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第二話 焦熱~繭の戯れ

#1 快楽のパルス

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 大人のエロスを楽しむ禁断の社交場、会員制高級ハプニングバー Ilinx(イリンクス)。
 今夜もまた、日常を離れた秘密の宴が始まる。

 *

「今日はどうします?」

 バーカウンターの定位置についた蝶子に問われたのは、飲み物の注文ではない。

 この店のゲストが求めるのは、一夜の悦楽だ。
 それも極上でとびきりの、身も心もとろけるような。

 今日はどんな夜を過ごすのか。

「そうね。何かいい玩具があれば、ちょっと試してみたいかなと思ってるんだけど」

 バーテンダーでありソムリエでもあるDは、オンザロックの氷を削り出しながら、思案した。
 プレイアテンダント、すなわちエスコート役のコンパニオンがいるのもこの店の特徴で、彼・彼女らをプレジャーソムリエ、略してソムリエと呼ぶ。

 基本、蝶子は道具を好まない。
 機械的で単調な刺激は面白味に欠け、興奮しないのだ。

「リズムとかパターンとか、そういう問題じゃないのよね。どう頑張っても、要は生真面目な朴念仁って感じ」

 「秒でイク」と噂の殿堂入り玩具“吸うやつ”も、蝶子にかかれば形なしだった。

「無粋な吸引はクンニの代わりにはほど遠いし、バイブとしてはものぐさすぎる。同じ場所で震えてるだけなんて、ただのでくのぼうじゃない」

 そんなこともあって、特別な顧客のひとりである蝶子には、トップソムリエのDが渾身のハンドテクニックを惜しまない。
 そんな蝶子が満足できる道具があるのかどうか……。

「今日は、お時間は大丈夫ですか?」
「ええ」
「でしたら、良いのがあります」

 そのやりとりで、蝶子に興味がわいた。

「時間がかかるの? 玩具なのに?」

 Dは紳士な笑みで応え、若いスタッフを目で呼んだ。

「コクーンルームの支度を」
「はい」

 コクーンルーム。繭の部屋。

「いい名前」

「では行きましょう」


  *

 コクーンルームは、個室が並ぶ個室フロアのさらに奥にあった。

 部屋の中央に置かれた卵型のカプセルが目をひく。ちょうど人ひとりがゆったり入れるほどの大きさだ。
 Dが何かのスイッチを入れたのか、機械音を立てて、上半分がスライドした。
カプセルが開くと、中は柔らかなベッドになっていた。

「医療機器を応用したリラクゼーションマシンです。美容施術やスポーツコンディショニングに使われたり、別機種は治療にも使われています」
「どういう効果があるの?」

 尋ねつつ、蝶子はDに促されるまま、下着姿になってカプセルの中に仰臥した。
 黒サテンのカシュクール・ドレスを解くと、インナーは意外なほど清楚な白木綿のキャミソール。パンティもお揃いの白だった。

 ハプニングバーの醍醐味は非日常だ。Ilinx(イリンクス)では店内に日常を持ち込まない工夫が徹底されている。入店時に荷物を全て預け、下着を含め服の一切を、店に用意されたものに着替える。普段着やスーツ、カジュアルウェアから、ワンピースやドレス、さらには各種の制服風など少々特殊なものまで、ラインナップは豊富だ。その日のコスチュームは、自分で選ぶこともできるし、ソムリエに選んでもらうこともできる。無論、すべて新品だ。一度誰かが袖を通した衣類を二度提供することはない。

 今日の蝶子の装いは、蝶子自身が自分で選んだものだった。メリハリが強調されるカシュクール・ドレス。出るところは出てくびれるところはしっかりくびれた、蝶子のスタイルが抜群に映える。脱いで現れるのが可憐な白木綿のキャミソールというのも憎い組み合わせだった。

「電磁波を体内に透過させて深部に働きかけ、細胞の変化や血液・リンパの流れを促します」
「細胞の変化」

 医師さながらだった怜悧な表情が、ベールを剥ぐように妖しく微笑んだ。

「感じやすくなります」

 再び機械音がして、蓋が閉まっていく。

「とても」

 感じやすくなります。とても。
 低く囁く濡れた声が、蝶子のなかに残響した。

「それは楽しみね」
「これから30分ほどパルスを流します」

 完全に閉ざされたカプセルの中、Dの声が遠く聞こえる。

「身体をほぐすリラクゼーションセラピーですから、らくにしていてください。寝てしまってもいいですよ。では、いってらっしゃいませ」

 ヴ──ン……。

 ごくかすかな作動音に続いて、静かな環境音楽が流れ始めた。

 蝶子はただひとり、閉ざされた繭の中にたゆたう。


  *

 ちりちりと全身が発泡していくようだった。微発泡のシャンパンのように、ごく細かな泡がシュワシュワと身体を浸していく。

 もどかしい。あまりにも淡い刺激に延々と晒され、じれったさばかりが溜まっていく。

 パルスを流す。とDは言った。電磁波治療器を応用したものだとも。細胞の変化を促すとも。とても感じやすくなる、とも。

 放置プレイのようなものかしら、と蝶子は考えた。
 だが、放置される側がプレッシャーやストレスを感じてこそ、放置。ひとり勝手に熱を高まらせて自ら堕ちていく姿を見るのが放置の醍醐味だ。

 実は、官能小説家としての蝶子はやや過激な放置プレイを好んで書く。
 恥ずかしい格好で拘束して自由を奪い、焦れったく濡れて悶えて心折れ、泣いてねだっても許してもらえない。そんな被虐の快楽を、作中の女達には与えている。

 蝶子自身にマゾヒスティックな性癖はない(と本人は思っている)が、それにしてもこの繭の中は心地よすぎ、安心すぎる。
 ただ、肌を舐めるパルスの泡に全身がふやけていく感覚は、新鮮だった。



次ページへ続く
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