビタをはじめ、その場にいた全員にとって、それは寝耳に水だった。
瞠目する三名を前に、イニアスは表情を変えないまま、怒りを露わにする。
「度し難いことだよ」
<続>
それはファーデン子爵の起居する城内においても同様、否、寧ろ本丸と言えよう。
黒髪のエルフは、低く厳格な声音で告げた。
「交渉の時間といこうか、ファーデン三世」
歳の頃は人間で言えば四十あたりに見える。が、エルフに人間の年齢を当てはめるのは妥当ではないだろう。その実、百歳をとうに超えていてもおかしくはない。
背筋はピンと伸び、背中に両手を回し、こちらを見下すような姿勢。その立ち居振る舞いには自信が溢れていた。
そもそも人間を劣等種と見るエルフの中においても、彼の目には露骨に侮蔑が混じっていた。
その視線の先で身を強張らせているのは、三名の貴族。エルフから名指しされた、ファーデン子爵領を預かるファーデン三世。
そして子爵から面会の機会を得ていたオルト・ハウンドマンと、タビタ・エックホーフに他ならない。
昔話に花を咲かせていた矢先、突如、客間の扉が無遠慮に開かれたのである。
エルフという珍客に、タビタは中腰で身構える。
まさかとは思うが予定された来客だろうか。そう視線で訴える先、子爵は目を白黒させながら首をふった。
そういうことであれば、タビタも気圧されるばかりではない。
動揺は隠せていないが、エルフへと視線を転じ、毅然と問う。
「貴方、子爵を電撃訪問するなんて、いくら何でも失礼じゃないかしら」
「タビタ、君はまたそうやって……」
「この場に居合わせちゃったら仕方ないでしょうが」
小声で諌めるオルトを、タビタはぴしゃりと黙らせる。そして我が身を誇示するかのように一歩を前に出た。
「何だね君は?」
対照的に、エルフの声は憮然としている。
「タビタ・エックホーフ。ファーデン子爵の正式な客人よ」
名乗りをあげると、「ほう」と、エルフは初めて彼女へ関心を寄せた。
「君があの、エックホーフの虎の子か。成程、尾鰭のついた噂と侮っていたが、あながちそうでもないらしい」
一人得心する様子に、しかしタビタの疑問符は増すばかりだ。
「何を言って――」
「私はイニアス・メー。大森林ヴィスガルドと各国との渉外役を務めている。無礼については許されよ。何せ急用なものでね」
「き、急用…?」
鸚鵡返しに繰り返して首を傾げる子爵には、どうも心当たりがないらしい。
彼は緊張の面持ちばかりか、滝のような汗を流して完全に腰が引けている。
「い、いや、でも、こ、困りますよ。正式な手続きはしていただかないと……あ、まあでも、急ぎでしたら、ええ、その」
しどろもどろな言葉に、タビタも辟易する。
齢五十を超えるというのに、薄くなってきた頭頂部も手伝って、その姿は全体的に頼りない。
優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断で事なかれ主義。
幼少の頃に世話になったこともあるだけに嫌いにはなれないが、政治手腕はといえば、民衆からの不満の声は年々増すばかりのようだ。
黒髪のエルフ――イニアスは、プレッシャーをかけるように一歩を踏み出す。
その一歩分、ファーデン三世はしっかりと後退した。
「昨夜、我らエルフの大森林・ヴィスガルドに、何者かが侵入した」
タビタをはじめ、その場にいた全員にとって、それは寝耳に水だった。
瞠目する三名を前に、イニアスは表情を変えないまま、怒りを露わにする。
「度し難いことだよ」
<続>
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