37 / 51
第三章 印刷戦線
第37話 度し難いこと
しおりを挟む
絢理の前にエルフが出現した同時刻、刺客は同時多発的にファーデンを訪れていた。
それはファーデン子爵の起居する城内においても同様、否、寧ろ本丸と言えよう。
黒髪のエルフは、低く厳格な声音で告げた。
「交渉の時間といこうか、ファーデン三世」
歳の頃は人間で言えば四十あたりに見える。が、エルフに人間の年齢を当てはめるのは妥当ではないだろう。その実、百歳をとうに超えていてもおかしくはない。
背筋はピンと伸び、背中に両手を回し、こちらを見下すような姿勢。その立ち居振る舞いには自信が溢れていた。
そもそも人間を劣等種と見るエルフの中においても、彼の目には露骨に侮蔑が混じっていた。
その視線の先で身を強張らせているのは、三名の貴族。エルフから名指しされた、ファーデン子爵領を預かるファーデン三世。
そして子爵から面会の機会を得ていたオルト・ハウンドマンと、タビタ・エックホーフに他ならない。
昔話に花を咲かせていた矢先、突如、客間の扉が無遠慮に開かれたのである。
エルフという珍客に、タビタは中腰で身構える。
まさかとは思うが予定された来客だろうか。そう視線で訴える先、子爵は目を白黒させながら首をふった。
そういうことであれば、タビタも気圧されるばかりではない。
動揺は隠せていないが、エルフへと視線を転じ、毅然と問う。
「貴方、子爵を電撃訪問するなんて、いくら何でも失礼じゃないかしら」
「タビタ、君はまたそうやって……」
「この場に居合わせちゃったら仕方ないでしょうが」
小声で諌めるオルトを、タビタはぴしゃりと黙らせる。そして我が身を誇示するかのように一歩を前に出た。
「何だね君は?」
対照的に、エルフの声は憮然としている。
「タビタ・エックホーフ。ファーデン子爵の正式な客人よ」
名乗りをあげると、「ほう」と、エルフは初めて彼女へ関心を寄せた。
「君があの、エックホーフの虎の子か。成程、尾鰭のついた噂と侮っていたが、あながちそうでもないらしい」
一人得心する様子に、しかしタビタの疑問符は増すばかりだ。
「何を言って――」
「私はイニアス・メー。大森林ヴィスガルドと各国との渉外役を務めている。無礼については許されよ。何せ急用なものでね」
「き、急用…?」
鸚鵡返しに繰り返して首を傾げる子爵には、どうも心当たりがないらしい。
彼は緊張の面持ちばかりか、滝のような汗を流して完全に腰が引けている。
「い、いや、でも、こ、困りますよ。正式な手続きはしていただかないと……あ、まあでも、急ぎでしたら、ええ、その」
しどろもどろな言葉に、タビタも辟易する。
齢五十を超えるというのに、薄くなってきた頭頂部も手伝って、その姿は全体的に頼りない。
優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断で事なかれ主義。
幼少の頃に世話になったこともあるだけに嫌いにはなれないが、政治手腕はといえば、民衆からの不満の声は年々増すばかりのようだ。
黒髪のエルフ――イニアスは、プレッシャーをかけるように一歩を踏み出す。
その一歩分、ファーデン三世はしっかりと後退した。
「昨夜、我らエルフの大森林・ヴィスガルドに、何者かが侵入した」
タビタをはじめ、その場にいた全員にとって、それは寝耳に水だった。
瞠目する三名を前に、イニアスは表情を変えないまま、怒りを露わにする。
「度し難いことだよ」
<続>
それはファーデン子爵の起居する城内においても同様、否、寧ろ本丸と言えよう。
黒髪のエルフは、低く厳格な声音で告げた。
「交渉の時間といこうか、ファーデン三世」
歳の頃は人間で言えば四十あたりに見える。が、エルフに人間の年齢を当てはめるのは妥当ではないだろう。その実、百歳をとうに超えていてもおかしくはない。
背筋はピンと伸び、背中に両手を回し、こちらを見下すような姿勢。その立ち居振る舞いには自信が溢れていた。
そもそも人間を劣等種と見るエルフの中においても、彼の目には露骨に侮蔑が混じっていた。
その視線の先で身を強張らせているのは、三名の貴族。エルフから名指しされた、ファーデン子爵領を預かるファーデン三世。
そして子爵から面会の機会を得ていたオルト・ハウンドマンと、タビタ・エックホーフに他ならない。
昔話に花を咲かせていた矢先、突如、客間の扉が無遠慮に開かれたのである。
エルフという珍客に、タビタは中腰で身構える。
まさかとは思うが予定された来客だろうか。そう視線で訴える先、子爵は目を白黒させながら首をふった。
そういうことであれば、タビタも気圧されるばかりではない。
動揺は隠せていないが、エルフへと視線を転じ、毅然と問う。
「貴方、子爵を電撃訪問するなんて、いくら何でも失礼じゃないかしら」
「タビタ、君はまたそうやって……」
「この場に居合わせちゃったら仕方ないでしょうが」
小声で諌めるオルトを、タビタはぴしゃりと黙らせる。そして我が身を誇示するかのように一歩を前に出た。
「何だね君は?」
対照的に、エルフの声は憮然としている。
「タビタ・エックホーフ。ファーデン子爵の正式な客人よ」
名乗りをあげると、「ほう」と、エルフは初めて彼女へ関心を寄せた。
「君があの、エックホーフの虎の子か。成程、尾鰭のついた噂と侮っていたが、あながちそうでもないらしい」
一人得心する様子に、しかしタビタの疑問符は増すばかりだ。
「何を言って――」
「私はイニアス・メー。大森林ヴィスガルドと各国との渉外役を務めている。無礼については許されよ。何せ急用なものでね」
「き、急用…?」
鸚鵡返しに繰り返して首を傾げる子爵には、どうも心当たりがないらしい。
彼は緊張の面持ちばかりか、滝のような汗を流して完全に腰が引けている。
「い、いや、でも、こ、困りますよ。正式な手続きはしていただかないと……あ、まあでも、急ぎでしたら、ええ、その」
しどろもどろな言葉に、タビタも辟易する。
齢五十を超えるというのに、薄くなってきた頭頂部も手伝って、その姿は全体的に頼りない。
優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断で事なかれ主義。
幼少の頃に世話になったこともあるだけに嫌いにはなれないが、政治手腕はといえば、民衆からの不満の声は年々増すばかりのようだ。
黒髪のエルフ――イニアスは、プレッシャーをかけるように一歩を踏み出す。
その一歩分、ファーデン三世はしっかりと後退した。
「昨夜、我らエルフの大森林・ヴィスガルドに、何者かが侵入した」
タビタをはじめ、その場にいた全員にとって、それは寝耳に水だった。
瞠目する三名を前に、イニアスは表情を変えないまま、怒りを露わにする。
「度し難いことだよ」
<続>
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる