ロストシグナルズ

アリエッティ

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探し求めて...

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 いつも突然夢を見る、穏やかな男の声が包み込むように優しく聞こえるのだ。

「ボロボロだな、手当てをしてあげよう。
腕も脚も治さなきゃ..大丈夫、君はちゃんと元気になるよ。心配しないで」
日差しで顔が良く見えぬまま朝を迎える。
そんな日が、度々続く


「僕はバスコ、街を案内してほしい。それと宿」
口をパクパクと動かしながら花屋の店先で殴り書きのスケッチブックを掲げる青年、名をバスコというらしい。銀色の髪が綺麗な色白の顔をしている。

「どこから来たの?
上手く話せないようね..会話はいつもそれかしら。」
声が出せないようで、ペンと髪が会話のツールであるようだ。

「一人で旅をしている、この街の事を教えてくれ」
花屋で働く少女アリスカは彼の書く文字をしっかりと読み力になろうと頷いてみせる。

「キコル! 店を頼めるかしら?」

「はぁ!? なんで俺だよっ!」
花屋の建物の陰から、小さな坊主頭が文句を言う。

「いいでしょ別に、私の子分なんだから!」

「誰が子分だテメェッ!!」
アリスカの幼馴染で一つ年下のキコルは身体が小さい事もあり、少し雑な態度を取られる事が多い。しかし物凄く素直なので頼んだ事柄はしっかり聞いてくれる

「さ、行くわよ。ついてきて!」
といいつつバスコが車椅子だと言う事を思い出し、直ぐに後ろへ回る。

「それにしても大変よね~車椅子で旅なんて。
よくこの街まで辿り着いたわ、怪我とかしてない?」
左目に眼帯をはめ、右腕は義手なのは金属が装備されている。怪我どころか欠陥が多く目に付くがそれをものともしないように、右腕の義手を器用に動かしてバスコが何かを紙に書きアリスカに見せる。

「押してくれてありがとう、怪我は無いよ」

「そ、そう..ならよかったわ。旅の目的はあるの?」
礼を言われ、少し照れながら誤魔化すように質問を返した。車椅子での旅の目的、単純に凄く気になった理由への問いかけである。青年は静かにペンを取り出すと、質問の答えを書いて見せてくれた。

「自由を得るため」
一言、それだけだった。
何か深い意味があるのか、その言葉だけではわからなかったが少しでも目的の助力になればと、知っている街の特徴を、様々な店や施設を巡りながら説明した。


「この街は豊かな街よ、お腹が空けば美味しい料理のお店が一杯あるし探していた宿も当然あるわ。住んでる人も優しいし。ただ一つ、問題はあるけど..」
アリスカの顔が曇る、やはり欠点も存在するようだ。

「嫌な奴に狙われててね、よく荒らしに来るの。
多分この街を大きな餌場だと..」

「出たぞ、ガルーダだぁっ!」
街人の声が大きく響く。

「来たわね..!」
空を駆ける大きな怪鳥、ガルーダと呼ばれるその鳥は街を一つの餌場と捉え縄張りと化す。

「隠れるわよ、アイツはかなり凶暴なの。」
街の男たちが猟銃を持ち、ガルーダへ向ける

「いい加減にしろガルーダ!
ここはお前の餌場じゃねぇ、オレたちの街だ!」
発砲するも弾は当たらず。街全体を挑発するように翼を振るっては風を巻き起こす。

「諦めるのはそっちだろ?
ここにいても獲って喰われるだけだ。」

「嘘っ..!」「コイツ、今喋ったのか!?」「……」
以前は耳障りに鳴く程度であった怪鳥が、悠長な言葉で話すようになっている。

「丁度食べ頃なのは...お、いいのがいたぞ?」
花屋の方へ飛び、怪鳥の脚が何かを掴んだ。

「うわぁっ!」「キコル!」
塀の陰に隠れていたキコルを宙で見せびらかしながら男達を挑発する。

「貴様..!」「キコルを離せ!」

「うるさいんだよクソ共がっ!」
大翼を大きくはためかせ風を起こし、街の男たちを吹き飛ばし転倒させる。

「ウソでしょ、皆やられちゃった..!」

「助けて、助けてアリスカ姉ちゃーんっ!!」

キコルが..キコルが連れていかれちゃう...!」
直ぐにでも助けに行きたいが、脚がすくんで身体が動かない。建物の陰に隠れているのがやっとだ。

「ダメ..負けちゃダメ...だけど、私には..アイツは..!」
太刀打ちが出来ないと悟り膝を落としてしまう。
地面に脚を付けたときかかとに何かが触れた気がした

「..これ、あの人のスケッチブック?」
何故か足元に落ちている。伝えたい事は全て、文字に起こされそこに刻まれていた。

「…あの人は何処に..!?」
辺りを見回すと倒れている男たちの近く、車椅子を引く青年が怪鳥の目の前まで進んでいた。

「ちょっと、何してんの...」
怒鳴るのを途中で止め、もう一度スケッチブックの文字を確認する。

「嘘でしょ、ムチャよこんなの..あの人、身体ボロボロなのに..。」
倒れる男の傍に落ちている猟銃を拾い、怪鳥を狙う。

「…なんだ? 街のガキか?
身の程知らずが、お前も死にたいかっ!」
見える右眼は生きる為、鍛えた義手は狙う為。
眼光は既に、標的の急所を捉えている。

「……!」

「な、んだと..。」「......え?」
放った銃弾は見事怪鳥の頭を撃ち抜き貫いた。

「..は、キコル!」

「わあぁぁっー!!」「キコルー!!」
解放されたキコル勢いよく落下する。スケッチブックに書かれた文字を、アリスカが行動で示す番だ。

「死なせるもんですか...私の子分なんだからっ!」
可能な限りのスピードで脚を動かし、延ばせるだけの腕を全力で伸ばした。その甲斐あってか落下するキコルを指先で触れ、掌で掴み救う事が出来た。

「はぁ、はぁ..良かった。なんとか間に合った...!」
腕の中でキコルは気を失っている。
街の中の、小さな命が救われた。

「…有り難う、お願いを聞いてくれて。」

「....アナタ、今声がっ..!?」
初めて聞いた青年の声。
少しだけ高く、透き通った綺麗な声だった。

「ああ、そうだよ。
〝鳥を落とすから彼を掴んで〟
君が力になってくれたから、僕も自分の声を取り戻す事が出来たんだ。奪われた..僕の声をね。」


「……」
旅の目的の意味がわかった。
彼は探しているんだ、失われた自分の自由を。
誰かに奪われてた身体の自由《シグナル》を、取り返して元に戻す為に戦っているんだ。

「もうスケッチブックはいらないね。
はじめまして、僕はバスコ。
バスコ・テンキュランス、よろしくね。」
彼が初めから持っているもの
それは柔らかい笑顔と、温かい優しさ。

「わたしはアリスカ
アリスカ・オーべライズ。」
彼の自由は一体誰に奪われたのだろう?
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