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1-4 反乱の狼煙
73 騎士団の幽鬼的な行軍・前
しおりを挟む――その集団は、見るからに疲弊していた。
彼らの顔からは生気が抜け落ち、肌はかさつき唇は割れ、頬がこけているものまでいる。
元来、爽やかな青色の騎士服も土埃でくすみ、ところどころにほつれが見える。それもそのはず、彼らは戦時中でもないのに飲まず食わずのまま、寝ることもできずに三日三晩行軍を続けており、足取りも重かった。
国の栄光を証明するはずの騎士たちが、一体どうしてこんなことに? と見る人たちを怯えさせた。
「ママ、あれが騎士様なの? なんか絵本で見たのと違う」
「しっ! き、きっと大変な任務の最中なのよ。国のためにがんばって下さっているんですから」
だが、――漂う悲壮感に、誰もが遠巻きに彼らを避け、声をかけることができずにいた。
ようやく変化が訪れたのは、グレンヴィル地方に入り、国境近くの町・レンベルグまで、あと一日ほどの距離に近づいた街道においてだった。
「騎士様方、お勤めご苦労様です」
「――あ、ああ……」
先頭を歩いていた四十代くらいの短髪の男性が、声をかけられたことに気づいて顔を上げた。
その表情には、肉体的なものだけではない疲労感がにじみ出ており、本来精巧な顔つきであるだろうところを、年齢以上に老けて見せていた。
乗って来た愛馬は、あまりにも疲弊してしまっており、少しでも休ませようと、今は何も乗せずに歩いていた。
――そして、驚いた顔になった。
街道に荷馬車が何台も止めてあり、その前に――燃えるような赤い髪の少女が不安そうな表情で立っていた。
「お疲れのまま行軍しているという噂をお聞きしまして、用意させていただきました。中に食料や毛布も積んでおります。馬車なので、寝心地がいいとは言えませんが、少しお休みになられてはどうでしょう?」
「――こ、これは……」
「馬はこちらで預かりましょう。次の宿場町で回復させ、すぐに後を追わせます。その間、馬が必要でしたら代えの馬も用意しておりますので」
「どうしてこんな――」
「私がお仕えしている方からのご好意です。私はレンベルグという町で商家を営んでおります――イザベラ・ビアズリーと申します」
「あ、ああ、私は第二騎士団長のオーランドと言います。まさか……ラムレイ辺境伯爵が?」
「――いえ。私の主は貴族の方ではありませんので。得体の知れない者たちからの施しで、ご不安もあると思いますが、今はなによりも休息を優先させるべきかと……」
少女は、オーランドのあとに続く騎士団の行軍にちらりと目をやって、やり切れないというような悲痛な表情を浮かべた。
オーランドは『ビアズリー』という商人の名前に聞き覚えがあった。
最近、王都で流行りはじめたという布を扱う商人だったはずだ。おそらく、このような手厚い施しをしても痛くないほどの財を持ち、また、自分たちに警戒心を与えないためにご令嬢自らわざわざ出て来て下さったのだと……オーランドは思った。
彼女の顔に、嘘偽りはなかった。それは長年、さまざまな状況でさまざまな人間を見てきた経験から、そう感じた。
「お急ぎのようなので、仕方なく馬車を用意しましたが、もし休めるようなら次の宿場町で、――」
「いえ……ご好意、誠に感謝する。おい、お前たち! ここに居られるイザベラ嬢から物資をいただいた! 各班六名ずつ馬車に乗り込み、休息に入れ!」
ざわざわと後列が騒ぎはじめ、「休憩?」「ほんとに?」「荷馬車だから寝られるの?」という言葉が飛び交った。
荷馬車の中には、見たこともないピンク色の果実と、食料や水、それから毛布が置かれていた。
「これは……」
「これは、最近レンベルグに出現したダンジョンで取れる果実なんです。驚くほどの回復効果があり、しかも即効性があるので持参しました。ご不安でしたら、私がさきに口にいたします」
「い、いや、そこまでしていただくわけには……」
と、オーランドが言いかけたが……イザベラはあっさりその実を口にし、「私、これ大好きなんです」と、笑いながらぱくぱくと食べてしまった。
騎士団の面々も荷馬車に乗りながら、その果実を口にし水を飲み、用意されていたサンドイッチをさっさと平らげた。その果実を口にしたオーランドたちは、イザベラが説明した通りの驚くほどの回復効果を感じていた。
その間も、距離を進むことができたのだ……本当に感謝しかないな、とオーランドは思った。
大半の荷馬車から、いびきをかく音が聞こえ、部下たちのしばしの休息に、オーランドは行軍が始まって以来の笑みをこぼした。
「イザベラ嬢、なんと感謝していいか」
「いえ、感謝は我が主にお願いします。オーランド団長もご休憩なさってはいかがですか?」
安心させるために令嬢だというのに、ともに荷馬車に乗りこんでいるイザベラは少し変わっている方なのだろう……とオーランドは思った。だが、その行為はたしかに、オーランドを含む騎士団を安心させ、眠りにつくことを許したともいえる。
「さすがに一人くらいは起きていないといけないだろうし、ご令嬢を放っておくわけにはいきませんよ」
笑いながらオーランドが言うと、イザベラは少し申しわけなさそうな表情をした。乗らないほうがよかっただろうかと、思ったのかもしれない。
「あの、どうして……こんな無理な行軍をしていらっしゃるのかお聞きしてもいいですか?」
「――ええ、込み入った話になるのでかいつまんでの説明になりますが……先日、部下がその噂のレンベルグのダンジョンで失踪しました」
「調査隊の方々ですよね」
「ああ、ご存知でしたか」
「はい、ラムレイ辺境伯爵のご子息が含まれていて、レンベルグでは大騒ぎでしたから」
「その中に、ちょっと……その、重要な部下がおりまして、その捜索のために来ています」
一瞬だけ目を細めたイザベラだったが、オーランドがその様子に気がつく前には、口に手を当てながらわざとらしい声を上げた。
「まあ! じゃあその方のためだけに、こんな行軍を??? その方は、よっぽど国にとって重要な方なんですね」
「――いえ、我々も……よくは分からないのです。たしかに、優秀な騎士たちだったのですが、こうして騎士団全体で遠征をしなくてはいけないほどとは――。あ、いえ……これは少し話しすぎましたね」
「……では、これからダンジョンへ捜索に向かわれるのですね。馬車はどこまで走らせましょうか」
「ああ、そのままダンジョンに向かっていただけると、ありがたいです。我々のような大所帯が村や町に厄介になるわけには行きませんので、ダンジョン近くで野営ができればと考えています」
「――そうですか。では、そのように手配致します」
そのオーランドの言葉に、イザベラはいろんな思いを抱えながら、にっこりと微笑んだ。
第二騎士団は平民だけで構成された騎士団である。その頭である団長のオーランドが信用できそうな人物であったことを、イザベラはありがたく思った。
「本当に、なにからなにまで、ありがとうございます」
「いいえ、第二騎士団は――私たち平民の希望の星ですから」
「いや……こんなボロボロの姿をお見せしてしまって、お恥ずかしいかぎりです」
「オーランド団長、もし可能でしたら、野営の設置が終わり次第、私の主に会っていただきたいのですが、可能でしょうか? ――おそらく、話し合いが必要かと思います」
「もちろんです。ご挨拶させていただくのは、こちらこそ願ってもありませんが、話し合いですか??」
「ええ、――話し合いになるんじゃないかと、思います」
オーランドは、なにやら事情がありそうだ、と……表情を固くした。
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