Yellow

町田永人

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2つの世界

虚無

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静寂に支配されているこの世界で俺は目醒めた。痛みや苦しみ、楽しみなど一個たりとも存在しないこの空間でだ。

それが幸か不幸かは分からないが、ひとつだけ言えることがある。

この瞬間より前の記憶がまったくないのだ。

感覚的には今、この瞬間に、この空間に生まれたような。そんな印象を受ける。

だが記憶がないからと言って、赤ん坊のような状態かというとそうではない。高度な思考を巡らすこともできるし、自分の感覚を正確に言葉で表現する事も出来ている。

まるで、以前の記憶が無くなったかのように

過去を振り返るということが出来ない今、何をするべきか。もちろん現状の把握であろう。早速取り掛かろう。

と、言っても自らの足で動き回る事はできない。いや足だけではない。身体中の稼働部位全てが動かせないのである。人間が思う動かせないのさらに上をいく不可能性。

まるで、元から動くためにできていない人形になった気分だ。

幸いなことに、目だけは動かせる。とりあえず今は視覚で情報収集するしかなさそうだ。


目に飛び込んできたのは、ごみ。紙、座布団、ビニール、ありとあらゆるごみでいっぱいである。そのごみの隙間から、ちらりと劣化した畳が顔をのぞかせている。

そこから、おそらくこの空間は人工物だという事がわかった。

目線を上にやると、暗闇でよくは見えないが薄ぼんやりと照明や天井の木材のようなものがみえている。

分かるのはここまでだ。真正面を向くとただただ暗闇が広がっているのだ。天井のように薄く見えるようなものはない。強いて言えば視界の端の方に木製の何か見えているくらいだろうか。

・・・終わってしまった。

わかったことといえば、ごみの散乱具合、そしてこの光のなさ、音の無さ具体から廃墟かもしれないということだ。

そんな所に何にも動かない体一つぽんと置かれてどうしろと言うのか。できる事もない、やる事もない、見えるものはごく一部というこの世界で。

・・・いや考えるのはやめよう。きっと無駄なのだから。

俺の意識が朽ちるまで、自由になるまで何もしないでおこう。

それが妥当だと感じた俺は、もう目を覚さなくなることを願い目を閉じた。
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