42 / 72
リスティアーナ女王国編
15 悪役主従と冒険者・後
しおりを挟む
「なにを食べたらそんなに強くなれるんだ?」
先ほどまでいた場所の丸太に座り、二人で休憩をしているときだった。あのあと、僕は無事にライナスに剣を教えてもらうことに成功した。
話していたモンスター討伐を今日はしないつもりなのか、アントンは夕飯用のウサギでも探してくると言ってどこかへ行ってしまった。
妖精王は相変わらず、ゼリコルデ・ハクレール三世♀の影で丸まっているので、もしかしたらお腹でも痛いのかもしれないと思って心配している。
「食べ……あはは、俺がなんか特殊なもの食ってるみたいな言い方されても」
ライナスがそう言って笑うのを見て、僕はうーんと首をかしげた。
僕は常々騎士たちと接する立場にあったけれども、それこそアームストロング団長であっても、素振りで大地を揺るがすようなことはない。
だとすれば食べ物かと思ったけど、どうやらライナスがなにかを食べ続けているというようなこともなさそうだ。いや――
(もしかして……さすがに秘密か?)
そんなことを疑っている僕ではあったが、しばらくライナスに剣の指導をしてもらって、僕の剣の型は少し改善したような気がしていた。
ライナスは素振りしてるだけじゃダメだよと言って、近くにいた弱いモンスターで実践までしてくれた。
妙に距離感が近く、腰を触られたり後ろから型を直されたりしたので、僕はそのたびに緊張して顔に熱が集まってしまった。「わ、ぇ」と言葉にならない音をあげておそらく真っ赤になっていただろう僕を見て、ライナスは目を瞬かせていた。
平民の距離感にはまだ慣れない。
今までだって指導されたことはもちろんあったが、僕は次期王妃であったため遠くから大まかなことを指示されるばかりだった。
とにかく、少しの時間だがライナスと一緒に過ごしていて、やはり彼の強さはずば抜けていることはわかる。
ライナスはなにかを思い出すように「強さってことなら。まあ、いろんなことがあったからなー」と言ってから、僕に訊いた。
「なんでエマは強くなりたいわけ?」
水を飲みながらライナスにそう尋ねられて、僕はただ一人の姿を頭に思い描いた。
いつだって僕のことを守ってくれているケイトの、その心を深く傷つけてしまったこと。それでも僕のことを優しく見つめ、大きく腕を広げて、抱きしめてくれること。最近は慈しむように笑ってくれることも増えた。それを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
「ああ……守りたい人がいるんだ」
「えッ! なんだよ~~あんな反応しといて?」
「え?」
隣から驚きの声が聞こえて目を向けると、嫌そうな顔をしたライナスが丸太に手をついて、大きく空を仰いでいた。僕が驚いていると、眉間に皺を寄せたライナスが顔だけ僕に向けて続けた。
「エマ、恋人いんの? 女? 男? どんなやつ」
「……あ、ああ。優しい人だからなにも言わないけど、いつも守られてばかりだから僕も強くなりたい」
じんわりと心に優しい気持ちが広がる。
いつかケイトの隣に並び立つ者として、もっと頼れる存在になりたい。剣もそうだし、魔法だって、あと、突然モンスターの目の前に放り出されたときの心も鍛えないとまずい。僕は恐ろしいほど頻繁に、突然凶悪なモンスターの前に放り出されるのだ。
舌打ちと一緒に「男か」と小さくつぶやいたライナスを見て、なんでそんなに不機嫌になったんだろうと不思議に思う。大きくひらいた脚の上に肘をつきながら、ライナスが続けた。
「ふうん、優しい人ね……つまんなそ」
「こら、そんなことはないぞ。ライナスはわかってないな。優しさは大事だ。僕も散々ひどいことをその人に言われてるけどな」
「は? その人優しいんだよね?」
そう尋ねられて、思わず僕は笑ってしまった。
口ではあんなにひどいことを言っているのに、僕に触れるときのケイトの優しさを思い出し、胸の辺りがまたじわっとあたたかくなった。トゲトゲした言葉を投げてくるくせに、最近はその周りがメロンクリームで包まれてるからなあ。
ライナスにじっと見つめられているのはわかったていたが、好きな気持ちがあふれてしまう。きっと顔もまた赤くなってるだろうと思う。でも――
「ああ、優しいよ」
「……………………へえ」
妙に低い声でそう言われたとき――ガサガサッと後ろの茂みが揺れ、今度こそクマか! と、思って身構えたら、そこにはそばかすの男――アントンが立っていた。
そして、「そういう癖よくないからねえええ」と雄叫びをあげながら、なぜかガクガクとライナスの肩を揺さぶった……が、ライナスがびくともしないため、どちらかというと揺さぶられてるのはアントンのほうだった。
一体なにごとだ? と、思っているとライナスがにこにこしながら僕に言った。
「人のモノってさー、すごいおいしそうだよねー」
「え? あ、ああ。たしかに誰かが食べてる物を見ると、おいしそうに見えるな。それがどうし……」
「ライナス! だダッだめだからね! も、もう行こう! 鶏、捕まえたから、もうちょっと先で野宿しよう!」
「えー?」
にこにこしながらライナスが食べ物の話をしていたので、お腹が空いているのかもしれない。そういえば、もうすぐ夕方だし、ケイトも帰ってくるだろうかと思いながら、僕はぽやんと遠くのほうを見つめた。
「なあ、エマ。俺のほうがそいつよりきっと強いよ。俺が守ってあげよっか」
「ライナスッ」
アントンと争っていたはずのライナスから声が聞こえて、僕は振り返った。そっと僕の手の上にライナスが手を重ねてきたので、僕は驚いた。なぜかじっと熱っぽく見つめられながら、僕は思った。
たしかにライナスの強さは本物だった。
ライナスくらい強い人間であれば、守られたいと思う人はたくさんいるだろう。だけど、きっとあんな剣を振るうライナスよりもきっとずっと強い恋人が、僕にはいる。だからって、それに甘んじていたいわけでもないのだ。
「ありがとう、ライナス。でも僕が守りたいんだ」
ケイトと僕は恋人同士だけど、一緒に旅をする仲間でもありたい。
そのためにはやっぱり、僕が死んでから加速しているケイトの過保護っぷりをどうにかしなくてはいけない。
今日、ライナスに会えたことは運が良かった。あんなにすごい剣の使い手に教えてもらうことができたし、そのライナスが僕に剣の才能を見出してくれたのだ。だから――
(守ってもらわなくていいから、弟子入りをしたい!)
ずっと一緒に行動することはできなくても、連絡さえ取れたら弟子にしてもらえるだろうか。
そういえば弟子入りしたいという意志を結局まだ伝えていなかったなと思い出し、ハッと我に返った。
だが、ライナスのほうに目をやると、どんどんライナスの表情が嫌そうなものになっていく。そして、ブスッとした顔でライナスが言った。
「じゃあ……たとえばだけど。エマの恋人が、たとえば勇者みたいに最強ってかんじの人だったとしても同じこと思うわけ?」
「ライナスッ」
「え? 勇者か。ふふ、そうだな……まあ、どんなに強い人でも疲れてしまうときはあるだろうからな」
「勇者が疲れる?」
まさか『勇者』なんて話になるとは思わなかったなと思いながら、僕はくすくす笑った。
たしかに魔王の強さを思えば勇者はいいたとえだなと思う。
勇者がどこかの国に現れてしまえば、きっと僕たちは困るだろう。だから勇者にもしも恋人がいるのなら、「私と仕事どっちが大事なの?」などと毎日尋ね、できるだけ勇者に迷惑をかけて足を引っ張ってほしいとは思う。
だけど、これは勇者の話ではなくて、勇者と同じくらい強いはずの僕の恋人の話だ。
なぜかびっくりしたような顔をしてるライナスを不思議に思いながらも、僕は続けた。
「その恋人でありたいと、強くなろうとしたっていいだろう? 疲れたときに頼れるくらいの強さがあっても」
「…………」
「…………へー! エマさんってすごいですねー!」
「や、そ、そんなことはない。そうありたいというだけで、その……希望だ」
まだ本人にも「へっぽこ」と言われている剣の腕である。
だけど、せっかくライナスに教えてもらったんだから、次になにかしらのモンスターに遭遇したときは少しくらい役に立ちたいなあと思って、僕は再度ハッとして顔をあげた。
「そ、そうだ……ライナス、あの……」
そう僕が言いかけたとき、なぜか黙り込んでいたライナスが、突然「もう行くわ」と言って立ち上がった。あ、いや、弟子に……と思ったが、なにやら深刻そうな顔をしているので、アントンと僕は目を見合わせた。
「腹減ったから、もう少し先まで行って飯にする。じゃあなエマ」
お腹が空いているのなら、僕たちのいる場所は野宿にも最適な気がしたが、ライナスはさっさと歩き出してしまった。その様子を見て僕はとある可能性に気がついた。
相変わらず丸まっている妖精王とライナスの背中を交互に見て、僕は確信した。
まさか――
(ライナスも……腹が!)
腹が痛くなるのが流行っているのだろうかと僕が青ざめていると「僕たちもしばらくはレツィオーネの近くにいるから、また会うかも」とアントンが慌てて僕に伝えると、ライナスを追いかけて行った。腹が痛いのであれば、それは一刻を争う事態であろう。
だるそうに歩いているライナスの背中に、僕は最後に一言、声をかけた。
「ライナス! ありがとう」
ライナスはこちらを振り返らなかったけど、軽く手をあげたのが見えた。そして、繊細な配慮のできる僕は、心の中で「お大事に」と唱え、あたたかい目でその後ろ姿を見守った。
そして、彼らの姿が森の中に消えたとき、僕は膝から崩れ落ち、地面に手をついて項垂れた。
「――弟子……失格……!」
くっと僕は歯を食いしばった。
せっかく剣の才能を見出してもらったのに、弟子の誘いを受けかけていたというのに、腹痛を抱えたライナスはなにも言わずに去ってしまった。
腹痛に負けた。いや、腹痛は緊急事態ではある。
だが、へこたれている場合ではない。僕は見込みがあると、剣の達人に思ってもらえたのだ。このきらめく才能の原石を磨き、精進していくしかない。
僕が涙をこぼすまいとしていると、相変わらず鳩の横で丸くなっている妖精王がぼそっとつぶやいた。
「なんで落ち込んでいるのか知らないけど、あなた……すごいわね。ここに集約した戦いになるとは思ってなかった」
「集約? お腹のことか。ライナスといい、妖精王といい、一体なにを食べたんだ。拾い食いはだめだぞ」
「ひろい……? しッしてないわよ!!!」
バッと立ち上がって大声で叫ぶ妖精王と見て、あれ、お腹が痛いのは治ったのかなと思ったとき、妖精王がピクッと体を震わせた。
しばらくして、ライナスたちが消えたほうとは別の方向からケイトが歩いてくるのが見えた。木々の間に小さく見えるケイトの姿を見つけて、僕はぱあああっと目を輝かせた。
そして、ケイトに向かって走り出した僕は、妖精王の「……セーフ。とりあえず」という小さなつぶやきには気がつかない。
両手を広げたケイトがにこっと笑ってくれて、それだけで胸は高鳴った。そのまま、その腕の中へと飛び込むとケイトが僕の髪を撫でながら言った。
「ただいま、エマ様。その髪型どうしたんですか? ……すごくかわいいです」
「え? あ、ああ。ちょっと暑くてな。ケイトは大丈夫だったか?」
ケイトが「はい」と言って微笑むのを見て、きゅうっと僕の胸は締めつけられた。妖精王にも礼を言ったあと、すりすりと手のひらの間で僕の長い髪を触りながら、ケイトが続けた。
「あの、ちょっとこれから行きたいところがあるんですけど、話しながら向かってもいいですか」
「行きたいところ?」
「はい。この先に美しい沼があるって聞いて――」
――――ん? 沼?
――――――
Twitterでもうすぐ更新できるって言ってたのに、寝落ちしました……す、すみません。
先ほどまでいた場所の丸太に座り、二人で休憩をしているときだった。あのあと、僕は無事にライナスに剣を教えてもらうことに成功した。
話していたモンスター討伐を今日はしないつもりなのか、アントンは夕飯用のウサギでも探してくると言ってどこかへ行ってしまった。
妖精王は相変わらず、ゼリコルデ・ハクレール三世♀の影で丸まっているので、もしかしたらお腹でも痛いのかもしれないと思って心配している。
「食べ……あはは、俺がなんか特殊なもの食ってるみたいな言い方されても」
ライナスがそう言って笑うのを見て、僕はうーんと首をかしげた。
僕は常々騎士たちと接する立場にあったけれども、それこそアームストロング団長であっても、素振りで大地を揺るがすようなことはない。
だとすれば食べ物かと思ったけど、どうやらライナスがなにかを食べ続けているというようなこともなさそうだ。いや――
(もしかして……さすがに秘密か?)
そんなことを疑っている僕ではあったが、しばらくライナスに剣の指導をしてもらって、僕の剣の型は少し改善したような気がしていた。
ライナスは素振りしてるだけじゃダメだよと言って、近くにいた弱いモンスターで実践までしてくれた。
妙に距離感が近く、腰を触られたり後ろから型を直されたりしたので、僕はそのたびに緊張して顔に熱が集まってしまった。「わ、ぇ」と言葉にならない音をあげておそらく真っ赤になっていただろう僕を見て、ライナスは目を瞬かせていた。
平民の距離感にはまだ慣れない。
今までだって指導されたことはもちろんあったが、僕は次期王妃であったため遠くから大まかなことを指示されるばかりだった。
とにかく、少しの時間だがライナスと一緒に過ごしていて、やはり彼の強さはずば抜けていることはわかる。
ライナスはなにかを思い出すように「強さってことなら。まあ、いろんなことがあったからなー」と言ってから、僕に訊いた。
「なんでエマは強くなりたいわけ?」
水を飲みながらライナスにそう尋ねられて、僕はただ一人の姿を頭に思い描いた。
いつだって僕のことを守ってくれているケイトの、その心を深く傷つけてしまったこと。それでも僕のことを優しく見つめ、大きく腕を広げて、抱きしめてくれること。最近は慈しむように笑ってくれることも増えた。それを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
「ああ……守りたい人がいるんだ」
「えッ! なんだよ~~あんな反応しといて?」
「え?」
隣から驚きの声が聞こえて目を向けると、嫌そうな顔をしたライナスが丸太に手をついて、大きく空を仰いでいた。僕が驚いていると、眉間に皺を寄せたライナスが顔だけ僕に向けて続けた。
「エマ、恋人いんの? 女? 男? どんなやつ」
「……あ、ああ。優しい人だからなにも言わないけど、いつも守られてばかりだから僕も強くなりたい」
じんわりと心に優しい気持ちが広がる。
いつかケイトの隣に並び立つ者として、もっと頼れる存在になりたい。剣もそうだし、魔法だって、あと、突然モンスターの目の前に放り出されたときの心も鍛えないとまずい。僕は恐ろしいほど頻繁に、突然凶悪なモンスターの前に放り出されるのだ。
舌打ちと一緒に「男か」と小さくつぶやいたライナスを見て、なんでそんなに不機嫌になったんだろうと不思議に思う。大きくひらいた脚の上に肘をつきながら、ライナスが続けた。
「ふうん、優しい人ね……つまんなそ」
「こら、そんなことはないぞ。ライナスはわかってないな。優しさは大事だ。僕も散々ひどいことをその人に言われてるけどな」
「は? その人優しいんだよね?」
そう尋ねられて、思わず僕は笑ってしまった。
口ではあんなにひどいことを言っているのに、僕に触れるときのケイトの優しさを思い出し、胸の辺りがまたじわっとあたたかくなった。トゲトゲした言葉を投げてくるくせに、最近はその周りがメロンクリームで包まれてるからなあ。
ライナスにじっと見つめられているのはわかったていたが、好きな気持ちがあふれてしまう。きっと顔もまた赤くなってるだろうと思う。でも――
「ああ、優しいよ」
「……………………へえ」
妙に低い声でそう言われたとき――ガサガサッと後ろの茂みが揺れ、今度こそクマか! と、思って身構えたら、そこにはそばかすの男――アントンが立っていた。
そして、「そういう癖よくないからねえええ」と雄叫びをあげながら、なぜかガクガクとライナスの肩を揺さぶった……が、ライナスがびくともしないため、どちらかというと揺さぶられてるのはアントンのほうだった。
一体なにごとだ? と、思っているとライナスがにこにこしながら僕に言った。
「人のモノってさー、すごいおいしそうだよねー」
「え? あ、ああ。たしかに誰かが食べてる物を見ると、おいしそうに見えるな。それがどうし……」
「ライナス! だダッだめだからね! も、もう行こう! 鶏、捕まえたから、もうちょっと先で野宿しよう!」
「えー?」
にこにこしながらライナスが食べ物の話をしていたので、お腹が空いているのかもしれない。そういえば、もうすぐ夕方だし、ケイトも帰ってくるだろうかと思いながら、僕はぽやんと遠くのほうを見つめた。
「なあ、エマ。俺のほうがそいつよりきっと強いよ。俺が守ってあげよっか」
「ライナスッ」
アントンと争っていたはずのライナスから声が聞こえて、僕は振り返った。そっと僕の手の上にライナスが手を重ねてきたので、僕は驚いた。なぜかじっと熱っぽく見つめられながら、僕は思った。
たしかにライナスの強さは本物だった。
ライナスくらい強い人間であれば、守られたいと思う人はたくさんいるだろう。だけど、きっとあんな剣を振るうライナスよりもきっとずっと強い恋人が、僕にはいる。だからって、それに甘んじていたいわけでもないのだ。
「ありがとう、ライナス。でも僕が守りたいんだ」
ケイトと僕は恋人同士だけど、一緒に旅をする仲間でもありたい。
そのためにはやっぱり、僕が死んでから加速しているケイトの過保護っぷりをどうにかしなくてはいけない。
今日、ライナスに会えたことは運が良かった。あんなにすごい剣の使い手に教えてもらうことができたし、そのライナスが僕に剣の才能を見出してくれたのだ。だから――
(守ってもらわなくていいから、弟子入りをしたい!)
ずっと一緒に行動することはできなくても、連絡さえ取れたら弟子にしてもらえるだろうか。
そういえば弟子入りしたいという意志を結局まだ伝えていなかったなと思い出し、ハッと我に返った。
だが、ライナスのほうに目をやると、どんどんライナスの表情が嫌そうなものになっていく。そして、ブスッとした顔でライナスが言った。
「じゃあ……たとえばだけど。エマの恋人が、たとえば勇者みたいに最強ってかんじの人だったとしても同じこと思うわけ?」
「ライナスッ」
「え? 勇者か。ふふ、そうだな……まあ、どんなに強い人でも疲れてしまうときはあるだろうからな」
「勇者が疲れる?」
まさか『勇者』なんて話になるとは思わなかったなと思いながら、僕はくすくす笑った。
たしかに魔王の強さを思えば勇者はいいたとえだなと思う。
勇者がどこかの国に現れてしまえば、きっと僕たちは困るだろう。だから勇者にもしも恋人がいるのなら、「私と仕事どっちが大事なの?」などと毎日尋ね、できるだけ勇者に迷惑をかけて足を引っ張ってほしいとは思う。
だけど、これは勇者の話ではなくて、勇者と同じくらい強いはずの僕の恋人の話だ。
なぜかびっくりしたような顔をしてるライナスを不思議に思いながらも、僕は続けた。
「その恋人でありたいと、強くなろうとしたっていいだろう? 疲れたときに頼れるくらいの強さがあっても」
「…………」
「…………へー! エマさんってすごいですねー!」
「や、そ、そんなことはない。そうありたいというだけで、その……希望だ」
まだ本人にも「へっぽこ」と言われている剣の腕である。
だけど、せっかくライナスに教えてもらったんだから、次になにかしらのモンスターに遭遇したときは少しくらい役に立ちたいなあと思って、僕は再度ハッとして顔をあげた。
「そ、そうだ……ライナス、あの……」
そう僕が言いかけたとき、なぜか黙り込んでいたライナスが、突然「もう行くわ」と言って立ち上がった。あ、いや、弟子に……と思ったが、なにやら深刻そうな顔をしているので、アントンと僕は目を見合わせた。
「腹減ったから、もう少し先まで行って飯にする。じゃあなエマ」
お腹が空いているのなら、僕たちのいる場所は野宿にも最適な気がしたが、ライナスはさっさと歩き出してしまった。その様子を見て僕はとある可能性に気がついた。
相変わらず丸まっている妖精王とライナスの背中を交互に見て、僕は確信した。
まさか――
(ライナスも……腹が!)
腹が痛くなるのが流行っているのだろうかと僕が青ざめていると「僕たちもしばらくはレツィオーネの近くにいるから、また会うかも」とアントンが慌てて僕に伝えると、ライナスを追いかけて行った。腹が痛いのであれば、それは一刻を争う事態であろう。
だるそうに歩いているライナスの背中に、僕は最後に一言、声をかけた。
「ライナス! ありがとう」
ライナスはこちらを振り返らなかったけど、軽く手をあげたのが見えた。そして、繊細な配慮のできる僕は、心の中で「お大事に」と唱え、あたたかい目でその後ろ姿を見守った。
そして、彼らの姿が森の中に消えたとき、僕は膝から崩れ落ち、地面に手をついて項垂れた。
「――弟子……失格……!」
くっと僕は歯を食いしばった。
せっかく剣の才能を見出してもらったのに、弟子の誘いを受けかけていたというのに、腹痛を抱えたライナスはなにも言わずに去ってしまった。
腹痛に負けた。いや、腹痛は緊急事態ではある。
だが、へこたれている場合ではない。僕は見込みがあると、剣の達人に思ってもらえたのだ。このきらめく才能の原石を磨き、精進していくしかない。
僕が涙をこぼすまいとしていると、相変わらず鳩の横で丸くなっている妖精王がぼそっとつぶやいた。
「なんで落ち込んでいるのか知らないけど、あなた……すごいわね。ここに集約した戦いになるとは思ってなかった」
「集約? お腹のことか。ライナスといい、妖精王といい、一体なにを食べたんだ。拾い食いはだめだぞ」
「ひろい……? しッしてないわよ!!!」
バッと立ち上がって大声で叫ぶ妖精王と見て、あれ、お腹が痛いのは治ったのかなと思ったとき、妖精王がピクッと体を震わせた。
しばらくして、ライナスたちが消えたほうとは別の方向からケイトが歩いてくるのが見えた。木々の間に小さく見えるケイトの姿を見つけて、僕はぱあああっと目を輝かせた。
そして、ケイトに向かって走り出した僕は、妖精王の「……セーフ。とりあえず」という小さなつぶやきには気がつかない。
両手を広げたケイトがにこっと笑ってくれて、それだけで胸は高鳴った。そのまま、その腕の中へと飛び込むとケイトが僕の髪を撫でながら言った。
「ただいま、エマ様。その髪型どうしたんですか? ……すごくかわいいです」
「え? あ、ああ。ちょっと暑くてな。ケイトは大丈夫だったか?」
ケイトが「はい」と言って微笑むのを見て、きゅうっと僕の胸は締めつけられた。妖精王にも礼を言ったあと、すりすりと手のひらの間で僕の長い髪を触りながら、ケイトが続けた。
「あの、ちょっとこれから行きたいところがあるんですけど、話しながら向かってもいいですか」
「行きたいところ?」
「はい。この先に美しい沼があるって聞いて――」
――――ん? 沼?
――――――
Twitterでもうすぐ更新できるって言ってたのに、寝落ちしました……す、すみません。
23
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。