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警戒①
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クローディア公爵子息が私の手を引く。
サクサクと下草を踏みながら、2人でゆっくりと丘を下って行った。
私は今の状況を深く考えることを止めた。このまま何事もなくやり過ごすことに、神経をそそぐ。
彼に触れている指先から、過度な緊張が伝わるのは避けたい。
だから「公爵子息に手を引かれる機会なんて今後もうないだろうから、良い記念になるかもしれない」と思うことにする。
自分の意識をプラス思考に寄せようと、無理している自覚はある。
「足元に気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
さすが女性をエスコートするのに慣れていらっしゃる。クローディア公爵子息は私に合わせて歩調を取り、さらに周りを気遣ってくれる。
比べては失礼だが、トロイ様とは違いスマートなのだ。
対して私はエスコートされるのにあまり慣れていない。
トロイ様とも最低限の交流しかなかったから。
馬車への乗り降りくらい短いエスコートなら、何とか誤魔化せるのだが。
「……今日なら君に会えると思った」
「?」
「今日は前子爵夫妻の月命日だろう?
花が添えてあった」
彼は調べたのか。
セレス家は代替わりして数年も経っている。
特に隠すつもりもないが、前子爵のことはわざわざ調べないとわからないだろう。
「……墓地に足を運んで下さったのですね。ありがとうございます」
「前子爵夫妻と我が家は親交があってね。我が領地はセレス領の隣だろう。幼い君を連れて、夫妻は我が家に遊びに来てくれたことがある」
「……申し訳ありません。あまり覚えていなくて」
「覚えていなくても無理はない。そのころの君と私は、直接会ったことはなかったから」
正確に言うと、クローディア公爵子息以外のことは覚えている。
あれは私が5才の時、クローディア公爵家のパーティーに呼ばれて両親と共に参加した。初めてのガーデンパーティーで、幼い私はとても驚いた。
セレス領とは違う広大な領地と、初めて見る豪華で立派な屋敷。たくさんの使用人と、豊富な品数の料理と、それ以上の来客の多さにびっくりしたものだ。
クローディア公爵子息とご両親の周りには特にたくさんの人が集まっていたから、私は直接挨拶が出来なかった。
幼い私はやることがなくてつまらなくて、勝手に場を離れてしまい迷子になってしまった。
会場に戻れず困っている私に上品なお爺さんが話しかけてくれて、色々教えてくれたのは良い思い出だ。
私の祖父母は早くに他界しているため、私には彼らと一緒に過ごした記憶がない。だからそのお爺さんと話しながら「祖父が生きていたらこんな感じなのかな」と思った。
「当時領地で隠棲していた私の祖父はパーティーが嫌いでね。けれどその日は珍しくご機嫌だったので、私は祖父に理由を聞いたんだ。祖父曰く『とても賢いご令嬢に会った、才能の原石で、自分も若返ったようだ』と言っていたよ。その子はアレキサンドライトと名乗ったそうだ」
あの上品なお爺さんは前公爵閣下だったのか。
私は感情を顔に出さない様に努めた。
「……そうですか」
微笑んで曖昧に返す。
クローディア公爵子息は私の顔を見て、ふと足を止めた。
彼が少し屈み、私と目線を合わせる。
空いている手で私の髪を一房すくい、口元に近づけて言う。
「祖父が会ったアレキサンドライト嬢は綺麗な黒髪だったそうだ」
「!」
突然のことに驚いて、クローディア公爵子息から離れようとする。
しかし右手をしっかり取られていて、身体が後ろに下がらない。
クローディア公爵子息がじっとこちらを見る。
彼のアイスブルーの瞳は何を考えているか悟らせない。まさに貴族の教育の賜物だろう。
だが腹の探り合いで、今は負けるわけにはいかない。
私も目を逸らさずに挑む。
彼の目元がふっと緩んで、身体がすっと離れた。だが繋がれた手はそのままにされている。
「急にすまない。貴方の髪があまりにも綺麗だったから」
「……このような真似をなさる方とは思いませんでした」
「貴方からはどのように思われていたか、知りたいね」
「あまり冗談は言わない方かと……」
「ははっ」
クローディア公爵子息は傍らで楽しそうに笑った。
声を立てて笑っているところを初めて見た。
学園の氷の公爵様もこんな顔をするのか。
人前であまり笑わないと聞いていたので思っていたイメージとは違うが、どちらにしろ油断できない相手だ。
というか『君』から『貴方』呼びに変わったのは気のせい?
「お嬢様!」
「ユリウス様!」
私達の姿を見つけた我が家の家令モランと公爵家の護衛らしき騎士が、遠くから声を上げる。騎士は馬を二頭率いていた。
私はモランの姿を見て、内心ホッとする。
「セレス嬢、短いが楽しい時間だった」
クローディア公爵子息が足を止めて、こちらに向き直る。この後領主館に招き入れることになるかと思ったが、ここまでで良いようだ。
「こちらこそ、送って下さりありがとうございます」
「明日、改めて領主館に伺ってもよいか?」
格上の貴族からの意向を無碍にはできない。
しかしながら今まで一切の面会や見舞いを断っていた身としては、すんなりと頷きたくはない。
だから私は曖昧な返答をした。
「……私に、どの様なご用件でしょうか?」
「貴方に聞きたいことがあって」
「聞きたいこととは?」
私はクローディア公爵子息を見上げた。
アイスブルーの瞳と目が合う。
彼は私より頭1つ分以上背が高い。
見下ろす彼がふっと微笑んだ様な気がした。
ぐいっと腕を引かれて、耳元で囁かれる。
「クローディア家が前子爵夫妻殺害の犯人ではないと考えたのはなぜ?」
一気に体温が下がる。
血の気が引いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。明日は3話投稿予定です。
お気に入りやいいね下さった方、ありがとうございます。励みになります^_^
引き続き楽しんで頂けると幸いです。
サクサクと下草を踏みながら、2人でゆっくりと丘を下って行った。
私は今の状況を深く考えることを止めた。このまま何事もなくやり過ごすことに、神経をそそぐ。
彼に触れている指先から、過度な緊張が伝わるのは避けたい。
だから「公爵子息に手を引かれる機会なんて今後もうないだろうから、良い記念になるかもしれない」と思うことにする。
自分の意識をプラス思考に寄せようと、無理している自覚はある。
「足元に気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
さすが女性をエスコートするのに慣れていらっしゃる。クローディア公爵子息は私に合わせて歩調を取り、さらに周りを気遣ってくれる。
比べては失礼だが、トロイ様とは違いスマートなのだ。
対して私はエスコートされるのにあまり慣れていない。
トロイ様とも最低限の交流しかなかったから。
馬車への乗り降りくらい短いエスコートなら、何とか誤魔化せるのだが。
「……今日なら君に会えると思った」
「?」
「今日は前子爵夫妻の月命日だろう?
花が添えてあった」
彼は調べたのか。
セレス家は代替わりして数年も経っている。
特に隠すつもりもないが、前子爵のことはわざわざ調べないとわからないだろう。
「……墓地に足を運んで下さったのですね。ありがとうございます」
「前子爵夫妻と我が家は親交があってね。我が領地はセレス領の隣だろう。幼い君を連れて、夫妻は我が家に遊びに来てくれたことがある」
「……申し訳ありません。あまり覚えていなくて」
「覚えていなくても無理はない。そのころの君と私は、直接会ったことはなかったから」
正確に言うと、クローディア公爵子息以外のことは覚えている。
あれは私が5才の時、クローディア公爵家のパーティーに呼ばれて両親と共に参加した。初めてのガーデンパーティーで、幼い私はとても驚いた。
セレス領とは違う広大な領地と、初めて見る豪華で立派な屋敷。たくさんの使用人と、豊富な品数の料理と、それ以上の来客の多さにびっくりしたものだ。
クローディア公爵子息とご両親の周りには特にたくさんの人が集まっていたから、私は直接挨拶が出来なかった。
幼い私はやることがなくてつまらなくて、勝手に場を離れてしまい迷子になってしまった。
会場に戻れず困っている私に上品なお爺さんが話しかけてくれて、色々教えてくれたのは良い思い出だ。
私の祖父母は早くに他界しているため、私には彼らと一緒に過ごした記憶がない。だからそのお爺さんと話しながら「祖父が生きていたらこんな感じなのかな」と思った。
「当時領地で隠棲していた私の祖父はパーティーが嫌いでね。けれどその日は珍しくご機嫌だったので、私は祖父に理由を聞いたんだ。祖父曰く『とても賢いご令嬢に会った、才能の原石で、自分も若返ったようだ』と言っていたよ。その子はアレキサンドライトと名乗ったそうだ」
あの上品なお爺さんは前公爵閣下だったのか。
私は感情を顔に出さない様に努めた。
「……そうですか」
微笑んで曖昧に返す。
クローディア公爵子息は私の顔を見て、ふと足を止めた。
彼が少し屈み、私と目線を合わせる。
空いている手で私の髪を一房すくい、口元に近づけて言う。
「祖父が会ったアレキサンドライト嬢は綺麗な黒髪だったそうだ」
「!」
突然のことに驚いて、クローディア公爵子息から離れようとする。
しかし右手をしっかり取られていて、身体が後ろに下がらない。
クローディア公爵子息がじっとこちらを見る。
彼のアイスブルーの瞳は何を考えているか悟らせない。まさに貴族の教育の賜物だろう。
だが腹の探り合いで、今は負けるわけにはいかない。
私も目を逸らさずに挑む。
彼の目元がふっと緩んで、身体がすっと離れた。だが繋がれた手はそのままにされている。
「急にすまない。貴方の髪があまりにも綺麗だったから」
「……このような真似をなさる方とは思いませんでした」
「貴方からはどのように思われていたか、知りたいね」
「あまり冗談は言わない方かと……」
「ははっ」
クローディア公爵子息は傍らで楽しそうに笑った。
声を立てて笑っているところを初めて見た。
学園の氷の公爵様もこんな顔をするのか。
人前であまり笑わないと聞いていたので思っていたイメージとは違うが、どちらにしろ油断できない相手だ。
というか『君』から『貴方』呼びに変わったのは気のせい?
「お嬢様!」
「ユリウス様!」
私達の姿を見つけた我が家の家令モランと公爵家の護衛らしき騎士が、遠くから声を上げる。騎士は馬を二頭率いていた。
私はモランの姿を見て、内心ホッとする。
「セレス嬢、短いが楽しい時間だった」
クローディア公爵子息が足を止めて、こちらに向き直る。この後領主館に招き入れることになるかと思ったが、ここまでで良いようだ。
「こちらこそ、送って下さりありがとうございます」
「明日、改めて領主館に伺ってもよいか?」
格上の貴族からの意向を無碍にはできない。
しかしながら今まで一切の面会や見舞いを断っていた身としては、すんなりと頷きたくはない。
だから私は曖昧な返答をした。
「……私に、どの様なご用件でしょうか?」
「貴方に聞きたいことがあって」
「聞きたいこととは?」
私はクローディア公爵子息を見上げた。
アイスブルーの瞳と目が合う。
彼は私より頭1つ分以上背が高い。
見下ろす彼がふっと微笑んだ様な気がした。
ぐいっと腕を引かれて、耳元で囁かれる。
「クローディア家が前子爵夫妻殺害の犯人ではないと考えたのはなぜ?」
一気に体温が下がる。
血の気が引いた。
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1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。明日は3話投稿予定です。
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引き続き楽しんで頂けると幸いです。
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